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第109回 第16戦オーストラリアGP On an Island


 寒いよ。いやホントに。第16戦オーストラリアGPの気温は、ウィークを通して記録上でも11度とか12度とか13度とか。タスマニア方向からの南極颪(おろし)が吹いてくるので、体感的にはさらに低くて一ケタ台前半、といったあたりだったと思う。しかもそこに雨が降るわけですよ。
 雨、というか、むしろ霙(みぞれ)ですからね。いつもここは寒い記憶があるけど、ごくたまに比較的温暖なときもあって、こちらの記憶も年々劣化していくので、来るたびに「今年はマジで今までで一番最悪や……」と、まるで何かの受難者にでもなったかのような気分に陥る。そんな苛酷な環境の中でレースをするのだから、選手たちには本当に尊敬のひとことである。
 だが、この寒さはレースをするうえで安全性に影響が及ぶこともあるし、観客にとっても厳しい環境であることに変わりはない。今回のウィークでも、オーストラリアGPのスケジュールを南半球の夏の季節にあたるシーズン初頭に移動させることはできないものか、という話題がちらほらと持ち上がったのだが、通例のように「でもやはりそれは難しそうだよね」というあたりの結論になんとなく落ち着いてしまう。とはいえ、やはり底冷えしますよ、ここは。


Phillip Island

#Phillip Island
でまた5分後には晴れてきて15分で路面が乾いたりもするんですが。

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 今回のレースウィークは、金曜と土曜に冷たい氷雨が降ったものの、決勝日の日曜はようやく光が射してドライコンディションになった。27周で争われたMotoGPクラスのレースは、カル・クラッチロー(LCRホンダ)が優勝。第11戦のブルノで優勝したときは、ウェットコンディションだったが、今回はドライ。ブルノのときもそうだったが、今回も2位以下を圧倒的に引き離した独走優勝である。
 クラッチローが独走態勢に持ち込む前には、同じハード側コンパウンドのフロントタイヤを装着してさらに前を独走していたマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が、10周目の4コーナーで転倒する出来事があった。それを知ったクラッチローは
「2年前に、似たような状況で自分が転倒したときのことを思い出した」
 という。
「あのときと同じ失敗をしないように、タイヤの熱入れを心がけた。最後の10〜12周は攻めすぎないようにしながらタイヤの蓄熱に集中した。陽が出ていないときは注意して走っていたので、陽が射してくるとホッとしたよ」
 ちなみに、ミシュランのテクニカル・ディレクター、ニコラ・グベールは、「もしマルクが転倒していなければ、レース終盤はきっとカルとふたりで白熱したバトルになっていたでしょうね」と振り返っている。


#35

#35
今季2勝目。年間ランキングも現在6番手。

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 マルケスは転倒直後こそ、ものすごく悔しそうなジェスチャーを見せていたが、レース後に話を聞きに行ってみたところ、意外とサバサバした表情をしていた。とくに取り繕うふうでもなく、おそらく前戦で王座を確定させた安心感がその余裕を生んでいるのだろう。じっさいに彼は
「チャンピオンという目標をすでに達成して、いつもと同じように走ろうと思っていたけど、何かが違っていたのかもしれない。完璧な自分のミスで、ブレーキが遅かった。がんばってくれたチームとホンダに申し訳ない」
 と話した。いつものマルクが復活した結果か、という問いには
「いつものマルクは、もっとコンスタントだよ」
 と笑った。
「今回みたいに目標を達成してチャンピオンを獲得すると、ミスを誘発しやすくなってしまう。自信をもってレースを楽しんでいたけど、次のレースではしっかりと切り替えたい」
 クラッチローの優勝に関しては、以下のように祝福を述べた。
「カルは1周で0.5秒ほど詰めてきたけど、自分も1分30秒0台や29秒9台で走れていて、もっと行けると思ったし、じっさいに次の周では29秒6だった。でも、カルは素晴らしいラップタイムを刻んでいたし、このコースで彼がいつも速いことも織り込みずみだった。彼のライディングスタイルやマシンセットアップが、このサーキットではすごく活きるんだと思う。勝つに相応しいだけの走りをしていたよ」


#93

#93
「消化レース」とはいえ、やはり走るときは本気である。

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 2位はバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)、3位にマーヴェリック・ヴィニャーレス(チーム・スズキ・エクスター)が入った。ご存じのとおり、この両選手は来シーズンのチームメイトである。
 ロッシはまず今回のリザルトについて
「20ポイントを獲得出来たのはよかったけど、(ランキング3番手の)ロレンソはまだ近いところにいる。大事なのは、これからの残り2戦で常に表彰台を狙っていくこと」
 だと話し、来季のチームメイトになるヴィニャーレスに関しては、冗談交じりにこんなふうに述べた。
「今の段階ではまだ、マーヴェリックの才能と速さを本当に見極めることはできないと思う。でも、強いと思うよ。ロレンソは厳しいチームメイトで、今年の彼は若干苦戦もしているみたいだけど、間違いなくトップライダーだし、マーヴェリックは彼よりも少し才能が低いとうれしいね(笑)。でも、きっと厳しいチームメイトになるだろうね」
 一方、前戦の日本GPに続いて連続3位を獲得したヴィニャーレスは
「途中からペースがよくなって、どんどんオーバーテイクしていけた」
 とレースを振り返った。
「1周でふたり抜いたラップもあったし、やがてドビを捕まえて終盤のチャンスを狙った。今回は厳しいウィークだったので、表彰台を獲得できてうれしい。16ポイントを取れて(ランキング3番手につける)ホルヘにも近づけたのでよかった」
 という一方で、
「ランキング2番手を狙うのは厳しいと思う。バレンティーノはマレーシアでとても速いし、ポイント差も離れているから」
 と話したのは、現実を見据えた冷静な判断なのか、それとも来年のチームメイトになる大先輩の機嫌を損ねないように気を配って見せたのか。はてさて。
 


#46

#25
目線いただきました。 こちらも目線いただきました。

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 ところで、上記ふたりの話題にもあったホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ MotoGP)だが、土曜の予選まではまったくダメダメで、ときにセッション最下位の辛酸も舐めながらも決勝ではなんとか帳尻を合わせて6位チェッカー。今回のウィークでは何が最大の問題だったのか、彼に話を聞きに行ってみると
「あっちもこっちも問題だらけだった」
 とのこと。
「特にリアタイヤ。グリップの良いもてぎのようなコースならトップスリーを争う位置で走れるけれど、寒くなってグリップがないと今週みたいにヤマハは苦戦するし、自分はライディングスタイルの関係上、他のヤマハライダー以上に苦労することになる。
 リアのグリップがあるときはスムーズに走れるけれど、タイヤを温められないと自分やペドロサのような(ライディングスタイルの)選手はとくに苦戦をしてしまうんだ」
 では、今回のレースウィークで味わったような経験は、今後のミシュランを乗りこなしてくうえで自信の面でも影響してしまうのではないか、とロレンソに訊ねてみた。すると
「いや、そんなことはないと思う。ミシュランがまた良いリアタイヤを持ってきてくれれば、また力強い走りをできる。自分たちの進歩はとくに(共通ECUソフトの)制御面でホンダやスズキよりも遅れをとっているのかもしれないし、ヤマハがモンメロ以来勝てていないことも、それと関係しているのだと思う。グリップを得られないとヤマハは苦戦をする。そして、ヤマハが苦戦するとロレンソはさらに苦戦をしてしまうんだ」
 との説明が返ってきた。
「(共通ECUの)制御があまり進んでいなくて、自分たちはシーズン序盤と同じくらいだけれども、ホンダとスズキは進歩している。だからクラッチローは優勝争いをしているのだし、アレイシも表彰台争いをしている。これは偶然じゃないよ」
 ふむ。


#99

#99
いやちょっとね、今回は厳しかったっす。

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 Moto2クラスでは、土曜の予選で右肩を脱臼した中上貴晶(IDEMITSU Honda Team Asia)が、負傷を抱えながらも5位フィニッシュと健闘。荒れた展開になったMoto3クラスでは、レース2で尾野弘樹(Honda Team Asia)と鈴木竜生(CIP-Uicom Starker)が、ともに3位争いの大集団でバトルを展開。尾野はシングルポジションの8位。転倒者が続出したレース1でも上位につけていた鈴木は、最後は13位、とそれぞれ実りの多いレースになった。
 というように今回も様々なことがあった、たぶんシーズンで一番寒かった第16戦を終え、今週末は赤道を一気に跨いで第17戦マレーシアGP。間違いなくシーズンで一番暑いレースである。
 これだけ温度が一気に変化すると、料理されている食材のような気分にもなってくるが、ともあれセパンサーキットは新舗装後初のレース。路面状態はもちろん、コーナーのバンク角などが変わっているという話もあるので、またもや様々な出来事が発生するでありましょう。
 では、また今週末に。


#Phillip Island

#Phillip Island
トップガン、といえば……。

#Phillip Island

#Phillip Island
どれだけ冷えているか確認中。 今大会のタイトルスポンサーであります。

#Phillip Island

#Phillip Island
とある寒い一日の風景。 ではまた来年。

 



■2016年 第16戦 オーストラリアGP フィリップアイランド

9月25日 

順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


2 #46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


3 #25 Maverick Viñales Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


4 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


5 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


6 #99 Jorge Lorenzo Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


7 #45 Scott REDDING OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


8 #38 Bradley SMITHl Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


9 #9 Danilo PETRUCCI OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


10 #43 Jack MILLER Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


11 #6 Stefan Bradl Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


12 #19 Alvaro BAUTISTA Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


13 #68 Yonny Hernandez Aspar Team MotoGP DUCATI


14 #50 Eugene LAVERTY Pull & Bear Aspar Team DUCATI


15 #7 Mike JONES Avintia Racing DUCATI


16 #53 Tito RABAT Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


17 #69 Nicky HAYDEN Repsol Honda Team HONDA


Not Classified #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


Not Classified #41 Aleix Espargaro Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


Not Classified #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


Not Classified #76 Loris BAZ Avintia Racing DUCATI


※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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