湯めぐりみしゅら~ん


第17湯 岩手花巻・盛岡の温泉

 入湯数500湯を迎えた四国一周ツーリングから約1ヶ月後、2011年度最後のロングツーリングに向かった。行き先は岩手県の花巻市と盛岡市。この地方は何度が訪れており、夏油温泉をはじめ名湯・秘湯が数多く存在する。温泉好きにとってはパラダイスのような場所だ。2010年の7月に青森地方を訪れて以来、久しぶりの東北地方だ。

 ところで、今回のツーリングは今までとはちょっと趣向が異なった。そもそものきっかけは、私が関わっているアームズマガジンを発行しているホビージャパンが、毎年秋に盛岡市郊外にある繋(つなぎ)温泉に社員旅行を行なっている。私は外部スタッフにもかかわらず、いつも社員旅行に誘われていたのだが、なかなかタイミングが合わず行けなかった。しかし今年はタイミングがいいので同行させてもらうことにした。社員の方々は新幹線で現地に入るのだが、私はバイクで向かうことを許可された。

 今回この地域を選んだのはこれだけではない。3月11日に起きた大震災以後の東北地方の状況を確かめたかったのだ。実は、ゴールデンウィークに毎年恒例の春の集会を東北地方で行なう予定だったのだが、大震災の影響で中止となった。

 その後、物見遊山で訪れるのは現地の方々に失礼と思い、東北地方への遠征を控えていた。しかし、高速道路が修復され、落ち着きを取り戻しつつあったので、お金を使って東北地方の活性化に一役買おうと、今回向かうことに決めたのだ。もちろん、ただ温泉に入るだけではなく、被災地も見学することにした。

 東北に向かう前に、四国一周ツーリングでダメになったリアタイヤのスポークとハブなどを全交換(バイクショップのN商会さん、その節はありがとうございました! 助かりました)し、さらにジャケットを新調してロングランに備えた。

 そして出発当日、天気は晴れ。13時に花巻市に到着し、ホテルに16時30分にはチェックインしたかったので、午前6時に自宅を出発。首都高速を通り、久しぶりの東北自動車道を盛岡方面に向けて走る。やはり災害支援のためのトラックが目に付いたが、道路は以前とほとんど変わらない。

 東京から走ること約7時間、ほぼオンタイムで花巻南インターに到着。県道12号線を真っ直ぐ進み、まずは「鉛(なまり)温泉」を目指した。鉛温泉は花巻南温泉郷の最も奥にある温泉で、日本一深い岩風呂「白猿の湯」(藤三旅館)があることで知られる。

 花巻南インターから20分ほどで目的地である藤三旅館に到着。入湯料700円を払って白猿の湯に向かう。ここは混浴なのだが、タイムテーブルを見ると12時から14時まで混浴で、14時から15時までは女性専用になるとのこと。危うく入れないところだった。

 扉を開けると吹き抜け構造の浴室と、楕円形の湯船が目に入ってきた。階段を降りて脱衣して身体を洗ってから湯船に浸る。無色透明の源泉100%・ハイスペックの熱〜いお湯が身体にじわっと染みわたる。やっぱり東北地方の温泉は最高だ。

 そうこうしているうちに、入浴終了時間が近づいてきたので、白猿の湯から上がり、隣にある「桂の湯」に入湯。こちらは渓流が見渡せる風情ある露天風呂だ。こちらは男女別となっている。早速露天風呂に向かうと、岩風呂風の湯船に入った。しかしふと気づくと、さらに一段下がった川面に近いところに小さい露天風呂があるのを発見した。小さいが川のせせらぎが堪能できる。どちらも甲乙つけ難い。

 すっかり東北の温泉を満喫したところで次なる目的地に進む。台温泉と並ぶ花巻南温泉の名湯・大沢温泉は過去に入ったことがあるのでパス。県道12号線から県道37号線を盛岡方面に向かい、県道123号線を入ったところにある「台(だい)温泉」に向かった。

 台温泉も鉛温泉と並ぶこの地方を代表する温泉だ。台温泉では日帰り温泉施設「精華の湯」に入った。入湯料は500円。浴室・湯船ともそれほど大きくなく、露天風呂もないが、鉛温泉同様、熱めの源泉掛け流しのお湯は、無色透明の硫黄が含まれる弱アルカリ性高温泉。ハイスペックの湯に浸っていると「う〜」「あ〜」とつい唸ってしまう。東北に来てよかったと思う瞬間だ。

 台温泉を満喫したところで時間は15時30分に近づいていた。そろそろ本日の宿である繋温泉に向かわなくてはならない。稲刈りが終わり、冬支度を始めているみちのくの風景を見ながら、県道123号線から県道13号線を盛岡方面に進む。盛岡市街の手前で県道16号線に進み、繋温泉に向かおうとすると、前に1台の大型バスが目に入った。ちょうど16時30分になろうとしていたので、社員の方々かと思ったら予想どおりだった。まさにベストタイミングだった。

 繋温泉は岩手県の県庁所在地である盛岡市郊外にある東北地方屈指の温泉だ。今回お世話になった繋温泉「大観」は、御所湖を望むこの地域でも有数のホテルだ。外観を見るととにかくデカイ。こんな大きなホテルに泊まるのはかなり久しぶりだ。

 実は今まで温泉に500湯入っているにもかかわらず、温泉宿に泊まったことは片手の指で数えられるほどしかない。ほとんどが日帰り入浴である。その意味で、寝床と温泉が同じ場所にあるなんて夢のようなのだ。

 立派な館内に入り、広い廊下を通って部屋に入り、荷物を解いて早速大浴場に向かった。大浴場の名の通り、眼前には広い湯船が広がっている。単純硫黄泉のお湯は自家源泉「大観の湯」を使用し、敷地内の湯畑で適温に調節後に湯船に通される。源泉100%掛け流しだ。これだけ大きな湯船を源泉100%で満たすには、相当豊富な湯量でないと無理なことから、湯量の豊富さが伺える。

 湯に浸かっているとまさに感無量、言葉が出ない。普通は時間を気にしてしまうが、今日はここに泊まれるのだから焦ることはない。また入ればいいのだ。豪華な夕食をいただいた後はもちろん入浴。存分にお湯を堪能して寝床に入った。

 翌朝、朝食前に朝風呂に入って、朝食後にまた入り、大満足してから出発の準備に取り掛かった。ここからみんなと分かれて単独行動となる。今日は繋温泉から東八幡平方面に30分ほど行ったところにある網張温泉に入り、昼前に盛岡を出発。東京に向かう途中、宮城県名取市にある閖上(ゆりあげ)地区を訪れることにした。

 まずは網張温泉に向かった。繋温泉を出て国道46号線からスキー場で有名な雫石がある県道212号線を走ること約30分ほどで網張温泉に到着。ここでは森の中にある「仙女の湯」に入った。

 網張温泉「仙女の湯」は雫石町にある日帰り入浴施設「網張温泉館」の近くにある露天風呂だ。網張温泉館横の山道を徒歩で進むこと7分ほどで到着する。入湯料は300円。入浴できるのは5月初旬から11月中旬となっている。小さな脱衣場を出ると、湯船は男女別となっており、眼前に滝が流れている。湯船は小さいが開放感バツグン。お湯は白濁した単純硫黄泉。ここの湯もご多分に漏れず熱めだった。

 久しぶりにワイルドな温泉を味わったあとは、県道212号線を走って小岩井牧場の横を通過して繋温泉に戻り、国道46号線を通って盛岡インターから東北自動車道に乗った。

 盛岡から走ること約4時間、インターの渋滞に巻き込まれながら仙台空港インターで下車。インター付近は特に変わった様子はなかったが、あるところを境に景色が一変した。その変わり方は驚くほどだ。周囲から建造物がなくなり、道沿いや田畑には車が放置され、さらに漁船が打ち上げられている。閖上大橋を渡ると状況はもっと酷くなった。

 宮城県名取市の閖上地区は海岸の平野部に位置しており、津波被害を甚大に受けた場所だ。押し寄せる津波が家々や車を飲み込んでいく様子は、まさに地獄絵巻そのものだった。テレビに映っている現地の状況は惨憺たるものだ。日本人として、この状況は現地に直接行って目に焼き付けてくるべきだと思っていた。

 よくテレビで映ってくる丘を見つけたので、そこに登って周囲を見渡すと、絶句してしまった。あるべきものが何もない。例えが悪いかもしれないが、新興住宅地のように平らに整地されてしまった土地が広がっているだけだ。その広漠とした様子を見て、正直忌憚なく言ってしまえば涙が込み上げてきた。あり得ない残酷な状況に悔しさを覚えた。

 丘の周辺には、今まで嗅いだことのない臭いが漂っていた。どんな臭いか言葉にしようにも、浅学な私には言葉にできない。丘にはひっきりなしに人々が訪れており、多くが宮城県ナンバーだった。丘の上にあった卒塔婆に手を合わせ、静かに閖上地区をあとにした。いつになったらこの地区が元の生活を取り戻せるのだろうか…。

 閖上地区を出発し、名取インターから仙台南部道路を通って東北自動車に戻り、そのあとはどこにも寄り道せずに帰京した。

 大震災以後初めてとなる東北地方へのツーリングは様々な収穫があった。東北地方の早期復興を願いつつ、来年もできれば東北地方に赴きたい。

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花巻南温泉郷の奥にある鉛温泉「藤三旅館」。温泉好きを誘う「日本秘湯を守る会」の提灯が玄関に掛かっている

花巻南温泉郷の奥にある鉛温泉「藤三旅館」。温泉好きを誘う「日本秘湯を守る会」の提灯が玄関に掛かっている。


藤三旅館の名物である混浴露天風呂「白猿の湯」。旅館内に自噴の湯船があるだけも驚きだが、源泉100%なので熱い!

藤三旅館の名物である混浴露天風呂「白猿の湯」。旅館内に自噴の湯船があるだけも驚きだが、源泉100%なので熱い!。


藤三旅館にはいくつか浴室があり、これは「桂の湯」の露天風呂。露天風呂は2つあり、こちらは川面に近い小さな露天風呂

藤三旅館にはいくつか浴室があり、これは「桂の湯」の露天風呂。露天風呂は2つあり、こちらは川面に近い小さな露天風呂。


花巻温泉郷を代表する台温泉の日帰り入浴施設「精華の湯」。名湯が旅館を利用しない旅人でも気軽に入れるのは大変嬉しいことだ

花巻温泉郷を代表する台温泉の日帰り入浴施設「精華の湯」。名湯が旅館を利用しない旅人でも気軽に入れるのは大変嬉しいことだ。


今回お世話になった繋温泉にある「大観」。まさにその名のとおり立派な建物を有しているホテルだ。もちろん館内も素晴らしい

今回お世話になった繋温泉にある「大観」。まさにその名のとおり立派な建物を有しているホテルだ。もちろん館内も素晴らしい。


「大観」の大浴場は広々としており、溢れ出る自家源泉100%・自然冷却のお湯が朝から晩まで存分に楽しめる。至福のひとときだ

「大観」の大浴場は広々としており、溢れ出る自家源泉100%・自然冷却のお湯が朝から晩まで存分に楽しめる。至福のひとときだ。


「網張温泉館の横に道を進んだ先にある「仙女の湯」は森の中にひっそりと佇んでいる。ワイルドな温泉の気分を手軽に楽しめる

網張温泉館の横に道を進んだ先にある「仙女の湯」は森の中にひっそりと佇んでいる。ワイルドな温泉の気分を手軽に楽しめる。


東北自動車道の上り紫波SAで発見した「ナポリじゃじゃ」。盛岡名物じゃじゃ麺とナポリタンを混ぜた一品。味は微妙だった

東北自動車道の上り紫波SAで発見した「ナポリじゃじゃ」。盛岡名物じゃじゃ麺とナポリタンを混ぜた一品。味は微妙だった。


閖上地区にある丘の上から海岸方面を見たところ。家の土台だけが残っているだけで、あとは何も残っていない。その光景に絶句した

閖上地区にある丘の上から海岸方面を見たところ。家の土台だけが残っているだけで、あとは何も残っていない。その光景に絶句した。


インターに向かう途中で見かけた漁船。海から相当離れたところに打ち上げられており、津波の恐ろしさを見せつけらた

インターに向かう途中で見かけた漁船。海から相当離れたところに打ち上げられており、津波の恐ろしさを見せつけらた。


ブースカ的評価
(5段階評価)

●鉛温泉「藤三旅館」
★★★★★
風情ある温泉旅館の名湯はハイスペックな湯

●台温泉「精華の湯」
★★★★
みちのくの温泉宿のおもなしとお湯を存分に味わえる

●繋温泉「大観」
★★★★★
みちのくの温泉宿のおもなしとお湯を存分に味わえる

●網張温泉「仙女の湯」
★★★★
冬期閉鎖になる期間限定のワイルドな露天風呂

毛野ブースカ
トイガンとミリタリーの最新情報誌『月刊アームズマガジン』の編集ライター。バイクに乗り始めてから温泉が好きになり、現在までの温泉踏破数は505湯。湯巡りツーリングの相棒はスズキ・ジェベル250XC。ちなみにマイカーもスズキのエスクードというスズキスト。

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