バイクの英語

第21回 From Scratch
(フロム スクラッチ)

 カワサキのヴェルシス650というバイクを知っていますか? 国内で言うニンジャ400と同系列のパラツインエンジンで排気量は650cc。スタイリングはなんといいますか、独創的ですな。初期型はスーパーマリオに出てくるキノコ(もしくはドクロ)みたいな形状のヘッドライトが個性的で、ポジションは最近流行ってるクロスオーバーとかアドベンチャーとか、そういったカテゴリーのものです。むしろ650ccではその分野の先駆け的存在かもしれません。

ヴェルシス650

 ニンジャ400の兄弟と書きましたが、正確にはこっちが先。ニンジャはもともと650ccのエンジンで出て、それを国内向けに400にしたわけ。ニンジャ400は各誌の二輪ジャーナリストが「あまりにオセェ」とか勝手なことを書いていましたが、これが実はなかなか良くてね。ジャーナリスト向けの試乗会というのは限られた時間で限られたスペースでしか乗れないわけで、特にニンジャ400のようにストリートがメインステージのマシンについては、皆さん正当な評価ができなかったんじゃないかなぁ。先日改めて街中で乗ったら大変よかったんです。

 最近ニンジャ400の兄貴に当たるニンジャ650とER6nがモデルチェンジされて、当然だけど400よりパワーがあってこれまた良い。パワーがあるからいいとは言わないけれど、高速道路やハイスピードワインディングを考えると650の方が本来の姿かな? と思わされました。僕は400も好きだけどね!

ヴェルシス650

 ヴェルシスは残念ながら400バージョンがないんだけど、650のなかでも他の兄弟たちとちょっと違う作りこみ。スイングアームがアルミだったり、フロントに倒立フォークがついてたり。値段もその分ちょっと高くて、だけど乗るとステージを問わずに快適で速いから値段が高いだけのことはあると思う。最近スズキのVストローム650が目立っていて、にわかに650ccクラスのこういったモデルが注目を集めてるみたいだけど、趣味性と汎用性と経済性と、あとその他色々考慮しても理想的なオートバイのカテゴリーだと思ってます。Vストロームは素晴らしいけどちょっとお高いかな? ヴェルシスはVストよりも小柄だし、中古車もわずかだけど存在するから、個人的にはいつも出物がないかアンテナを張ってるマシンです。

Vストローム650

 そのヴェルシス、去年モデルチェンジをしましてね。特徴的なヘッドライトは新しく出たヴェルシス1000と同様の上下2段のものに変更になりまして(つっても650が先)、スタイリングも全体的にシャープになりました。なんだろうねぇ、モデルチェンジっていつもシャープに、アグレッシブになっちゃう。モデルチェンジを機に丸っこくなったバイクって思いつかないもん。ヴェルシスもしかりで、前の型の方が親しみやすいスタイリングだったと思うんだけど、新型は振動が軽減されたりとスタイリング以外のところでもちょっとづつ改良されてるからね、やっぱり新型には敵わないわけですよ。

 パラツインのニンジャシリーズは650も400もタイで生産されてます。ところがなぜかヴェルシスだけは国内生産だったみたいなんですよ(有力だけど未確認情報)! 何でかはわかりませんが、どうやらそうだったみたい。もちろん、ニンジャ系と共通の部品などはタイで作ってて、組み立てをこっちでやってるんだろうけど、車両についてるプレートにはMade in Japanと書いてある(有力だけど未確認情報)んですよ! だけど、新しいヴェルシスはどうやらニンジャシリーズと同様のタイ生産になった模様なんです。

 カワサキは大排気量車以外の生産はタイがメイン。ホンダもタイで作ってる車種は多い。スズキもタイに工場持ってるし、ヤマハはどうかな? ま、アジア地区で何かしらの生産をしているのはまちがいないですね。YBR125/250は中国生産だし。ホンダのDIO辺りも中国生産ですね。メーカーのマークがついてればどこで作ってたって同じ品質なのは当たり前。日本製のBBSホイールがあるもんね。ハーレーの多くの部品は日本で作ってるといわれるし。品質は、同じ基準で作られている以上、生産地による変化はないはずなんですよ。
(逆説的に言えば、国内で作ってたって工場によってほんのちょっとの差は出るでしょう。浜松で作ったバイクと熊本で作ったバイクはちょっとだけ違うって言うもんね。その差は誤差の範囲内だから語られないけれど、ちょっとは違うでしょうよ。風土的に、ってことで。)

 品質的には何も心配はしてないけれど、しかしここでムクムク湧くのが愛国心。「がんばろう日本」だぜ。「KIZUNA」だぜ。Buy Japaneseだぜ!! アメリカ人みたいに誇りを持って自国製品を買おうじゃないかってココロなんですよ。日本の、寅さんの言う「労働者諸君!」に僕のお金を渡したいじゃないかと思うわけです。
 反対に国内の雇用情勢が悪いから、タイに行って向こうで日本のバイクを組み立てる仕事に就くってのもアリだけど、ま、それはイレギュラーということで……。

そんなことを考えていた時に思いついたのが今月の一言
「From Scratch」です。
「引っ掻くところから」と直訳できますが、果たしてこの意味は?

 よく「一から組み上げた」とカスタムバイクについて胸を張る人がいますが、「From Scratch」とはまさにこの意味です。全く何もないところから作り始め、完成形まで自分でやった、という意味ですね。厳密に言えばカスタムマシンは全ての構成部品を作ったわけじゃないけれど、組み上げたって意味だけでも「From Scratch」を使ってもいいかな。

 その語源ですが、諸説ある中から有力なものを一つ。

※    ※    ※

 そもそもはドイツでのソーセージ製造に由来する。現在でもソーセージやチーズ、パン類などで知られるドイツだが、その中でもソーセージには強いこだわりがあり、現在でも各地方、いや、小さな村々でもそれぞれオリジナルのソーセージがあり、いまだに個人の家でもソーセージを作る文化がある。

 ソーセージを個人で作る文化があってソーセージ好きの国民性になったのか、ソーセージが好きだったからそれぞれの村々で作るようになったかは不明だが、少なくとも19世紀にはドイツ=ソーセージを連想するほど、ソーセージは一般的なものになっていた。

 しかし、広く日常的に食べられている食品だからこそ、もちろん大量生産が一般的になり、自分の家で作る、もしくは町の肉屋さんが作ったオリジナルのものを食べるという流れから、既製品を、そして時代が進むに連れてスーパーで冷凍のものを買うようになっていく。

 こういった時代の流れには逆らえないもので、徐々にではあるがオリジナルのソーセージというのは失われつつあった。個人で作る人は少なくなり、町の肉屋さんも「オリジナル」とは名ばかりで、材料の肉は海外からの輸入品を使い、腸詰の作業を肉屋でしたというだけのまがい物が一般的になりつつあった。

 この流れを危惧したドイツ東部の肉屋連合が新たなオリジナル品として取り掛かったのが、野豚(猪)を材料としたソーセージだ。ブラックフォレストと呼ばれる深い森が今でも広がるドイツ南東部では当時から野豚が多く生息し、ブラックフォレスト近郊に住む農家の畑を荒らしていたのだが、肉屋連合はこれに目をつけた。

 野豚を捕らえてソーセージにすれば、農家の被害が軽減されて、さらに野豚ならではのオリジナリティあるソーセージができるではないか、と。しかし野豚は大型で凶暴な動物であり、ショットガンでも1発では倒せないほどタフ。簡単に捕らえるのは難しく、試行錯誤の末に肉屋連合はある罠を作り上げた。これは野豚が木の根や土の中の昆虫を掘り返すため、そして農家の野菜を食べるために、地面を蹄で引っかき、鼻を突っこんでホジる時に作動し、前足を挟み込む罠だった。

 この罠にかかったあとも野豚は突進をやめないため大変危険だ。罠にはまっている足がもげてでも突進しようとするこの大きな動物を捕らえるのは大きな危険が伴うが、肉屋連合は何とか野豚の後ろに周りこみ、後ろ足をつかまえてひっくり返す技を習得。ひっくり返され、突進力を奪われた野豚は戦闘力がとたんに落ち、難なくソーセージへの道を歩み始めることになる。

 野豚という危険な動物を、罠をはって肉屋が自ら捕らえ、オリジナルのソーセージにしていくというのは彼らにとって大きなプライドとなった。よって、「野豚が引っかく動作によって作動する罠を仕掛けるところからこのソーセージ作りは始まってるんだ」という意味を込めて、オリジナルソーセージの包装には「From Scrach」と書いたそうだ。

※    ※    ※

 いかがですか? ドイツに行く機会があったら、町の小さな肉屋さんに行って「From Scratchありますか?」と聞いてみるといいでしょう。そんなものは知らないと言われるか、満面の笑みで「これっすよ」と言うかの二択ですね。

 バイク関係で使うのは難しいかな? フルレストアなどで使えるかもしれません。今後はバイクの生産も、企画・開発は今までどおり日本で、そして生産までも再び日本でやってくれないかな、と期待しています。

「Made in Japan ……From Scratch!」というプレートが張ってあるバイクが現れたら、ちょっと割高でも買いたいと思います。


筆者 
八百 タイガー
八百 タイガー生まれも育ちも葛飾柴又の近く、産湯は帝釈天。性はトライアンフ、名はタイガー(800)。オンも、ある程度のオフも、そしてツーリングも楽しめるオールラウンド的なバイクが大好きな日本かぶれイギリス人。というか日本に染まりすぎて最近英語がおぼつかない。人呼んでフーテンの八百屋さん(?)。口癖は「野豚が減ってありがたい。伊豆スカも走りやすくなったぜぃ」
※例によって写真はイメージです。


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