MBHCC E-1
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西村 章

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第5戦 カタルニアGP 「どないすんねんおまえら。どないなっとんねん」

 第5戦カタルーニャGPは、それなりにいろんな出来事がありつつも劇的な大ネタというほどのものはなかったかな……と思っていたら、最後の最後に飛び出しました。Moto2クラスの決勝終盤に発生した“レーシングアクシデント”が、まさかその後延々とこじれる事態に発展しようとは、決勝終了直後には思いもしなかった。

 ことが発生したのは21周目。バックストレートエンドの左へ旋回する10コーナーでマルク・マルケスが挙動を乱し、肘をこすりながらなんとかマシンコントロールを取り戻した矢先にイン側へ入ってきたポル・エスパルガロと接触。マルケスは転倒しなかったもののエスパルガロがクラッシュしてリタイアした、というのが大まかな経緯だ。3位でフィニッシュしたマルケスは、この出来事に対してレースディレクションから決勝タイムに1分加算というペナルティを科せられた。これがレース終了の約4時間後。時刻で言えば、午後5時前後だっただろうか。ペナルティの根拠は、レギュレーション1.21.1(危険行為回避の責任)に対する違反というもので、この処分により、表彰式でトロフィーを受け取ったマルケスは、リザルト上ポイント圏外の23位まで大きく降格するという事態になった。

第5戦カタルニアGP
まさかその後、事態がよじれ倒すとは、はたして誰に想像できただろう……。

 ところが、FIMスチュワード(レギュレーション執行に関する監査役みたいな役割)からこの処分に異議が提出され、ペナルティは取り消し。マルケスは当初のゴール順位どおりに3位というリザルトが復活した。これがペナルティ処分決定から約2時間後の18時55分。レースリザルトの結果表は、訂正版の訂正版(つまり3バージョン目)が発行され、ゴールタイムに1分足したり引いたりして順位が行ったり来たりし、二転三転する結果に皆が右往左往する妙に慌ただしいレースになったな、ということで日が暮れた。

 で、一夜明けてこのドタバタ劇も一段落。今回はこの話題が当欄のテーマに相応しいかなと思って原稿を書きはじめたまさにその矢先、現地時間の月曜午後6時になって今度はエスパルガロ側が、この処分取り消しに対して抗議を提出したという情報が入ってきた。

 この抗議は受け入れられるのか棄却されるのか。あるいは受け入れられた場合に、今度はマルケス側が再度抗議するようなことが果たしてあり得るのか。そもそも、レギュレーションの条文内に一事不再理原則に類した文言があるのかどうか(これはまあ、各条文を詳細に読み込めばすぐに判ることだけど、今はちょっと調べている余裕がないので、すいません)。

 ところで、一連の裁定逆転劇の帰趨はともかくとしても、アクシデントそのものに立ち返って考えてみると、今回の出来事は、挙動を乱したマルケスの隙を狙って突っ込んできたエスパルガロが自滅をした、という事象であるようにも見える。これは私見だけれども、マルケスの立場からみれば、挙動を乱して修正したとたんに後ろから突っ込まれた、というのが正直なところではないだろうか。アクシデント時の映像から類推する限りでは、おそらくマルケスからはエスパルガロが見えてはいなかっただろうし、故意の幅寄せなどで相手に対して意図的な危険行為を働いたようにも見えない。であるとするならば、最初のペナルティ適用にそもそも無理があった、ともいえるかもしれない。

 さらに今回の事態を複雑にしているのは、ペナルティ処分が「レースタイムに対する1分の加算」だったからで、もしこれが罰金処分であったならば、ここまで事態が二転三転するようなことにはならなかったような気もする。今回の処分理由とされているスポーティングレギュレーションの1.21.1を見てみれば、罰則の種類には、「罰金、順位の変更、ライドスルー、タイムペナルティ、次戦でのグリッド位置降格、失格、チャンピオンシップポイント剥奪、出場停止」という8種類が挙げられている。ただし、これらの処分はそれぞれどのような行為に対して適用されるのかという具体的な基準は、レギュレーション上では明確に文章化されていないようだ。その理由はおそらく、レース時に発生しうる様々な事態に対してレースディレクションが柔軟に対応できる余地を残すため、あえて文言による定義の厳格化を避けている、といったあたりだろう。だが、この柔軟さは一方で、罰則処分の恣意的な運用という疑義を生む余地にもなる。つまりこの問題を要約すると、<ルールによる競技の官僚的支配をどこまで認めるのか>ということで、これはきわめてアレン・グットマン的な近代スポーツ定義に関わるテーマでもあるわけだけど、しかしそこまで話題を広げるとわけがわからなくなりかねないので(もうなってるような気もするけど)、ヘソで投げるスープレックスのように一気に話を元へ戻すと「エスパルガロの再抗議は、気持ちはわからないでもないけどさすがにちょっと無理があるのではないかな」というのが部外者の日本人から見た感想だったりする。傍目八目という言葉もあるでしょ、と。

 ともあれ、この一件で、マルク・マルケスとポル・エスパルガロの間に遺恨が発生するような事態にならなければいいのだけどね。彼等の先輩にあたるペドロサとロレンソが、ようやく長年の冷戦状態に終止符を打ったばかりなんだから。仲良きことは美しき哉。実篤。

 じつは今回は、「マルケスといえば……」とつないでMotoGPクラスのルーキールールの話題に触れようと思っていたのだけど、事態がこじれた影響で紙幅も尽きてしまったので、これについては次回以降に改めます。ということで、ではまた。

第5戦カタルニアGP 第5戦カタルニアGP 第5戦カタルニアGP
優勝した人。地元だけに大人気で気合いも入っていました。 2位になった人。地元だけに優勝したかった……、と悔しそう。 3位に入った人。チームの情熱に感謝する、とひとしきり。
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今回は4位で終わった人。レース後は意外とさばさばしてました。 レースを見に来た人。今週末はSBKミザノ。祈健闘。 来年の開催が危ぶまれていたものの、継続しそうとの説も。

■第5戦 カタルニアGP
6月3日 カタルニア・サーキット 曇時々雨
順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #99 ホルヘ・ロレンソ ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
2 #26 ダニ・ペドロサ レプソル・ホンダ・チーム HONDA
3 #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ヤマハ・テック3 YAMAHA
4 #1 ケーシー・ストーナー レプソル・ホンダ・チーム HONDA
5 #35 カル・クラッチロー ヤマハ・テック3 YAMAHA
6 #19 アルバロ・バウティスタ ホンダ・グレッシーニ HONDA
7 #46 バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ・チーム DUCATI
8 #6 ステファン・ブラドル LCRホンダ HONDA
9 #69 ニッキー・ヘイデン ドゥカティ・チーム DUCATI
10 #11 ベン・スピース ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
11 #8 エクトル・バルベラ プラマック・レーシングチーム DUCATI
12 #17 カレル・アブラハム カルディオンABモトレーシング DUCATI
13 #41 アレックス・エスパロガロ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
14 #51 ミケーレ・ピロ ホンダ・グレッシーニ FTR(CRT)
15 #14 ランディ・デ・ピュニエ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
16 #77 ジェームス・エリソン ポール・バード・レーシング ART(CRT)
17 #54 マティア・パシーニ スピード・マスター ART(CRT)
18 #68 ヨニー・エルナンデス BQR BQR-FTR(CRT)
19 #9 ダニロ・ペトルッチ イオダ・レーシングプロジェクト IODA(CRT)
20 #22 イバン・シルバ BQR BQR-FTR(CRT)
RT #5 コーリン・エドワーズ フォワードレーシング SUTER(CRT)
第2戦スペインGP
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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