西村 章

Vol.130 最終戦 バレンシアGP A Story Within a Story

 波瀾万丈な2017年シーズンは、このうえなく波瀾万丈なレースで幕を閉じた。「バレンシアでは何かが起こる」と、レース前にはまことしやかに囁かれてはいたものの、まさか本当に <何か>が起こるとは。レースリザルトだけを見ると、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が3位でチェッカーフラッグを受けてチャンピオン確定、とべつに何か新奇なものがあったようには見えないものの、ご存じのとおりレース内容がぎゅうぎゅうに濃密ですごかった。その筆頭はなんと言っても24周目1コーナーでの、マルケスのヒジを使ったスーパーセーブである。
 23周目最終コーナーでヨハン・ザルコ(モンスター・ヤマハ Tech3)をオーバーテイクして前に出たのはいいけれども、1コーナーで突っ込み過ぎてブレーキングでフロントを切れ込ませ、転倒寸前のところから奇跡的なカムバックを果たした。この選手は、こういう瞬時の体技で際どい挙動をかわす運動能力に、きわめて天才的なモノを備えている。
 ザルコの後ろでしばらく落ち着いて走り、フィーリングが良かったので前に出たところ、集中力が途切れてああなってしまった、ということなのだが、その際の詳細についてはこう説明している。

「後ろから誰かが接近していると感じたので、ブレーキを遅らせた。それが最初のミス。高い速度で入りすぎて、この週末に発生していたチャタがいきなり発生した。で、フロントが切れこんだ。でも、リアは大丈夫だったので、ヒジで押さえた。レースのテンションが厳しくて、センシティブな状況だったからこういう事態になったんだと思う。そのまま寝かせ続けてコース上に残ることもできたかもしれないけど、グラベルに出てからコースに復帰して、5位で終わることを選んだ。でも、ドゥカティの2台がミスして転倒をした」

 この結果、2年連続4回目の最高峰クラスチャンピオン獲得。125cc時代から通算すると6回目の世界王者になったわけだが、そのマルケス、まだ弱冠24歳である。ミック・ドゥーハンが4回目のチャンピオンを獲得したのは、32歳のとき。バレンティーノ・ロッシの場合は、25歳(ちなみに彼の最高峰4回目のタイトル獲得は、あの2004年)。それぞれ環境や条件が違うので、年齢だけを取り出して単純な比較をしてもあまり意味がないとはいえ、それでもマルケスはこれから先いったい何年勝ち続けることになるのか……という常套句を、いったい今後何年言い続けることになるのやら。


Vol.129 最終戦 バレンシアGP A Story Within a Story
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#93

#93
レースはダニ・ペドロサが優勝して今季2勝目。そしてホンダはメーカー・チーム・ライダーの三冠達成。
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 一方、最終戦までチャンピオン争いをもつれ込ませたアンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ・チーム)は、25周目に8コーナーのブレーキングでミスをしてオーバーランし、転倒。バイクを引き起こして一度はコースに復帰したものの、レース継続を諦めてピットへ戻ってリタイアとなった。その彼を拍手で讃えるチームスタッフ。ヘルメットを脱いだドヴィツィオーゾの目にはわずかに悔し涙が泛かんでいるようにも見えたものの、全力を出し切ったという清々しい笑顔が即座にそれにとってかわった。
 レースを終えて日没も近くなった頃、メディアデブリーフのためにホスピタリティに姿を見せた彼を、全員が万雷の拍手で迎えた。ドヴィツィオーゾはその喝采に応え、質疑応答の席につくとキャップを脱いで腰を浮かせ、笑顔で一礼。チームメイトのホルヘ・ロレンソの後ろについて前方を追いかけ続けた24周を、こんなふうに振り返った。

「レース序盤はうまく走れている場所もあったけれども、コース後半がとても遅かった。今週は各セッションでホルヘよりも毎周ほぼ0.3秒ほど遅くて、レースではだいぶよくなったけども、それでも彼より遅かった。スタート後数周すると、ホルヘがだいぶ乗れてきて、自分も同じペースで走れた。ホルヘがリードしてくれたおかげで、スムーズに走ることができたけど、ふたりとも完璧に限界以上で、だからホルヘが転倒して、僕も転倒することになったのだと思う」

 そして、多くの人たちが自分を応援してくれたことに感謝すると述べて、こうつけ加えた。

「僕は大らかな性格だと思うし、いろんなライダーたちといい関係を築けている。これが今年、とても助けになった。この世界に限らず、どの世界でも人を押しのけてお金やいいクルマをほしがったり外面にこだわる人は多いけど、僕はそういう方向を目指しているわけじゃない。世界最高のライダーたちと戦えているけど、ごく普通の人間なんだ。お金を稼げてMotoGPで戦えているのは幸運だけど、普通に暮らしているし、そういう普通の人間でも世界タイトルを目指せる。それが今年、いい戦いをできた理由だったんじゃないかと思う」

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 そのドヴィツィオーゾの前でトップ3台を追いかけて走り続けたロレンソは、ドヴィツィオーゾよりもわずかに早く、同じ24周目の5コーナーで転倒している。12周目には、例の<マッピング8>のダッシュボードメッセージが表示され、その後もピットエリアのサインボードではドヴィツィオーゾに前を譲るよう表示が出ていたにもかかわらず、それに従わず淡々と走り続けた行動は、「チームオーダー無視」との憶測も呼んだ。じっさい、ドゥカティのピットボックスを映すTV画面は、スタッフたちが困惑しているような様子も捉えていた。
 だが、レース後にロレンソは自分の行動について、以下のように説明をした。

「セパンでは、ダッシュボードメッセージを見なかった。でも、ここではずっと見えていた。その指示を見ても最後までプッシュしていたのは、それが自分にもドゥカティにもドビにも、最高の方法だと考えていたからだ。前のグループにできるだけ近づくために、0.1~0.2秒を稼ごうと思ってドビの前にいたんだ。自分の狙いは、前に追いついていって、まだドビがしっかり後ろについていたら、ラインを外して彼を前に出すつもりだった。だから、マルクがオーバーランしたのを見て、さらにプッシュした。でも、最後は転んでしまった。チームと自分とドビのためにベストを尽くしたし、精一杯やった。自分が前にいたためにドビのペースを落とさせてしまったのなら申し訳ないと思うけど、そうじゃない。ドビが言ったみたいに総じて僕のほうが彼よりも速かったから、彼のペースを上げさせようと思った。前に追いつくために、自分が引っ張っていったんだ」

 レース翌日、ドゥカティ・チームのマネージャー、ジジ・ダッリーニャにこのあたりの経緯について聞く機会があったが、ダッリーニャはあの指示は<オーダー(命令)>ではなく、あくまで<サジェスチョン(提案)>である、と説明した。

「ドビは速く走れていたようなので、我々としては彼に前に出てほしいと思っていた。しかし、ライダーの意見は違っていて、ホルヘはダッシュボードのメッセージを見たときに、自分がもう少し速く走ってドビを引っ張っていこう、と考えてずっと前を走り続けていた。我々は、それをTV画面で見て誤解した、ということ。ピットからレースを見ている我々よりも、実際にコース上にいるライダーのほうが状況をよくわかっている。私はホルヘを昔から知っているし、彼がドビを勝てる流れに持って行こうとした、ということは、とてもよくわかっている」


#04
タイトルこそ逃したが、2017年シーズンはある意味、ドヴィツィオーゾの年でもあった。
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 さらに今回のレースでもうひとつ、ヤマハファクトリーの両選手、バレンティーノ・ロッシ(モビスター・ヤマハ MotoGP)とマーヴェリック・ヴィニャーレスが2016年型シャシーで決勝レースに臨んだことも、ひそかに一部を驚かせた。
 元々の予定では、火曜と水曜の事後テストで使用する予定だったそうなのだが、彼らはともに現在使用している2017年シャシーに対する不満を以前から募らせており、もはやチャンピオン争いとも関係ないという意味では失うモノがない立場であるため、「テストで使うんなら、じゃあ今から使っちゃえばいいじゃん」(ロッシ)ということで、急遽レースで使用することにしたのだとか。しかし、いくら過去のデータや実績もある車体とはいえ、20分のウォームアップのみでセットアップするのはさすがにムリがある。ロッシは5位、ヴィニャーレスは12位でレースを終えたが、2016年仕様の車体からは期待していたポジティブなフィーリングを得られたようだ。
 ただ、2016年車体の課題だったレース後半でのタイヤの大きな摩耗は、当然ながら今回のレースでも発生した模様。日本GPのウィークに、ワイルドカード参戦したテストライダーの中須賀克行に2016年車体と2017年車体などについて訊ねた際に「2016年仕様の課題だったレース後半のタイヤ摩耗を改善する狙いで作ったのが2017年仕様」と話していたことを考えても、今回の決勝レース後半でデグラデーションが大きかったのは当然と言えば当然の結果である。
 このような事実を踏まえると、火曜から始まる事後テスト、そして2018年のプレシーズンテストでヤマハファクトリーは今シーズンの課題を解決するためにどんな方向を目指していくのか、ということは興味深い。それにしても、今年のヤマハは何種類のフレームを使用したのだろう。我々が把握しているよりも多いのは、おそらく間違いないのだろうけれども。


#46

#46

#25
2018年に捲土重来を狙うヤマハの、明日はどっちだ。
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 そして末尾ながら、今回は大ネタが多かったのでそれにややかすんでしまった感はあるものの、チーム・スズキ・エクスターの健闘、特にアレックス・リンスの4位というリザルトは特記しておきたい。チームのエース、アンドレア・イアンノーネがシーズン終盤のレースでよく強調していたのだが、「アラゴンテストから、すごくよくなってきた」ことは彼らのレース結果にも如実に反映されている。ただし、今季の彼らは一度も表彰台を獲得できなかったことから、2018年シーズンはふたたびコンセッションが適用されることになる。
 その2018年だが、主力選手たちが軒並み契約更改の時期を迎えるため、再来年の移籍関連情報もきっと早い時期から賑やかになるだろう(というか、すでに一部ではざわざわしはじめているけれども)。日本人ファンにとっては、中上貴晶がいよいよ最高峰クラスへの挑戦を開始するという意味でも注目が集まるだろうし、さらにもうひとついえば、Moto2クラスではホンダ製600ccエンジンが最後の年になるため、今後は中排気量クラスの勢力図が大きく変わっていくことも考えられる。Moto3クラスにも勢いのいい若手選手が多く、来年もMotoGP界隈の話題はなにかと賑やかになりそうである。

 というわけで、では、また。


#42

SUZUKI

SUZUKI
2018年は「コンセッション」適用で復活と逆襲を狙う。

 



■2017年11月12日 
最終戦 バレンシアGP
バレンシア・サーキット

順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA


2 #5 Johann Zarco Monster Yamaha Tech3 YAMAHA


3 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA


4 #42 Alex Rins Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


5 #46 Valentino Rossi Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


6 #29 Andrea Iannone Team SUZUKI ECSTAR SUZUKI


7 #43 Jack Miller Marc VDS Racing Team HONDA


8 #35 Cal CRUTCHLOW LCR Honda HONDA


9 #51 Michele PIRRO Ducati Team DUCATI


10 #53 Tito RABAT EG 0,0 Marc VDS HONDA


11 #38 Bradley Smith Red Bull KTM Factory Racing KTM


12 #25 Maverick Viñales Movistar Yamaha MotoGP YAMAHA


13 #9 Danilo Petrucci OCTO Pramac Yakhnich DUCATI


14 #17 Karel Abraham Pull & Bear Aspar Team DUCATI


15 #8 Hector Barbera Avintia Racing DUCATI


16 #76 Loris BAZ Avintia Racing DUCATI


17 #60 Michael VAN DER MARK Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA


RT #44 Pol Espargaro Red Bull KTM Factory Racing KTM


RT #04 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI


RT #99 Jorge Lorenzo Ducati Team DUCATI


RT #22 Sam Lowes Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


RT #19 Alvaro Bautista Pull & Bear Aspar Team DUCATI


RT #45 Scott Redding OCTO Pramac Yakhnich DUCATI



RT #41 Aleix Espargaro Aprilia Racing Team Gresini Aprilia


RT #36 Mika KALLIO Red Bull KTM Factory Racing KTM


※西村さんの最新訳書『マルク・マルケス物語 -夢の彼方へ-』は、ロードレース世界選手権の最高峰・MotoGPクラス参戦初年度にいきなりチャンピオンを獲得、最年少記録を次々と更新していったマルク・マルケスの生い立ちから現在までを描いたコミックス(電子書籍)。各種インターネット、電子書籍販売店にて販売中(税込 990円)です!
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