大きな夢と期待を乗せて、はばたけ隼・WT3301
■撮影ー西田 格
■取材協力──若桜鉄道 http://www.infosakyu.ne.jp/~wakatetu/
SUZUKI http://www1.suzuki.co.jp/motor/
隼駅を守る会 http://motor.geocities.jp/hayabusaeki/

少子高齢化による人口減少、過疎化は大都市圏以外いずこも共通の大きな悩み。
路線バスでさえ撤退が続く地方のローカル線も苦しい中で経営努力を続けている。
1987年、JR若桜線から移管、第三セクターとして開業した若桜鉄道もまた苦しい台所事情ながら、あの手この手を繰り出して攻めの姿勢を崩していない。
そして今回指した一手もまた、例を見ないユニークなものだった。
バイクと鉄道のコラボが、過疎化に釘を刺す一石になるかもしれない。

若桜鉄道と隼を取り持つ小さな駅の大きな絆。

「アルティメイト(究極の)スポーツ」をコンセプトとして、1999年に登場したGSX1300R HAYABUSA(その歴史はこちらでどうぞ)。世界各地に多くのファンを持つスズキハイスピードツアラーのフラッグシップモデルであることは、みなさんご存じの通り。2014年にはETCを標準装備した待望の国内仕様もめでたく登場し、その人気は今もずばーんと加速中だ。
 隼乗りならば、一度は訪れたい聖地が隼駅。鳥取県の郡家(こおげ)と若桜(わかさ)間、19.2kmを結ぶ若桜鉄道にあるこの小さな駅をご神体と祀って? 毎年夏(基本的に8月8日付近の休日)に開催される一大イベントが、ご存じ「隼駅まつり」(その盛況はこちらから。第1回第2回第3回第6回第7回)である。年々来場者は増え続け、隼乗り以外のライダーも多数やってくる、北海道ツーリングに並ぶ!? 夏のツーリングの定番に成長しつつあるのは、嬉しい限りだ。

 さて、その若桜鉄道に、日本初、ひょっとしたら世界初の大型バイクの走行シーンがラッピングされた車両が誕生するというニュースは先月お伝えした。大きなニュースとなったSL走行社会実験や各種イベント列車などでがんばる若桜鉄道と、地道な活動で隼駅まつりを盛り上げる、隼駅を守る会などの熱い思いに、隼まつりに毎年協力しているスズキ二輪が応えるというタッグにより、大きな夢がついに実現した。ラッピングに選ばれた車両は、若桜鉄道では最新鋭、文字通り虎の子ともいえるWT3301。ステンレスのボディに、隼のロゴとバンクから立ち上がり加速せんとする(たぶん)隼の勇姿が見事マッチしている。
 かつては陸上交通の嫌われ者、鬼っ子扱いされたバイク(未だに駐輪場問題などではそのとおりだが……)が、公共交通機関の雄である鉄道車両に堂々と描かれ、日本の原風景ともいえる里山をとことこ走る。これも二輪史上特筆すべき出来事であるということも憶えておいて、ぜひ孫子の代まで語り継いでほしい。



WT3301
見事にラッピングされたWT3301。カラオケ装置も搭載しているので、貸し切って「隼音頭」で大合唱というのもオツかも。ちなみにWT3301は電車ではない。6気筒13000cc、330psのディーゼルエンジンを搭載した内燃機関で走る気動車(ディーゼルカー)である。これを電車と言うと、バイクでいえば「サンパチは3気筒だから3ストロークだぜ」というくらい恥ずかしいので、鉄道車両=電車だと認識している方、特に鉄の前では充分気をつけましょう(大袈裟)。


ラッピング前のWT3301


現在若桜鉄道の営業用車両
ラッピング前のWT3301(左)。ラッピング作業は若桜駅の車庫内で極秘? のうちに3日間で行なわれた。その間は残りの3両をやりくりして3日間をしのぐ車両運用だったとか。こんな見えない努力もあって、ラッピング車両は無事20日お披露目となった。拍手! ちなみに宝くじ号とあるのは、日本宝くじ協会からの助成金で導入された車両のこと。右側にたたずんでいるのはさくら1号ことWT3001。ちなみに2号はいなくて3号がWT3003、4号がWT3004。 現在若桜鉄道の営業用車両は2001年に導入のWT3301の他、第三セクターとして開業した1987年に導入された(導入時はWT2500形であったが途中で、馬力アップなど更新改造されWT3000形に改番された)WT3001、WT3003、WT3004(写真の前の車両。後ろはWT3301)の全4両。もはや30年選手だが、エンジンや台車を更新してバリバリ稼働中。絶版バイク乗りなら共感しちゃうことまちがいなし!? ちなみに型式のWTとはW=若桜、T=鳥取を表している。

式典会場には会長、社長、大臣、知事、町長など錚々たる顔ぶれ。

 ラッピング車両のお披露目は、2016年3月20日に開催された。3月の3連休の中日、絶好の隼日和、WT3301日和の空の元、午前10時から隼駅で施行された記念式典には「スタバはないけど〜」でおなじみ平井鳥取県知事、鉄やミリ好きとしても有名な石破地方創生担当大臣、隼駅のある八東町の吉田町長、スズキ二輪の濱本社長などなど、隼駅祭りでもおなじみの錚々たるメンバーが来賓として来駅した。さらに事前に告知はなかったスズキの鈴木 修会長もサプライズゲスト? として登場。「町を盛り上げるために今後も協力したい」と挨拶、関係者に力強いエールを贈った。



鈴木修会長

来賓
鈴木会長が鳥取県を訪れるのは、実に50年ぶりだとか。挨拶では隼駅を見て『たいていのものより私の方が古いが、私より古いものがあったとは驚いた』と観客を笑わせた。 1面しかない狭い隼駅のホームに勢揃いした錚々たる来賓の面々。バイクと駅、両方の隼が結んだ強い絆がつむいだ縁である。

 来賓を乗せたWT3301は、この日のために仕立てられた臨時列車(8361D)として、11時にテープカットが行われいよいよ世界初の隼ラッピング列車としてスタートを切った。抽選で選ばれた隼13台は、白バイ2台の先導により、隼駅から次の次の八東駅まで約5.5kmの併走パレードを挙行した(列車との併走パレード、たぶんこれも全国初)。このパレードの実現も、関係各位の並々ならぬ努力と協力のたまもの。参加した隼乗りは孫子の代まで語り継いでほしい。



パレード


パレード

パレード
白バイを先頭に13台の隼がラッピングされたWT3301とパレードラン。この珍しい併走を見ようと沿線には多くの人が参集した。

 パレード終了後は終着の若桜駅でWT3301をバックに記念撮影が行われたほか、隣接する道の駅わかさでは、名物の軽トラ市&ジビエフェスタも開催された。当日は日本全国から約800人が参まり、地元のみなさんも含め沿線は約2000人もの人が出て大賑わいの一日となった。

 ラッピングされたWT3301は、今後一般列車として、若桜から郡家を経てJRに乗り入れ鳥取駅までの間を3年間走る予定だ。WT3001の不調などの事情により今のところ充当列車は決まっていないが、のんびりと待っていれば沿線のどこかでは必ず出会えるだろう。運用に充当されていないときでも、若桜駅構内で休んでいるので、構内に保存されているC12 126(蒸気機関車)やDD16 7(ディーゼル機関車)、12系客車や貨車など鉄にはよだれだらだら、非鉄にも「なんかかわいい」車両と合わせて、ぜひお楽しみを。隼駅まつりでは、WT3301できっとなにかイベントをやってくれるだろう。



集合写真


軽トラ市

ジビエ
道の駅わかさには20台以上の軽トラが集合し、地場の野菜や果物などを販売するイベント、軽トラ市を開催。写真の鈴木農園は、スズキキャリイの軽トラ市特別仕様車の特別展示。マニアック! ステーキはもちろん、鹿ラーメン、鹿バーガーなど美味しい若桜のジビエ(鹿肉、猪肉)をいろいろな食べ方で楽しむジビエフェスタも併催され、売り切れ続出の大盛況。

 バイクによる町おこしという発想は、それほど珍しいことではない。イベントを企画したり、ハコモノを誘致したりと試行錯誤をしている町もある。ただいかんせん、ライダーは自由気ままが信条で、移り気でもある。ライダーを継続的に集客することは簡単ではない。そしてなにより不可欠なことは、地元のみなさんの強い団結と地道な努力である。
 その行動と思いが多くの人々の心を動かし、そしてライダーも一体となった結果、隼駅を中心とした町おこしは加速し続けているのだ。

 ちなみに今年の隼駅まつりは8月7日(日)に例年通り開催が予定されている。詳細はまだ未定(決定次第、隼駅を守る会のWEBサイトで発表)だが、WT3301も当日は何らかの形で参加してくれるだろう。隼の乗りならずとも、ぜひ訪れてほしい。

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