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第111回 最終戦バレンシア GP Nine Lives 


 4メーカーの9選手が優勝を遂げた波瀾万丈の2016年MotoGP最終戦は、周回数を重ねるほど緊迫の度合いを増す30周のレースで幕を閉じた。ポールポジションスタートから序盤に大きな差を築いたホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ MotoGP)が、最後まで完璧にレースをコントロールして逃げ切る得意のパターンに持ち込むか……と思っていたらあに図らんや、終盤になって2番手のマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が猛烈なチャージを見せて、周回ごとに0.5秒ずつきっちりと追い詰めて行った。残り周回数と両選手のラップタイムを比べると逆転は難しそうに見えたが、それでも一時は最大で5.3秒開いていた差が、最後は1.1秒にまで縮まっていた。
 今回のレースを最後にヤマハを去るロレンソは
「マルクが序盤に出遅れたのは、結果的にラッキーだった。自分は逆に序盤からうまく走れていて、その結果、この9年間の恩返しとしてヤマハに良いプレゼントをできた。ポールポジション、ファステストラップ、勝利という三拍子で、とてもうれしく誇りに思う」
 と、30ラップの戦いを振り返った。このレースを終えて、翌々日からは早速移籍先のドゥカティファクトリーで来季に向けたテストを実施することになるわけだが、その抱負についてはこんなふうに述べた。
「素晴らしいチャンピオンチームを去ることになるけれども、来シーズンは僕たちがチャンピオンチームになってみせるよ」
 ロレンソが移籍するドゥカティでマシン開発の陣頭指揮を獲るのは、ご存じジジ・ダッリーニャ。ロレンソとは、ダッリーニャがアプリリアに在籍していた時代からの旧知の間柄である。ダッリーニャは、今年の自分たちのバイクの弱点が旋回性にあることを認めたうえで、その旋回性を持ち味とするロレンソの自陣営合流に大きな期待も寄せている。
「ホルヘは他のMotoGP選手たちと異なったライディングスタイルの持ち主なので、マシンのセットアップも他の選手とは違う方向性にする必要があるだろう。我々にもアイディアはあるし、最初のテストを見たうえで彼に合った開発の方向を考えたい」
 その開発に関しては、ロレンソと自分たちの双方が互いに歩み寄る必要がある、と考えているようだ。
「ホルヘは頭の良い選手なので、彼が今まで乗ってきたものと我々のバイクが全然違うことはすぐに理解してくれるはずだ。バイクを理解しつつ、その長所を活かす乗り方へ変更する必要もあるだろう。我々の側も、もちろん彼の要求する最高のバイクを与えるつもりだ。まずホルヘが速く走るために必要なことがらを咀嚼して、それを彼に与えられるようにしたい。ともに協力してゆけば、目標に到達できると思う」


#99

#99
9年間で優勝44回、2位42回、3位21回。

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 終盤数周に、まさに炎が出そうな猛追でロレンソに肉薄しながら2位で終えたマルケスは
「もう2〜3周あれば……とも思ったけど、それはいいわけになるし、レースは最初から30周と決まっているわけだから、今日はホルヘがすごい走りをしたということだね」
 と、年長のライバルの勝利を素直に賞賛した。来季の彼の移籍に関しては
「ヤマハ時代よりも弱くなってほしいよね」
 とひねりを効かせながら、新たな挑戦を称えた。
「健闘を期待しているかというと、ノーだよ(笑)。むしろ苦戦してほしいよ。だって苦戦してくれないと、こっちが厳しいもんね。ヤマハ時代より強くなったら、ちょっと勝てないかもしれないし」
 一方、チームメイトのダニ・ペドロサは鎖骨骨折からの復帰戦で、土曜の予選を終えて、「とてもくたびれる」と体調はまだけっして万全ではないと話した。それでも決勝レースが始まると、トップグループについていったものの、7周目に2コーナーで転倒し、残念ながらリタイア。レース後の彼に、転んだときの状況について訊ねてみたところ、
「なぜ転んだのか自分でもわからない。限界まで攻めていたわけじゃない」
 との返事がかえってきた。
「序盤はフルタンクだったからかもしれないし、自分の体調かもしれないし、セットアップだったのかもしれないし、それらの要素が組み合わさった結果なのかもしれない。フロントグループと離れていたけど、とくに焦っていたわけでもなく、落ち着いて自分の走りに集中していた。その前にもいくつものコーナーでフィーリングが完璧ではなかったので、注意しなきゃと思っていたけど、その矢先の2コーナーでシフトダウンの際にリアが動いてフロントが切れてしまった。普通なら僕はあまりこういう転倒をしないけど、昨日も今日も限界が非常に薄くて、微妙で繊細なところを読み切れず、限界に触れた瞬間に転んでしまったんだと思う」
 もしも転倒しなければ、何位くらいまで行けていたと思う? とさらに重ねて訊いてみた。
「……それはちょっと、わからないな。序盤から全力で走っていたわけじゃないし、体力も温存していた。(今の体調では)最後まで走りきれるかどうかわからなかったので、できる限り抑えていたんだ。転んだときは何番手だったっけ? 7番手? だったら、6位は行けたかもしれないね。レース後半には少し順位を挽回できていたと思うから」
 今季もまた不運に翻弄されるシーズンになってしまったが、来年こそは本来の力を存分に発揮してチャンピオン争いをしてほしいものである。


#46

#99
2016年の表彰台獲得率は18戦中12回で66%。 年間ランキングは6位。

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 3位のアンドレア・イアンノーネは、9月にミザノで負傷した脊椎の痛みを抱えながらの走行で、金曜のフリープラクティスからすでに厳しいレースになるだろうと話していた。
 にもかかわらず決勝レースではバレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)を相手に最後までスリリングなバトルを展開し、表彰台を獲得。
 レース中にサインボードでまだ16周もあると知ったときには
「えッ……。もう無理だし……」
 と感じた、と正直に述べつつも
「最後は痛みのことを考えないようにした」
 のだとか。この人もこのレース限りで古巣を去り、来年からは新天地で新たな挑戦を開始する。
「バレのペースの方が良かったけど、激しいバトルをして良いリザルトを獲得できた。ドゥカティ最後のレースをこの結果で終われてうれしい」
 一方、バトルで負けた格好のロッシも、全力で戦った結果のリザルトであることに加え、いつも苦戦を強いられていたコースで良い走りをできたというパフォーマンスにも納得した様子だった。
「4位で終わったけど、バレンシアではいつも苦戦を強いられていていたから良いレースだったと思う。イアンノーネとのバトルはいつも『神に祈って、あとは最後までやるだけ』という戦いになる。向こうも厳しい勝負を仕掛けてくるけど、自分だって彼には厳しい勝負をする。ああいうバトルでは、誰だって切り札を使うよ」


#29

#46
2017年はどれほどの速さを見せるか?? 。 2016年の表彰台獲得率は50%。

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 イアンノーネの来季の行き先はチーム・スズキ・エクスター。そのスズキからは、マーヴェリック・ヴィニャーレスとアレイシ・エスパルガロの両選手がともに離脱をする。
 ヴィニャーレスは自分と入れ替わりにやってくるイアンノーネへの助言として
「彼の乗り方がスズキに合っているかどうかはわからないけど、細かい部分でまだうまく合わせきれていないところがあるので、がんばってよいバイクにしてほしい」
 とエールを贈った。最終戦を5位で終えた自分自身については、
「今年は表彰台にも上がれたし、トップライダーたちとも争えた。今日も彼らと良いレースをできた。202ポイントという大量の得点をできて、ランキング4位でシーズンを終えることができたので、良かったと思う」
 と、一年の戦いを総括した。一方、アレイシ・エスパルガロはスタートでやや出遅れて、弟のポル・エスパルガロ(モンスター・ヤマハ Tech3)と7位争いを繰り広げ、最後は8位でチェッカーフラッグ。
「良い順位じゃないけど、今日はレースを楽しめた」と振り返った。
「ポルはブレーキがとても良かった。今日はスタートの失敗が悔やまれるね。弟が前にいたし、スズキで最後のレースなのでちょっと慎重になりすぎていたのかもしれない。チームに感謝の気持ちを表すために、もっと良い結果にしたかったんだけどね。自分の人生では最高のバイクだと思うし、この二年間をスズキで過ごせたことを誇らしく思う。このチームのことは絶対に忘れないよ。明日から新しいシーズンが始まるけど、来年の目標は青いバイクを倒すことさ」


#25

#41
2017年はヤマハファクトリー。 2017年はアプリリアファクトリー。

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 アレイシの弟、ポルとそのチームメイト、ブラッドリー・スミスはともにモンスター・ヤマハTech3から、新規参戦のKTMファクトリーチームへ移籍する。そのKTMは今回のバレンシアGPにワイルドカード参戦し、テストライダーのミカ・カリオがエントリーした。
 決勝レースは19周目にピットへ戻ってリタイアとなってしまったが、カリオは
「センサーのトラブル。電子制御の問題だと思う。レースのフィーリングは5、6、7周目くらいから違和感があって、かなり序盤から何かがあったのだと思う。ラップタイムも一気に落ちてきて、走り続けることは不可能だったのでピットに戻ることに決めた」
 と説明した。開発の指揮を執るマイク・ライトナーによると、
「今回のトラブルは初めての事象で、今までレースディスタンスのシミュレーションをしても出なかった問題」
 なのだという。また、ライトナーは「だからこそ、こういう実戦の場に来ることがとても重要」なのだと説明する。
「完走するという目標は達成できなかったが、現在の問題を冬の間にしっかりと修正したい。今回のレースウィークの最もポジティブなことは、レースまでテクニカルな問題が発生しなかったこと。最もネガティブなことは、問題が出たこと(笑)」と明るい表情でジョークを交え、初めての実戦参戦を振り返った。
「火曜のテストから、ポルとブラッドリーが走ってくれることをとても楽しみにしている。我々は他の陣営に比べてハンディキャップがあるので、この11月に問題をきっちりと洗い出しておかなければならない」


#36

#36
新興勢力だけに、大きな注目が集まった。

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 と、このように多くの選手が来シーズンは新しいチームへと移るわけだが、その際のライダーの心構えについて、ホンダからヤマハ、ドゥカティと移籍してきたアンドレア・ドヴィツィオーゾが、彼ならではの示唆に富むコメントをしているので、最後にそれを紹介しておこう。
「すべてのケースで事情は異なるし、特定のアプローチがベストの方法だとも思わないけれども、変化に対応するのは簡単なことではないので、その変化を受け止める心構えが重要になる。たとえ最高のパッケージでも、最初から最高の仕事をできるわけではないし、ライダー自身も、乗り方も変えて適応していかなければならない。でも、第一印象はとても大切だと思う。最初のテストの結果は〈リアリスティック〉なものではけっしてないけれども、最初に受けるフィーリングは〈リアル〉なんだ」


#04

#36
今回は7位。今年の年間総合順位は5位。

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 というわけで、この原稿がアップロードされる頃には、2017年に向けたバレンシアテストがすでに始まっていることでありましょう。残留する選手も移籍する選手も、それぞれの新たな門出が素晴らしいものになることを祈りつつ、では、また。


#VALENCIA

#VALENCIA
第18戦の来場者数は20万2505人。 レースを終えた火曜からはテストが始まる。

#VALENCIA
ではまた、来年、お会いしましょう

 



■2016年 第18戦 バレンシアGP リカルド・トモルバレンシアサーキット

9月25日 

順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #99 Jorge Lorenzo Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


2 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


3 #29 Andrea IANNONE Ducati Team DUCATI


4 #46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


5 #25 Maverick Viñales Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


6 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


7 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


8 #41 Aleix Espargaro Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


9 #38 Bradley SMITHl Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


10 #19 Alvaro BAUTISTA Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


11 #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


12 #9 Danilo PETRUCCI OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


13 #6 Stefan Bradl Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


14 #45 Scott REDDING OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


15 #43 Jack MILLER Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


16 #50 Eugene LAVERTY Pull & Bear Aspar Team DUCATI


17 #53 Tito RABAT Estrella Galicia 0,0 Marc VDS HONDA


18 #76 Loris BAZ Avintia Racing DUCATI


Not Classified #36 Mika KALLIO Red Bull KTM Factory Racing KTM


Not Classified #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


Not Classified #26 Dani PEDROSA Repsol Honda Team HONDA


Not Classified #68 Yonny Hernandez Aspar Team MotoGP DUCATI


※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

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