春を迎えにCB1100で 峠の向こうは黒潮南国か
●旅人・文ー阿部正人 ●撮影─依田 麗


「天城越え」へ

 国道414号線は伊豆半島の中央をタテに貫いている。

 その傍ら、最初の休憩を湯ケ島・浄蓮の滝の駐車場でとった。春分の時節になったが風は強く冷たい。CB1100のエンジンヘッドをさわりながらこれから向かう天城の山容を眺めた。

 早咲きの河津桜を求めてか。

 平日の午前中からクルマは多い。中高年夫婦のハイブリッドカー、学生たちのレンタカーが目立つ。

 なかに、ぽつねんとCB1100が佇む。

 階段を降りて滝を見学し、漫然とわさびの渓谷を歩く。沢を渡ってくる寒気に身震いする。ところが戻りの傾斜はまことに辛く息があがり汗が出てきた。行きはよいよい帰りは‥‥軽い後悔。いきなり峠越えの群像だろうか。

 ひと息をつけようと名代のソフトクリームを購入。わさびの味がほのかにする。ところが3分の1も食べたところで身震い再び。さらなる後悔。まだアイスの季節ではなかった。

 バイク旅の愉しさ、そこにはいつも自虐と酔狂が伴う。腹にチカラを入れて意を決し、セルを回した。


伊豆

伊豆

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 国道は、川幅を狭めた狩野川の源流・本谷川を縫って登る。

 近づくカーブの緊張、直線の安堵感を繰り返し、分水嶺へ向けてすこしづつ高度をあげていく。空冷インラインフォアのビートが、この噛み締めるような上り勾配の情感にリンクする。軽妙で心地いいイレブンとの一体感だ。

 目指す旧天城峠への旧道にそれると、舗装は切れた。路面の湿った冬枯れの木立を進む。当然、徐行になった。

 所々の水たまりが凍って霜柱を踏む音がする。その音さえも気圧の変化で小さくなってゆく。日差しと陰に目を細めて道筋を選びながらの地道な走行。やがて吹き抜ける風が冷たさを増してきて、山峡がより深くなったことを自覚した。


伊豆

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「伊豆の踊り子」「天城越え」

 かつて文豪たちが挑んだ峠越えの境地と洞察、そこから生まれた創作の力。艶歌にも歌われる天城山脈のつづら折れをたどりながら、苛烈な行程とは裏腹の「なにか」を想う。こころは勾配を終えるところか。

 あそこを越えれば違う景色がある。あそこさえ越えれば新しい自分になれる。あたたかい場所がある土地へ。そんな期待感が「峠」にはある。迫る山壁の向こう側へ…………。

 それには徒歩がふさわしいのだろうけれど、大気と匂いを同化して進むバイクにも、若干の近しさがあるのでないか。どちらも生身を剥き出しにした旅人。

 バイクは峠をビビッドに感じる乗り物だ。


伊豆