バイクの英語

第51回「Chuffed (チャフト)」

自己満足、をしたいなぁと思っています。でも外向きの自慢ではなく、本当に自己が満足するような、心が満たされるような、そんな自己満足です。

 バイクに関わる多くのことが実は自己満足かもしれません。排気量の大きいバイクに乗ること、高価なパーツを使ってカスタムすること、どこからどこまでを何分で走り抜けただとか、これだけの最高速を出しただとか、どこぞのサーキットでこんなタイムが出たとか、そういったことがだいたいすべて、自己満足といえば自己満足でしょう。

 ところが自己満足にも色々ありまして。特にその自己満足が外向きなのか内向きなのかによってだいぶ性質が変わってくるのではないかと感じています。そんなことを思ったのも今回の英語ワードについて考えていたからですね。言葉を考えるというのは面白いものです。

 外向きの自己満足。これは実は全然自己満足ではないと思っています。例えばおいしい蕎麦屋を知っていて、ひそかにそこに通って舌鼓を打つのは内向き、それをSNSにアップしてイイネを稼ぐことで満足するのは外向きだと思うわけです。同様に高速道路やワインディングで違法行為っぽい走りをして、ニヤニヤしながら帰宅するのは内向き、それを動画撮影して見せびらかすのは、外向き、というわけですね。

 まずソバですが、外向きになった時点でソバそのものの味が好きかどうかなんて意味をなさなくなってきます。そのソバが一般ウケする味なのか、写真がウマそうに写る環境か、いかにしてイイネを稼ぐか、に気持ちが向くわけで、ソバそのものはおざなりになっていくわけです。極端に言えば、珍しいものが紹介できればいいわけでソバなんて食べてなくたっていいんじゃないでしょうか。こうなると脚光を浴びたいといった欲望ばかりで、自己を本当に満足させている場面はどんどん減ってくるでしょう。

 ブンブン飛ばした動画も同様ですね。動画撮影ではいつもとても気を使うことですが、いかにエキサイティングな動画を撮るか、いかに他の人がやらないような運転をするか、いかに違法行為ギリギリ(もしくは完全にアウト)の状況を見せびらかすか、に意識が行くことが多いようです。そうするとたいがいはちょっとムリして自分の能力以上のことをやろうとするし、ちょっとした危険行為も涼しい顔してスルーできるオレ、みたいなものを演じたりするんですよ。これが大変に危ない。常に無理してるわけですから事故を起こしたりする可能性が高まりますし、そもそも「あー今日は楽しかった! あそこではちょっと飛ばしちゃったな」と思いながらビールを開ける内向きな自己満足ではなく、「スッゲーのが撮れたぞ! どうよ、こんな危ないことを日常的にやってるオレ!(しかし怖かった……)」という外向きの自己満足になると思うのです。

 バイクに乗る人はそもそもカッコつけるのが好きですから、自己満足とはいえ見せびらかし願望や認められたい願望がどうしてもありますね。特に今はユーチューブやSNSがあるからなおさらでしょう。かつてはバイクですごい動画を撮っても、それをVHSにダビングして友達に配るぐらいしかできなかったですが、今は動画サイトにアップすれば世界中から反応が得られるわけですから、見せびらかし願望や認められたい願望にはうってつけです。

 しかし変な話、そうやって拡散した満足って拡散するほどに薄まってしまうように感じるんです。とっても素敵なワインディングを仲間と共にとても気持ちの良いペースで駆け抜けた。高い自己満足。それが動画サイトで拡散。途端にその特別な良い気持ちは薄れてしまって、あんなに気持ちの良い体験だったのにそれがとても一般的な、価値のないものに思えたりしませんか?

 峠でたまたま入った食堂のカレーうどんが最高だった。うめーなぁ、今度は奥さん連れてこよう、となるのに、それをどこかに投降したとたん、「あぁあそこね、あそこならこうこうで……」と情報が溢れており、やっぱり特別感が薄れてしまう。ちょっと日影が寒かった峠でのうまいカレーうどんが、途端に☆いくつとかいう、つまらない評価になったりします。下手すると他人の評価に引っ張られて自分の価値基準まで揺らいでしまうことがありますね。

 別に秘密主義というわけではありませんが、特別な体験は共にその体験をした人たちしかその特別感はわかっていないのだから、その特別感を共有できる人だけとの思い出としてとっておきたい気持ちがあったりもします。

 家族も同様ですね。子供たちとなんてことはない公園での遊びだって、その中で特別な瞬間があるわけですが、それを拡散すると「ただの公園遊び」にランクが下がってしまうような気がするんです。これは「週末は家族サービスをして良い夫なオレ」という外向きの満足感は得られるのかもしれませんが、逆に子供たちだけと共有している内向きの満足感は減っていってしまうようなことなのかもしれません。

 自己満足というのは自分の中が満足感で満たされていくことでしょう。自慢したい欲求や見せびらかしたい欲求の方が上回ってしまうと、特別な満足感が流出してしまってなかなか自分の中にとどまってくれず、妙な虚無感にも繋がっていくように感じます

 さて、恒例の交通事情とは全く絡んでいませんが、そんな真面目なことを考えさせてくれたのが今回の英語Chuffedです。発音は「チャフド」もしくは「チャフト」でしょうか。これは満足していることを指すのですが、外向きの自己満足ではなく、内向きの自己満足の時に使われるような気がします。語源は諸説ありますが有力なのを一つ。

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インターネットなど夢物語だった蒸気機関の時代。すべての動力が手動もしくは馬や牛であった時に現れた蒸気機関は、人間や動物の一次的な力を大きく上回る新たなエネルギーとして瞬く間に広がった。産業は栄え、汽車は走り、船は漕がなくてよくなった。すでに便利な生活の中にさらに無駄なものを投入していこうという進化か退化かわからないような状況ではなく、これは明らかな文明の進化であり、人々の生活が大きく変わった。
蒸気機関と共に、メカニックという職業が新たにできた。夢の動力だった蒸気機関はシリンダー内にあるピストンを左右(もしくは上下)から蒸気で押しているだけとはいえ、当時としては最先端の技術である。その蒸気を入れたり出したりするバルブの駆動など、当時の技術では常にメンテナンスや調整が必要であり、そういったことに気を配れるマメなメカニックが必要とされた。
この新技術を支えるこれらメカニックはとても誇り高い仕事であり、かつ今までとはレベルの違う責任感が伴っていた。というのも、蒸気機関以前は一般大衆が自然災害以外の大きな事故に巻き込まれるなどということは稀だったからだ。列車事故などが起きてしまえば、これまでとはまるっきり規模の違う被害が出てしまう。このためメカニックたちは寡黙で勤勉な人たちの職業であり、心からメカニズムを愛し、寄り添うことができる人たちであった。
これらメカニックはその重責と重労働からあまり社交的な人たちではなかったそうだ。しかし新たな技術を支える油まみれのこの男たちは、ある種の憧れであり、社会に一目置かれている存在、そして蒸気機関が発するシュッシュッという音にちなみ「Chuffer」(チャファー)と呼ばれていた。
このチャファー達が集まってビールを飲むとき、彼らの話題は当然蒸気機関についてである。どのようなトラブルに遭遇して、どのように対処したのか、そんなことを情報交換し、同業者間で自慢しあうわけである。ジョッキを傾け、ヒゲに泡を付けながら「フッフ」と静かに笑いながら話すメカニックたち。「ココをこうしてやったら、また元気にシュッシュッと動き出したよ」と話す。元気に走るさま、これを「It Chuffed along nicely」だとか「It Chuffed again」などと表現するのもまた、メカニックの間の業界用語だった。彼らにとっては何よりも蒸気機関が元気に動いているその音が嬉しかったのだ。そんな話や技術は一般の人に話すことでもなく、話したところでわからない。彼らの間だけで研鑽が進み、彼らの中でだけプライドと共に自己満足が高められていった。
いつしか、機械がChuffするだけでなく、その機械を元気にChuffさせることができたその満足感そのものをChuffedと表現するようになり、それが徐々に広まった。今ではこの語源や蒸気機関のことを何も知らない人でも、Chuffedといえば静かに満足しているさまをさすということを知っている。



steam engine


steam engine
 蒸気機関車は大きな筒状のボイラーに目が行くけれど、本当に大切なのは車輪に接続しているコンロッドとその先にあるシリンダー&ピストン。蒸気機関車では目立たない部分ではあるものの、実質、蒸気の力を動力に変換しているのはこの地味な部分。ここに蒸気を入れたり出したりするバルブがあり、これらが細心の調整が必要だった部分です。

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 いかがですか? かなり信憑性の高い語源だと思います。ここで大切なのは、これが内向きの満足感であるということです。静かに機械と向き合い、自分の経験や技術を最大限生かし、トラブルの原因追求や不調の緩和を目指すそのストイックさ、そしてそれを達成した時の高い満足感。さらにそれを仲間内だけで共有する。これは他人に自慢するだとか人に認められたいだとか、そういった外向きな欲とは別の所にある「自己満足」だと思うのです。

 自己満足の場面がとても多いバイクの世界ですが、特に外向きの自慢がしやすい今の世の中だからこそ、今一度「自己」満足というものを思い出したいものです。そしてフフッと笑って「I’m Chuffed with today’s ride」などとこの言葉を思い出してもらえれば幸いです。

筆者:ジェームソン ワット

 蒸気機関に携わってウン十年、今は灯油で走る発動機のレストアと文通が趣味。「内燃機エンジンってすごいね!」スコットランド出身。写真は筆者との遠い先祖に当たるであろうジェームス・ワットが1788年に製作した複動式蒸気機関のレプリカ。京都の鉄道博物館に行けば見られますので、仕組みは実物で。



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