おやびん道

それぞれの道には、それぞれの風土、気候、環境などを積み重ねた表情がある。それはまた人生にも似ている。道は人生、道の数だけ物語がある。野口おやびんが走って来た幾多の道を、想い出話と共に語ろうか。


第23回 椿ライン


椿ラインは、神奈川の県道75号線で、湯河原町と箱根町を結ぶ延長38.8kmの主要地方道である。個人的には昔から、奥湯河原の温泉街の先から大観山までの約15kmのワインディングが椿ラインと呼ばれている道の区間だと思っていたのだが、湯河原~箱根関所南交差点までの区間が通称『椿ライン』とされている。

椿ライン

 椿ラインが奥湯河原から大観山までの区間ではなく、もっと長い区間であることを今回調べてみて初めて知った。箱根町の関所あたりまでなら、「ああ、そうだったのか」と思うのだが、仙石原までとは…。俺は湯河原の温泉街の先から大観山までが椿ラインだと思い込んでいた。それというのも、名の由来となっている椿が目につくのは、奥湯河原から大観山のかなり手前までの区間の路傍で、大観山の近くや、大観山から先には椿の姿があまり認められないからで…。

 だから、ここでは俺が思っていた区間の椿ラインについて記す。初めて椿ラインを走ったのは、’75年頃だった。目黒の定時制高校のバイク仲間と箱根に走りに出かけ、小田原から箱根駅伝のコースになっているR1を箱根町まで上り、そこから県道75号線で大観山まで。そこで一服して湯河原に下った。逆に、湯河原側から上り、帰りにR1を走って小田原に下りることも多かった。

 基本的にはタイトコーナーが続く峠道のワインディングだが、奥湯河原~大観山の区間でも場所によっては道の様子が異なり、下側の3分の2ほどはRの小さいコーナーが連続する。だが、それを過ぎると、比較的長い直線がいくつかある区間となる。そして、大観山の近くでまたタイトコーナーがしばらく続く、という感じである。道幅はそれほど広くないが、ほどほどで、路面も悪くはない。走り応えがあって無料で走れる県道だったから、バイク乗りに人気があったのだ。

椿ライン 椿ライン
最近は女性に人気のある湯河原温泉が椿ラインの入口。 箱根の観光スポット、芦ノ湖畔の関所の当たりが県道75号線の終点。

 ’70年代から椿ラインを攻める走り屋ライダーは多かったが、’80年代前半のバイクブーム真っ盛りの頃は最盛期だった。最新の高性能な250、400、そして750が行き交った。見物人で賑わうギャラリーコーナーもいくつかあって、ひとっ走りしたバイク乗りなどが駐車場にバイクを止めて、通り過ぎたり、コーナーを行ったり来たりして攻めているバイクを見物していた。多いときは40、50人ものライダー&バイクがそこにいた。ひとつは中腹あたりの中速の回り込んだコーナーで(湯河原から上っていくと右コーナー)、左側に適当な広さの駐車スペースがあった。椿台、と呼ばれているもっと上方のヘアピンコーナー(湯河原から上っていくと左コーナー)は右側に入っていくとダート道が続いているところで、奥行きのあるちょっと広めの駐車スペースもあって、そこからの見晴らしはよく、相模湾が望める。

 もっとも、そこが椿台と呼ばれる場所であることは随分後から知ったことで、若い頃は眺望なんかあんまり関係なかった。コーナリングを楽しみながら奥湯河原から大観山まで駆け上がるか、大観山から奥湯河原まで駆け降りるかで、基本的に途中で休憩することなく一気に走り抜けた。いくつかのコーナーを攻めることを目的に往復を繰り返すこと(そういうバイク乗りがローリング族と呼ばれた)は好きではなかった。時には椿台でバイクを止めて一服することもあり、他のギャラリーと同じように、コーナリングを楽しむというか攻めるバイクとライダーに目を注ぎ、速いとか遅いとか、フォームが格好いいとか、品定めをしたことはあるが、ごく少ない。

 21、22歳の頃、定時制高校の同級生10人くらいで箱根にツーリングしたときも、湯河原側から上り、椿台で休憩した。その後、ホテルのウエイター仲間と箱根や伊豆方面にツーリングしたときも、必ずと言っていいほど椿ラインは通った。湯河原から大観山まで上るコース取りが多かった。東京のある場所で集合し、第三京浜~横浜新道とつなぎ、西湘バイパスまたはR1で小田原まで行き、そこから湯河原~椿ラインというルートで、椿ラインに入るまではある程度の序列で比較的おとなしく走り、椿ラインに入ると序列なしで速いものが先を行く、という感じだった。単車街道の時にも何度か書いたけれど、一緒に行った仲間とバトルになることもあった。

 ひとりで椿ラインを通ることもあって、そういうときに見知らぬライダーとバトルになることも何度かあったなあ。TX500でもその後乗り換えたGS750でも。幸い、俺も仲間も、バトルして転倒したり事故ったり、ということはなかった。

 25でバイク雑誌の仕事に携わるようになってからも個人的に箱根・伊豆方面にツーリングに行くときは一人の時も仲間と行くときも、ほとんど椿ラインをコースに入れた。仕事で椿ラインを走ることも多かった。40過ぎから乗り続けているトラのサンダーバードでも何度も走っているし、ここ数年の間、仕事でも4、5回は利用している。昔に比べると路面が傷んできている区間もある。土日や祝日の伊豆・箱根は混むので、行くのはほとんど平日なのだが、交通量も昔に比べると少なくなっているような気がする。交通量が少ないから走りやすいからいいんだけど…。これからも箱根、伊豆方面にツーリングに行く場合は、椿ランを外すことはないだろう。



野口眞一

野口眞一
1956年、7月生まれ。バイクに乗って40数年、バイク雑誌関係の仕事に就いて30数年。若い頃からバイクの旅が好きで、日本各地を走り回ってきた。所有するバイクは今となっては滅多に見ないトライアンフのサンダーバード(1996年型の水冷並列3気筒)で、15年乗り続けている。長く乗っている割には走行距離は少なめで6万5000km。

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