オオカミ男のひとりごと


HERO‘S 大神 龍
年齢不詳

職業フリーライター

見た目と異なり性格は温厚で性質はその名の通りオオカミ気質。群れるのは嫌いだが集うのが大好きなバイク乗り。
時折、かかってこい! と人を挑発するも本当にかかってこられたら非常に困るといった矛盾した一面を持つ。おまけに自分の評価は自分がするものではないなどとえらそうな事を言いながら他人からの評価にまったく興味を示さないひねくれ者。

愛車はエイプ100、エイプ250?、エイプ750?。
第68回 海外編第15章 Ballaugh Bridge

 
コースは完全に封鎖された。柵の中にいるのはマーシャルとプレスの腕章をつけたカメラマンだけだ。オレ達がいる反対側で写真を撮っていたカメラマンがマーシャルに怒鳴りつけられている。よく見ると日本人のように見える。公認のカメラマンと言えども撮影が許される場所は限られているようだ。排気音が聞こえてきた。ヘリの音が聞こえないところをみるとコース確認のマーシャルのマシンだろう。
マシンの姿が見えた。そして飛んだ。いくら有名なジャンプスポットだからと言ってコースの確認で飛ぶ必要はないだろうに。あとで知った事だがこの確認走行を担当しているのは過去にTTを走った事のあるライダーらしい。これはいわゆるお約束ってやつか!?
マーシャルが走っているという事はあと20分もしないうちにレースが始まる。
周囲は異様な熱気に包まれてきていた。キム邸のバルコニーは相変わらず和気あいあいとパーティームードである。会話出来てるのかって? 不思議なもので楽しい時のコミュニケーションってなんとかなるものだ。細かい部分はツーさんが持っていた翻訳機の力を借りた。そんな中、流れているラジオからメイン会場の大歓声が聞こえてきた。一台目がスタートした。緩みまくっていた場の空気が一気に引き締まる。その数分後・・・ヘリの爆音とともに最初のマシンが近づいて来た。そしてやっぱり飛んだ。そのあとも矢継ぎ早に次から次へとマシンがやって来る。そしてポンポン、飛んでいく。その都度、歓声が沸き上がる。
実際に走ってるライダーたちはここでの飛距離を競っているわけではない。
だがその距離が、そして滞空時間が長いほどより大きな歓声を浴びせられる事になる。

ジャンプスポット

 
ここはコースで1、2を争う減速ポイント。ギアは一速まで落とされている。それでも速度は普通に国道を走る車以上に出ている。そんな状況で飛んだあとすぐに右コーナーが待っている。つまり着地とほぼ同時に右にフルバンク。やつらは普通にやっているように見えるがあれは、なにもかもが、かなぁ~りシビアでリスキーで難しい・・・はず。って事は、ちょっとでもバランスを崩しコントロールを失ったらまっすぐこっちへ突っ込んでくるんじゃね!? そう考えたらちょっと怖くなってきた。だがオレのまわりはそんな事はお構いなしに異次元とも言えるイカれたパフォーマンスに大盛り上がりである。なるほど、オレは今回、TTレースを生で観るのは初めてだが彼らはもう何度も観ているのだろう。ましてやキムさんなどここに住んでいるのだから何回というレベルではないはず。慣れているというのもあるだろうし、過去にそんなアクシデントは起きていないのかもしれない。少なくともここでは。いやいや、少しではあるがビビった自分が馬鹿らしく思えてきた。せっかく最高の席で観戦しているのだ。とことん楽しんでその光景を目に焼き付けよう。

しかし・・・何気なく過った不安というものが当たってしまうというのはよくある話である。
それはスーパースポーツクラスが終わり次のサイドカーレースで起きた。
レースの合間、先ほどオレたちの反対側で怒鳴られていたカメラマンがオレたちの前にやってきた。次はこのポジションで撮影するようだ。やはり彼は日本人でメーカーとしてのホンダ専属のカメラマンだった。話してみると共通の知り合いなどもいて不思議な人の縁というものを感じた。
そんな中、サイドカーレースがスタートをきった。サイドカーもやはり飛ぶんだろうか?
そんな事を考えながら待つ事、数分。最初のマシンが見えてきた。そして・・・飛ばない。

サイドカー

 
いや、もしかしたら宙に浮いてはいるのかもしれない。しかし車体を覆うカウルでそのあたりはハッキリ見えない。それにバイクに比べ重量もあるし二人乗っているのだ。派手に飛ぶことはないのだろう。だが始まってから何台目だったろうかやってきた一台のマシンが派手に飛んだ。
そして着地して右・・・ではなくコースアウトしてまっすぐこっちに突っ込んできた。マジかぁ!? やっぱ、起きるじゃねぇか!! こういう事が。さすがにこれにはこの場にいた全員、面食らったようでOH! OH! OH! とかわわわっ! とか奇妙な声を上げながらのけぞっている。
それでもオレ達はバルコニーの壁に守られているからまだいい。外にいるカメラマンはマジでヤバイ状況だ。マシンは必死に減速しながらもどんどん近づいてくる。
カメラマンはクソデカイ三脚とカメラを抱えて必死の形相で逃げの体制に入った。
そしてコースアウトしたマシンは逃げるカメラマンをかすめるようにしてオレたちの目の前に横付けした形で止まった。
まさしく危機一髪!
何人かのマーシャルが状況確認のためやってきた。ライダーの方は何ともないようだがパッセンジャーは頭を抱えてぐったりしている。激しくどこかぶつけたようだ。
そういえばサイドカーのサイド部分のタイヤにはサスはついているのだろうか? もしついていなくて着地の際、頭でもぶつけたのならそれはプロレス技でアスファルトに叩きつけらたも同じである。大丈夫か!? パッセンジャーは何とか立ちあがったものの両膝に手をついて頭を振っている。ライダーがそれを気遣って話しかける。
モニター越しではなかなかお目にかかれないシーンが目の前で展開されている。なんとか持ち直したパッセンジャーはライダーに親指を立てて見せ握手、そしてハグしてマシンに乗り込み、再スタートをきった。なんともドラマッチクな映画のようなワンシーン。こんな光景が見れるとは。少々、肝は冷やしたがやはりVIP席は一味違う。

サイドカー

 
サイドカーレースが終わりこの後はスーパーストック、そしてシニアクラスの予選となる。
そしてオレ達はここで移動する事にした。心境としてはこのままここで観戦していたいのだが・・・当初ここまで事がうまく運びこれほどまでに楽しい状況になるとは予想していなかった。それゆえにサイドカーが終わったところでサルビーストレートへ移動するため迎えに来てもらうようお願いしていたのだ。
実に名残惜しいが仕方がない。それにできるだけ多くの違った場所で観たいという気持ちもある。オレは同じ時間を共有した人たちと握手を交わし、ハグをし、お別れを言った。
そして最後に、もはや恩人とも言えるキムさんにお礼をいいVIP席を後にした。


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