RC213V-S 公道、一番乗り!

それは2016年、1月22日の15時に始まった。
神奈川を中心に28店舗の2輪専門店、輸入ディーラーを展開する梅田モータースの大型店舗の一つ、ユーメディア湘南はちょっとした熱気に包まれていた。数日前に雪を降らせた寒気のせいで気温は低め。
それでも次第に集まり始めた人達の目は一点に注がれた。

■取材・文──松井 勉
■撮影──増井貴光
■協力──ユーメディア湘南http://www.u-media.ne.jp/

 RC213V-Sのラッピングをされたパネルトラックが敷地に入り、ドライバー達が恭しくテールゲートを下げる。そこから覗いた奥には、キャスター付きのケースが載っている。広い荷室に大切そうに積まれたそれが地上に降ろされた。そしていくつかのロックを外し、上下に開いたケースのトップを開けると、中から出てきたのはMotoGPレプリカマシン、RC213V-Sだ。
 トリコロールのそれは、レプリカという言葉がこれほど当てはまるバイクも過去にない。サーキットを走るRC213Vに、公道走行を可能にした装備を付け足し、環境性能を満たした、というもの。ユーメディアが購入した一台が、この日、納車されたのだ。そのセレモニーを見ようと、多くの人が集まった。

 世界を股に掛けるMoto GPマシンが納まる箱の製造元に特注で製作した
「化粧箱」から丁寧に出されたRC213V-Sは、購入先でありHRCサービスショップであるドリーム杉並のメカニックの手によって走行準備が整えられた。HMJ(ホンダモーターサイクルジャパン)の担当者からオーナーである同社の梅田社長への納車のお祝いの言葉のあと、ハンズフリーキーが手渡された。



納車はHRCが指定するサービスショップの中からオーナーがチョイス。専用のトラック、専用のコンテナによって運搬される。納車をすることができるのはモータースポーツ車両のノウハウ豊富なショップで、全国に4店舗しかない。それだけRC213V-Sのサービスは特殊だということ
納車はHRCが指定するサービスショップの中からオーナーがチョイス。専用のトラック、専用のコンテナによって運搬される。納車をすることができるのはモータースポーツ車両のノウハウ豊富なショップで、全国に4店舗しかない。それだけRC213V-Sのサービスは特殊だということ。

梅田モータースの梅田 勉 社長は、ホンダがMotoGPマシンの公道版を売り出すという新聞記事を目にした時、購入を決意したという。キーが手渡され、まずはスタッフと一緒に走り、喜びを分かち合いたい、とのこと

RC213V-Sは「Hondaスマート・キー」によってイグニッションON、始動を行なう
梅田モータースの梅田 勉 社長は、ホンダがMotoGPマシンの公道版を売り出すという新聞記事を目にした時、購入を決意したという。キーが手渡され、まずはスタッフと一緒に走り、喜びを分かち合いたい、とのこと。 RC213V-Sは「Hondaスマート・キー」によってイグニッションON、始動を行なう。

コンテナから開梱され、ミラー類などを装着して納車準備完了。今回の納車は鈴鹿8耐参戦でお馴染み、ホンダドリーム杉並(桜井ホンダ)が行なった

RC213V-Sは運搬時の固定方法も特殊。タイダウンなどをかける場所も厳しく制約される。写真はコンテナ内に固定時、使用していたアクスルシャフトを外しているところ
コンテナから開梱され、ミラー類などを装着して納車準備完了。今回の納車は鈴鹿8耐参戦でお馴染み、ホンダドリーム杉並(桜井ホンダ)が行なった。 RC213V-Sは運搬時の固定方法も特殊。タイダウンなどをかける場所も厳しく制約される。写真はコンテナ内に固定時、使用していたアクスルシャフトを外しているところ。

 一瞬の静寂の後、RC213V-Sのエンジンが始動した。その音はどの市販車ともことなり、集まった人の耳を魅了した。密閉型とはいえ乾式クラッチが出すノイズと、少しでもアクセルを開ければ綺麗に整うV4サウンドの変換点は見事。「ウワー」「おー」という言葉にならない声が上がる。

 そして同社のスタッフのライディングでお披露目走行に出る。この日のために整備を受け、久々に公道へと出るNR、スーパーチャージャー付きエンジンが生み出す夢の加速をするカワサキのH2と共に、国道1号へが伴走役を務める。壮観なランデブーだが、NRもH2も露払いにしてしまう異次元さこそ、RC213V-Sの驚くべき存在感なのだ。

 HMJの担当者は「納車は国内2台目ですが、公道を実際走るのは今日が初めてです」とささやく。なんとも豪快な話だ。そして、取材する機会を得た私にも「後ほど乗ってみて下さい」と飛び上がるようなオファーを頂いたのだ。
 近隣パレードを終え、RC213V-Sを走らせたスタッフ達も興奮を抑えられない様子だ。「なんなんだ、この軽さは!」という驚きを口々出す。まるで独り言のように。

 そして、16時過ぎ。いよいよRC213V-SのキーがWEBミスター・バイクの取材班に託された。こんな経験はおそらく二度は巡ってこないだろう。それでいて、HSR九州で走らせた経験から、その乗り味はわかっていたつもりだから、平静を装うコトは難しくなかった。

 しかし、このバイクの凄さは一般道で理解できるのか。と想定したが、それは良い意味で裏切られた。結論から言えば、サーキットでの体験同様、公道でもこのRC213V-Sの乗り味は異次元、格別だったのである。



RC213V-S

 試乗コースはユーメディア湘南から国道1号を東に走り、ほど近い新湘南バイパスで横浜方面へ。途中、料金所を経て有料道路の終点の信号で折り返し、今度は海側の終点へと走り、市街地を抜け店舗に戻る、というもの。

 スターターボタンを押して電気系を起動させ、メーターに流れるオープニングアクトを眺めつつ、深呼吸。そしてスターターボタンで始動させる。クラッチの音に混ざって心地良いV4サウンドが届く。九州で乗った個体との違いは欧州仕様と国内仕様の違いだ。環境法規に合致させるために国内仕様のRC213V-Sは70ps/6000rpmとなっている。グラフ状のタコメーターもモニター画面の半分から先がレッドラインだ。5000rpmで最大トルクの87Nmを生み出すが、レースキットを入れれば13000rpm以上を許容するこのエンジンにおいて、アイドリングから少し上、という程度の回転数でしかない。

 まだ数十キロしか走ってないというのに、ミッションをローに踏み込むタッチや、クラッチレバーを通して伝わる駆動系の操作感や正確さはどうだ。まるで、1年ぐらい走り込んだバイクのようなタッチだ。クルマの流れが切れたところで東海道に踏み出した。僅か数メートルだが、九州で走らせた欧州仕様よりも低速トルクがたっぷりしている、と感じた。3000rpm以下でもスルスル走る。そして、ステアリングヘッドやタンク周りに全くといって良いほど重みを感じない特別感は、むしろサーキットより市街地のほうがダイレクトに伝わってくる。ドライカーボン、アルミといった軽い素材で造られているとはいえ、音と熱を出しているエンジンの存在すら感じられない。



RC213V-S

 ドリーム杉並のメカニック、河野さんは櫻井ホンダのチームでレースメカ経験も豊富な腕利きだ。サービスショップとしてRC213V-Sの講習を受けたとき、エンジンの造り等が市販車と大きく異なるのに驚いたという。Moto GP用の技術とはこのことか、と思ったそうだ。肉厚を極力そぎ落としたエンジンは見るからに軽量で、組立てるのに緻密な締め付けトルク管理がマスト。さもなければ、シリンダーにゆがみが生じ、無用なフリクションを誘発するだろう・・・・。さすが、プロの視点は違う。
 それがこの乗り味に直結している。全身全てをその目的のためにデザインされたから、というのが正解なのだろう。

 大型トラックも走る東海道はけっして路面が平滑とは言えない。そんな道ですらスムーズな動きで吸収力を見せる足回り。タイヤだってまだまだ堅いハズ。ガチガチで一般道では、もったいない、と思うだろう、という僕の予想は信号一つ分を走っただけで霧消することに。

 湘南バイパスでも4000rpm程まででしっかりとした加速感を楽しめ、2800 rpm程度で6速巡航をしてもどこにも物足りなさはない。オプションのレースキットを装備すれば215psにまでなるエンジンとは思えない柔軟性。オートシフトのタッチも絶品。つま先がペダルを触るとスっと吸い込まれるように入る。こんな低い回転でもだ。固さはみじんもなく別格の精度であることが解る。

 ここでも乗り心地の良さが印象的だった。とにかくこうした一つ一つの作り込みが公道を行くワークスマシンなのだろう。凄すぎて何も解らない、という予想は完璧に外れ、8キロ近く走った往路だけで資質の素晴らしさに唸ることに。これはHSR九州で2周目から自信を持って攻められた、こととまさにリンクする。

 そして復路へと向けUターンする時、あまりの軽さと手の内感に、RC213V-Sほど乗りやすいストリートバイクもない、と思った。茅ヶ崎海岸インターまで足を伸ばし、狭い一般道を回ってユーメディア湘南に戻ったが、左折、右折で感じた手の内感は、すでに体の一部になったような印象だ。安易に250クラスのような、という言葉を使いたくない。軽さだけではなく、周到に組み立てられた緻密なデザインが生む一体感だったからだ。

 短時間ながら、相当な満足感が伝わる公道試乗だった。RC213Vの開発コンセプトどおり、ライダーが気持ち良く走らせるため、メカは脇役、という言葉を思い出した。乗りやすくする技術の塊。きっとレースキットを装備してフルパワーを絞り出すときも強烈な加速感につつまれたとしても、心は平穏かつ冷静でいられるバイクに違いない。そんな確信をもってエンジンを切った。



RC213V-S

NR

NR
世界グランプリにNR500で復帰した1978年。その後の苦戦から2ストのNS、NSRに任せ、オクラ入りしたかに見えたNRだったが、ル・マン24時間での実戦などを経て1991年に市販車として登場したのがNRだった。楕円型ピストン1つにコンロッド2本、8バルブと、V8をV4に仕立てたようなエンジンデザインが何よりの特徴だ。すでに四半世紀が経過したNRは、5連アナログメーターとLCDメーターなど、新旧時代の架け橋になっている。今乗っても文句ナシのスムーズなエンジン、高回転へと五感を誘う魅惑の音、スーパーカーのようなディテールの外装はカーボン製、片持ち+センターアップマフラーを初めて市販車に持ち込んだ先進性、チタンコートのスクリーン、まるで漆職人がこだわった漆器のような拘りを随所に感じる一台。PGM-FIを搭載するなど、拘り抜いたからこそ今なお一目存在なのである。 

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