POWER PRODUCT QUEST 第一回 パワープロダクツ事業本部 奥田克久さん ホンダ「汎用」、新たに「パワープロダクツ」で展開

文●ノア セレン 
撮影●依田 麗 
取材協力●Honda http://www.honda.co.jp/power/

ホンダには二輪・四輪の他にも柱となる事業がある。それはロボットでも飛行機でもない、今まで「汎用」と呼ばれてきた、様々な実用的な商品の数々だ。人々の暮らしを楽にしたい、と農家をはじめとする日本の働き者たちを支えてきたこれら商品は今、パワープロダクツと名前を改めた。このタイミングでこの個性的な事業にスポットを当ててみたい。

「汎用」は「汎用」であっても 「汎用」ではない

「ホンダ」と言えば、我々からすれば当然「バイク」である。頭に浮かぶのはウイングマークであり、本田宗一郎という創始者のチャレンジ精神と独創的なアイディア(とキャラクター)などにより、マン島TTなどのチャレンジを通して世界の大企業になった、日本の誇るバイクメーカー……。だけど、それだけではないのだ。
 もちろん四輪車も作っている。ASIMOなどのロボットでも知られるし、最近ではテレビCMでホンダジェット、いわゆる飛行機も見かけるのだから幅広い展開であることもわかる。そんな中で地道に、しかし長らくホンダの大切な一部として展開されてきた事業がある。「汎用(はんよう)」だ。
 汎用とは、色々なことに使える、という事。バイクの世界ではカスタムパーツなどで汎用品がたくさんあるだろう。しかしホンダの事業の一つとしての汎用は、実はあまり汎用ではない。



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ホンダの耕うん機、発電機、除雪機、船外機、芝刈機、草刈機、蓄電器、ポンプなどは、ひとくくりに「汎用製品」と呼ばれていたが、「汎用」ではなく、実はそれぞれ特化した「専用機」なのだ。

汎用からPPへ 名は体を示す新表記に

 郊外に行けば見かけたことがあるだろう、耕うん機や草刈機(刈払機)、もしくはサーキットでタイヤウォーマーを使う人にとっては発電機などに馴染みがあるはずだが、それら製品には誇らしくHONDAと書いてあり、そしてそれらは「汎用」では、ない。それぞれの分野で専門的な性能を発揮している商品、つまり「専用機」だ。本当に汎用品と言えるのは、実は汎用エンジンと呼ばれるエンジン単体での販売ぐらいである。
 これらに加え除雪機や船外機など幅広いラインナップがあるホンダの汎用機器、使用目的ははっきりとした完成機が多く、ぜんぜん汎用じゃないじゃないか、という事で最近「パワープロダクツ」という名称に改められた。
 世界中で使われているこれら汎用機器、実は様々な名前で呼ばれてきたのだが、それを統一したというわけだ。車のHマークやバイクのウイングマークのようなロゴがあるわけではないが、商品には皆HONDAのロゴが入り、スタート段階からなんとなく「汎用」と呼ばれ親しまれてきたこの事業を改めてブランディングしようというわけだ。

実はホンダをささえる 知られざる「汎用」とは?

 そんな折にお話を伺ったのは、入社以来ずっとこのパワープロダクツ事業に携わってきた、現在執行役員の奥田克久パワープロダクツ事業本部長。
「昔から社内では『2・4・汎』って言ってましてね、ところが『パワープロダクツって名前になったらこの呼び方ができなくなる』って、OBからずいぶん言われました(笑)。国内ではあまり知られていないかもしれませんが、皆さんのようにバイクに乗る人だったら、なんとなくホンダは車やバイク以外にも作っていることを知ってるかもしれません。実はアメリカでは四輪のシェアが10%なのに対してパワープロダクツは20%ですから実に倍です。ホンダにとっては大きな事業なんですよ」



奥田克久さん
執行役員 パワープロダクツ事業本部長 奥田克久さん
1964年、オリンピックが行われていた年に神奈川県川崎市で産まれ、当時流行していた服部克久の曲が流れていたことから克久と命名される。ホンダにはスポーツカーに憧れて 1987年に入社したが、入社と同時に岩手県の汎用事業所に配属され、その後2年間だけ4輪にもかかわったものの、再び汎用に戻ってきた。以来ずっと汎用改めパワープロダクツ事業に関わり続けてきたプロフェッショナルである。

小型耕うん機界の代名詞 大ヒットとなった「こまめ」

 ニコニコとパワープロダクツについて話す奥田さん、ホンダのこの事業がかなり好きな印象だ。
「ホンダに入った時はスーパーカーに憧れてましてね、サーキットの狼とかF1のこととか、そんなことばかり24時間考えていました。それなのに配属されたのは岩手県の汎用営業所。もう大ショックですよ(笑)。ホンダには『こまめ』という小型の耕うん機があるんですが、もう『何それ!?』という感じです。ですが営業所に配属されて5年、世の中には色々あるんだな、と(笑)。人生観が変わりましたね。その後は汎用の仕事でベルギー、フランス、アメリカ等海外にも渡りました」
 「こまめ」は、それまで大きな耕うん機やトラクターが一般的で、それら大型機械が入り込めない場所は手作業でするというのが普通だった中、簡単に扱える小さくて取り回しがしやすい耕うん機としてホンダが提案した商品。小さな豆ではなく「こまめに作業する」という意味での「こまめ」ちゃんである。これが大型機械の補助機としてだけではなく、より小さな畑や家庭菜園レベルのユースにも重宝がられて大ヒット。今ではこういった小型耕うん機はホンダ製品でなくとも「こまめ」と呼ばれるほど。スーパーカブに似たアンダーボーン形状のバイクは皆「カブ」と呼ばれるのと同じ現象だ。



こまめF200


F220
1980年、「初めて耕うん機に触れる人でも、簡単に使えるように」というコンセプトで登場した超小型耕うん機「こまめF200」(写真左)。レバーを握るだけの簡単操作と、わずか25.5kgという超軽量ながら、しっかり仕事のできる耕うん機として家庭菜園だけではなく、プロの農家にも好評で大ヒット。現在は2016年にモデルチェンジを受けた4代目(写真右)が好評発売中。ちなみに世界で販売された累計は55万台を越えている。

業界スタンダードのGXエンジンは他社製品にも供給される

 この「こまめ」ちゃんに搭載されるのは、ホンダパワープロダクツの中心的存在であるGXエンジン。G型エンジン(サイドバルブ)の後継機として作られたオーバーヘッドバルブ(OHV)エンジンであり、このエンジンこそがパワープロダクツ版スーパーカブという存在。ちなみに「こまめ」ちゃんに搭載されるのはGXV57Tというモデルで、57・3cc、2馬力というもの。このシンプルな空冷エンジンはこういった耕うん機の他に発電機や芝刈機などホンダの完成機に搭載、さらに汎用エンジンとして、建設機械など様々な他社製品にも搭載されている。面白いことに、例えばホンダは発電機をラインナップしているのだが、同時に他社製の発電機にホンダのエンジンをOEM供給(Original Equipment Manufacturer)していたりもするのだ。エンジンはエンジンメーカーに作ってもらう、餅は餅屋の発想だ。
「1970年代の初頭、100万台売れるエンジンを作ろうという計画がありましてね、そんな流れで他社の商品用にもエンジンを供給していこうとなったんですよ。当時はあまり一般的ではなかったので、新しいビジネスモデルでした。しかし今ではあたりまえになりましたし、ホンダエンジンの信頼性も世界中で認めていただけるようになっています。でもこれがけっこう大変なんですよ(笑)。搭載する機械によってエンジンの仕様をそれぞれ変えてあげなきゃいけないわけです。設計図を見て、どうやってウチのエンジンを搭載するかを考えなきゃいけなくて。だいたい搭載できるようには設計してあるのですが、でも排気がこっちに出ちゃ都合が悪いとか、建設機械みたいにものすごい振動があるとか、使い方によって色んなニーズが出てくるんです。だから汎用と言ってもほぼセミオーダーです。マフラーの形とか向きとか、エアクリーナーの形状とかサイズとか……しかもロットが少ないでしょう? 汎用なんて呼ばれてますが、種類としてはだいたい4000種ぐらいありますから、もはや汎用ではないですよね(笑)」
 汎用エンジンのおおまかなラインナップとしては(船外機など大型のものは別として)、このOHVのGXエンジン、もう少し小さくて一般向けであるOHCのGCエンジン、そして話題になった刈払機などに搭載されるM4(マイクロ4ストローク)エンジン、あとは新興国のライトユース向けGPエンジンぐらいしかないのに、そこから派生する様々な仕様で実に4000種。細かなニーズに合わせた小回りが必要で、なかなかチャレンジングな事業である。



GX200


GC160


GX25
ホンダ汎用エンジンの顔とも言えるGXエンジン(写真左。写真は196ccのGX200)。OHVヘッドを搭載するためシリンダを傾斜させたスタイルはOEM供給エンジンのスタンダートにもなった。小型製品用に開発されたGCエンジン(写真中。写真は160ccのGC160)。世界初のエンジン内蔵型タイミングベルトなどの採用により、軽量化やコストダウンを達成した。GPエンジンは新興国向けに開発したOHVエンジン。草刈機などのハンドヘルドと呼ばれる手持ち機器用に開発されたM4エンジン(写真右)。4ストロークエンジンで360度自在傾斜は世界初。写真はOHCになった第二世代のGX25(25cc)。

日本では考えられない海外における使われ方

 奥田さんはしばらくアメリカにも赴任しており、そこでの芝刈り文化などにも触れた。日本と違い多くの家には大きな芝生の庭があり、それを家主が楽しみながら手入れしている。週末になれば子供を連れて船で釣りに行く。国内では思いつかない様々なエンジン機械の使われ方を目の当たりにする海外赴任だった。

「最初に汎用を始めた時も知らないことだらけでしたが、海外に行ってまたそう思いました。日本では船外機なんて数馬力もあれば十分という認識でしたが、あっちでは50馬力欲しいとか言われる。え? 50馬力もいるの!? って感じですよ(笑)。大きな川や湖がありますからね、日本とは使われ方のスケールが違う。しかも船外機となると絶対壊れちゃいけないわけです。海で遊ぶ人も多いですからね。一般家庭の休日がエンジンの故障で漂流体験になってしまう。船外機の分野ではだいぶ鍛えられました。その後はアメリカのコーストガード(沿岸警備隊)の高速艇に積むエンジンを提供することにもなりました。テロリストや密輸のボートを追い回すための軽量なボートに搭載する船外機ですが、225馬力ですよ……しかもそれを3機も積む(笑)」
 ちなみに船外機の現在のフラッグシップモデルは250馬力のBF250というモデル。水冷・SOHC・V6エンジンで3600ccほどある。ゾクゾクするではないか(笑)。これらエンジンはコーストガードの超高速船による激しい要求によってさらに鍛えらたという。船体のほとんどが水から飛び出すような激しい加速や超急旋回などによって、エンジン本体はもちろんのこと、船外機ボディへの様々な方向のねじれなど、予想を超えていく負荷を体験することができ、それを商品にフィードバックしていったという。


BF255

miimo

BF255
日本では家庭用としてはあまり馴染みなのない芝刈機だが、欧米では一般家庭でも使われている。全自動で作業を行う電動のロボット芝刈機Miimoは2012年に海外発売され、日本では2017年から販売されている。 VTEC機構がついた3600ccV6エンジンを搭載した250馬力の船外機BF250(写真下は2011年モデル)。大馬力だけではなくトップクラスの低燃費や環境性能のホンダスペック。写真上は今年のジャパンインターナショナルボートショーで公開された最新型。

4ストロークで常に先を行くホンダパワープロダクツ

 また、ホンダのパワープロダクツは4ストロークに力を入れることで環境にも配慮してきた。そんな取り組みが公的な使われ方にもつながっていったのだろう。近年ではこういった汎用製品にも様々な環境規制も出てきたのだが、クリーンなホンダ製品は一歩先を進んできたと言える。
 このように、一般的に「汎用」と呼ばれてきたホンダの事業は、実は本当に様々な分野に関わってきたもので、それぞれの商品にそれぞれのチャレンジがある独自の世界なのだ。本誌読者には筆者のようにバイクだけでなく機械もの全般に興味がある人も多いことだろう。刈払機、チェーンソー、ホンダの発電機、そして趣味の(?)ディーゼル発動機も所有する筆者は、汎用エンジンにも愛情を向けてしまう。そんな気持ちを分かってくれるであろう皆さんに、今後数回にわたってHONDAパワープロダクツの展開について連載していく。

ホンダパワープロダクツ小史

 1953年 初のPP製品H型エンジン発売
 1954年 4ストロークのT型エンジン発売
 1959年 初の完成品耕うん機(F150)発売
 1963年 輸出を開始
 1964年 船外機(GB30)を発売
 1965年 発電機(E300)を発売
 1966年 ポンプ(W20/30)を発売
 1969年 生産累計100万台達成
 1976年 熊本製作所設立
 1977年 ミリオンセラー構想のG型エンジン発売
 1978年 芝刈機(HR21)発売
 1979年 PP専門の朝霞東研究所設立
 1980年 こまめF200、除雪機(スノーラHS35)発売
 1983年 浜松工場稼働 OHVのGXエンジン発売
 1984年 米国で芝刈機工場稼働
 1985年 生産累計1000万台達成
 1986年 仏で汎用機工場稼働
 1992年 中型船外機(BBF35/45)発売
 1993年 浜松工場がISO9001を取得
 1997年 GCエンジンと360度自在傾斜のGX22/31エンジン発売
 1998年 正弦波インバーター発電機GENE21シリーズ発売
 2001年 ハイブリッド除雪機(HS1390i)発売 225馬力の船外機(BF225)発売
 2002年 世界最軽量の4ストロークエンジンGX25発売
 2005年 電子制御の新世代エンジンiGXシリーズ発売
 2010年 カセットガス発電機(エネポEU9iGB)発売
 2012年 生産累計1億台達成 芝刈ロボットMiimoを海外で発売
 2017年 蓄電器リベイドE500、Miimo発売


ホンダ初のパワープロダクツ製品たち

1953年、2ストロークエンジンH型エンジンから始まったホンダのパワープロダクツ製品。翌年には4ストロークのT型エンジンにスイッチし、以降はクリーンで低燃費な4ストロークと共に歩んできた。「技術で人を幸せに」するため、人々の労働や生活に寄り添いつつ発展してきた製品の中から、代表的な各分野の初の製品を簡単にご紹介。



H型


T型
H型エンジン(1953)
ホンダ初のパワープロダクツ製品は50cc1馬力の2ストロークエンジンで、背負式散粉機用として開発された。軽量コンパクトで評判も高かった。
T型エンジン(1954)
クリーンで低燃費、低振動、低騒音な4ストロークにスイッチしたT型エンジンは、主に農業の機械化を推進するため2.5馬力にパワーアップ。


GB30


F150
F150(1959)
ホンダパワープロダクツとしては初の完成品が耕うん機F150。扱いやすくデザインも垢抜けていた。大ヒット作となり「ホンダ旋風」と呼ばれた。


E300
GB30(1964)
ホンダ初の船外機。2ストローク全盛時代に「水上を走るもの、水を汚さず」をポリシーに、クリーンな4ストロークのG型エンジンを採用した。
E300(1965)
当時は存在しなかった、誰にでも簡単に扱えて、携帯できる小型発電機の元祖的な存在。お祭りの屋台用として重宝され日本全国へと広まった。


HR21


HS35
HR21(1978)
ホンダ初の芝刈機は、当時アメリカで大きな社会問題になっていた事故を防ぐためBBC機構という安全装置を開発し搭載。安全基準の指針にもなった。
HS35(1980)
当時はほとんど普及していなかった日本の一般向け用として新開発された小型除雪機。雪国での重労働であった雪かきは、簡単操作で軽減された。

ホンダパワープロダクツ、こんな製品もありました!


T10

実働する1/1の模型!
T10エンジン(1963)
箱に入ったパーツを、プラモデル感覚で組み立てれば実際に稼働するという、中学生の教材用に試作されたのがT10型エンジン。4ストローク単気筒サイドバルブの19.7ccでわずか3.2kgという超軽量。最高出力は0.15ps。市販はされなかったが、もしも学校で動くエンジンを自分で組み立てられたら、第2第3の本田宗一郎が登場していたかもしれない??


T10

田んぼのロールスロイス!!
F90(1966)
F150で耕うん機デビューをしたホンダ。Fシリーズは小型機や中型機などバリエーションを増やした。1966年に新開発の空冷479ccのディーゼルエンジンを搭載し、最高出力9馬力のフラッグシップが誕生した。なめらかなボディラインにデュアルヘッドライトなど、耕うん機とは思えないようなでデザインで、田んぼのロールスロイスとさえ呼ばれた。


T10

田んぼのスーパーカー!?
マイティ11 RT1100(1985)
ホンダ初の乗用タイプの耕うん機は、フルタイム4WDに4WS(四輪操舵)という当時の乗用車でもあまり採用されていなかった新機能で登場した。小回りの効く4WSは日本の狭い水田や畑にはぴったりかと思われた。1988年にはパワーアップ版のマイティ13も発売されたが、この頃から農業は人口減少と集約化が加速し、期待とは裏腹に残念ながら販売は振るわなかった。

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