オオカミ男のひとりごと


HERO‘S 大神 龍
年齢不詳

職業フリーライター

見た目と異なり性格は温厚で性質はその名の通りオオカミ気質。群れるのは嫌いだが集うのが大好きなバイク乗り。
時折、かかってこい! と人を挑発するも本当にかかってこられたら非常に困るといった矛盾した一面を持つ。おまけに自分の評価は自分がするものではないなどとえらそうな事を言いながら他人からの評価にまったく興味を示さないひねくれ者。

愛車はエイプ100、エイプ250?、エイプ750?。
第62回 海外編第9章 Japanese Marshal & McDonald’s

 
マン島の天気は変わりやすい。それも短い時間でコロコロ変わる。さっきまで見えていた晴れ間はあっという間に分厚い雲に覆われた。時折、ポツリポツリと雨粒も落ちてき始めている。予選は本戦とは違いそれほどインターバルをおかないと聞いていた。ならばもうライトウェイトクラスが走り出してもいいはずなのだが。
サイドカークラスが終わってから30分近く経っている。観客の持つラジオから聞こえてくる音声ではまだスタートの気配はない。まわりにいた観客たちが散り始めた。
もしかして中止か? それとも様子を見ているだけなのか。ひとまずオレもメイン会場へ戻る事にした。雨は小雨の状態で降ったり止んだりを繰り返していた。会場に着いてみると次々とマシンがピットから引き揚げてきている。やはり中止のようだ。
そう悟った途端に急激に腹が減ってきた。朝に美味しくないミートソースパスタしか食べないで歩き回っていたのだから当然だ。なにか食べたい。できればオイシイものを。
先日、行った店の前に行きメニューを眺める。ちゃんと理解できるものは2、3しかなかったが……フィッシュ&チップスはもういい。オレは一番わかりやすく、一番無難であろうハンバーガーを注文した。対応してくれたのは昨日のおねえさんではなく恰幅のいいオバサンだ。そのオバサンが早口で何か問いかけてきた。最初がドゥーで最後はオニオン。
玉ねぎを入れるかどうか聞いているのだろう。オレはイエスと。
今回はフィッシュ&チップスの時とは違いほとんど待つことはなかった。だが……それはそれで嫌な予感がする。そして受け取ったハンバーガーはというと。
案の定である。バンズの中身は焼いた肉のパテと玉ねぎ……だけ。レタス、トマト、ピクルスなんてものは欠片も入っていない。薦められた玉ねぎを入れてなかったらまさしく肉を挟んだだけのものでしかない。とりあえずお約束のそのまま一口。うん、ないね。味が。
どうするかはもうわかっている。ケチャップとマスタードを多めにかけて食べればいいのだ。

ハンバーガー

 
オレは美味しくないハンバーガーをかじりながら会場内をウロウロしていた。
すると「日本から来られたんですか?」と背後から声をかけられた。日本語である。
振り返るとマーシャルのジャケットを身に着けた日本人の青年が立っていた。Yと名乗った彼はもう5年も前から毎年、このTTレースでマーシャルをやっているのだという。
それにしても一発でこのオレを日本人であると見当つけるとは。
あんたはエライ!!
彼はロンドンへの直行便でイギリスに来てバイクをレンタルしてマン島入りしたらしい。
毎年、通っているだけあって彼は島の事に詳しかった。興味深かったのはこの島をバイクで走る手段、方法についてだ。イギリス国内では主要な街では大抵レンタルバイクはある。
中でもロンドンが一番、車種、台数ともに豊富なのだとか。マン島内にもレンタルバイクはあるがボロい車両しかないと教えてくれた。しかもレース期間中は予約でいっぱいらしい。
自分のバイクを持ち込むことについても聞いてみた。
すると答えは
料金は船便で日本円にして30万円くらい。到着までの時間は早くて10日。遅いときは3ヶ月もかかる。しかも一度、日本での登録を抹消してこちらでナンバーを取得しないと保険に入れない。
つまり移住でもするのならまだしも観光でツーリングするのにその方法は現実的ではないという事だ。
彼はレースの観戦ポイントについても色々と教えてくれた。今日、中止になった予選が明日に持ち越されるという事も。もっと話していたかったがまだマーシャルの仕事があるという事で彼は持ち場に戻っていった。
時刻は夕方5時を回っていた。小雨はまだ降り続いている。道はすでに封鎖が解かれていた。
この日のレースはもうないし会場内もあらかた見た。帰ろう。
いったん家に戻り今日の晩飯に何を食べるか考えた。……困った。全然、ワクワクしねぇし、何も思い浮かばない。もう何を選んでもオイシイものにありつける気がしない。
これは初めての土地へ観光に来ているという状況においてはかなり異例な事だ。
そんな時、一緒にホームステイしている一人が「マクドナルドへ行くけど一緒に行く?」と聞いてきた。そうだ、島内にマクドナルドがあるという事を小耳には挟んでいたがすっかり忘れていた。オレはなぜか自分と同じ日本人である彼に向ってYES!!と。なんかちょっとだけワクワクしてきた。
車で5分ほど走ったところにマクドナルドはあった。店の外装は日本のそれと大差ない。

マック

 
店内に入ってみると大盛況と言ってもいい程、客は多い。オレがこの日食ったハンバーガーがこの国のスタンダードとするならマクドナルドは超が付くほど高級と言っていいだろう。
レジの後ろのボードに写真が載っているがやはり別格にウマそうだ。
オーダーシステムは日本でも見た事のない最新式。人の背丈ほどもあるディスプレイに画面タッチでメニューを選びオーダーする。支払いはカード、現金どちらでもOKだ。

マック

 
昼に普通のハンバーガーを食べていたので(おいしくなかったけど)ここではチキン何とかバーガーというやつのセットをテイクアウトでオーダーした。
値段は6ポンド。やはり少し高い。だがそんな事はこの際、どうでもいい。マン島TTの観戦は結構、体力を使う。オレはまともな食事を摂りたいのだ。商品を受け取り、早々に家に戻る。夕食の時間だ。セットのドリンク、ポテト、チキン何とかバーガーをテーブルの上にだす。

マック

 
まともなビジュアルを持つ食べ物が目の前にあるとなんか幸せな気持ちになる。
マン島まで来てまさかマクドナルドに癒されるとは思っていなかったがこれが現実だ。
オレはバーガーを手に取りかぶりついた。次の瞬間、ジュリアス・シーザーのセリフが頭を過る。マクドナルド、お前もか!?
味が……薄~い。これが日本だったらクレームものの味の薄さである。ポテトもほとんど塩っけがない。まぁそれでもこれまでのものと比べるとかなりマシな方なのだが……世界展開しているマクドナルドならばどこでも同じだと決めてかかっていたオレの思い込みが良くなかった。ここはあんな気の狂ったようなレースを100年以上続けている島なのだ。
自分の中にある普通を当てはめてはいけない。食に関してはこうなるともうまさに八方ふさがりである。そんな時、最も有効で簡単な策は諦める事だ。
食事を終えるとホームステイしているメンバーでビールを飲みながらの情報交換が始まった。これは次の観戦ポイントを決めるうえでは重要な事である。
この日、それぞれがバラバラに違った場所で観戦していた。そこから出てきた数々の情報を吟味した結果、オレは明日の観戦場所を決めた。コース最大の段差があるジャンピングスポット。バラフ・ブリッジ。
ここは目の前にスーパーもあり公衆トイレもある。マシンが最高速をたたき出すサルビーストレートへ移動もできる。何よりもあのイカレた連中がこの難所をどう攻略しているのかぜひ見てみたい。
時刻は夜の10時を回っている。マン島の短い夜が始まろうとしていた。


[第61回][第62回][第63回]
[オオカミ男の一人ごとバックナンバー目次へ]
[バックナンバー目次へ]