MBHCC E-1
MBHCC E-1

西村 章

スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第8戦 ドイツGP ザクセンそれもこれも

 今回も前回と同様に、第8戦ドイツGPのレースウィークに発生した出来事のいくつかについて、真相へ半歩くらい踏み込む微妙なスタンスでお伝えしてみたい。では早速Go。

 レースウィークが始まる直前の木曜から初日の金曜にかけて、まず最初に大きな注目を集めたのが、Bankiaのスポンサー活動自粛だ。
 ホルヘ・マルチネス率いるチーム・アスパルのMoto3クラスタイトルスポンサーだったBankiaは、2010年に7つの貯蓄銀行が合併してできあがった銀行で、この前身7行の1社であるBankajaがマルチネスのチームをスポンサードしていたことから、合併後も関係が継続していた。昨今大きく取り沙汰されるスペインの金融危機は、これら銀行の業績低迷が大きな理由だが、Bankiaの実質的国有化がメディアを賑わせていた5月下旬から6月初旬の時期(レースカレンダーでいえばフランスGPからカタルーニャGPの頃)、パドックではこの問題が注視されていたようには見えなかった。しかし、現実にはシーズン途中にチームスポンサーを休止しなければならないほど「喫緊の急務」だったわけで、マシンのカラーリングがチームのもうひとつの大口スポンサーであるMapfre(生保や損保を扱う保険会社)に急遽変更されたものの、選手のツナギはBankiaカラーのまま、というあたりにも、今回の決定がいかに突然であったかということが窺える。
 マシンのカウルやツナギに限らず、機材を運搬するトレーラーやパドックで使用するスクーターの塗装、チームウェア、ピットガレージのウォールパーティション、あるいはマルチネスのMoto2やMotoGPチームでもわずかとはいえ各所に露出させているBankiaロゴ等々、スポンサー自粛に伴い変更や修正処理が必要になる対象は、細々としたところまで考えれば山のようにある。これら全部を今から業者に発注して新たなモノを用意するとなれば、もちろんそれなりの金額が必要になる。
 とすると、その金はいったいどこから出ているのだろう?? 
 マルチネスが自腹を切るとは思えないしそのような筋合いでもないので、普通に考えればシーズン途中に撤退する迷惑料のような形でBankia側が負担するのがスジ、というものだろう。彼らが広報活動を行っていた他スポーツ分野でも事態は同様であろうことを考慮すると、撤退に伴う出費がかなりの額になることは想像に難くない。つまり、Bankia内部では以下のような経営判断が働いた、ということになるだろうか。
(撤退に伴うそれなりの諸経費)+(シーズン途中の撤退による印象悪化)<(シーズン途中でも広告活動を自粛することによる効用の増大)
 この不等式がはたして本当に成立するのかどうかは、当事者ならぬ身には検証のしようもないしよくわからないけれども、まあ、本人たちがしゃかりきになってやっているから、おそらくはそういうことなんでしょう。

第8戦ドイツGP 第8戦ドイツGP
これ塗り直すの、けっこう面倒です。作業はイタリアGP後?

 前戦オランダGPの決勝で、バレンティーノ・ロッシとベン・スピース、エクトル・バルベラのリアタイヤ右側のタイヤ表面一部がはがれる事態が発生した。トレッドの表面が部分的に剥がれる、通称<チャンク・アウト>と言われる現象で、ブリヂストンは問題の発生したタイヤを日本の技術センターへ送り、真相究明の結果はレポートとして報告され、金曜夕刻には同社モータースポーツタイヤ開発マネジャー青木信治氏が質疑応答に対応した。同社の見解は上記レポートを読んでいただくとして、自身のタイヤに問題が発生した当のロッシはというと、ブリヂストンから事態の説明を受ける前の木曜夕刻に、その理由をこんなふうに推測していた。
「タイヤに由来する欠陥等の問題ではないと思う。路面温度やコース特性、さらに自分の場合はグリップさせて走ることでゴムが歪んでタイヤ内部にどんどん蓄熱してゆき、あのような事態になったのだろう」
 一方、チームメイトに発生した問題が自分には起こらなかったことについて、ニッキー・ヘイデンは
「自分はコーナー立ち上がりでリアがスピンするから、熱はむしろタイヤ表面に発生してコンパウンドが摩耗してゆくことで、バレンティーノのような事態にはならなかったのではないか」
 と、ライディングスタイルの違いが事態発生の有無の要因になったのでないか、と分析していた。

第8戦ドイツGP 第8戦ドイツGP
ドライでは今季ベストリザルトの6位。 バトル中にミスで順位を大きく落とす。残念。

 さて、そのバレンティーノ・ロッシといえば、来季の去就に非常に大きな注目が集まっておるわけですが、ついこの間まで「絶対にあり得ない」と囁かれていたドゥカティ残留も視野に入れはじめているのかな、と思わせるような発言があった。というのも、これまでの彼は、来季のことを尋ねられるたびに「一番の目標は、デスモセディチGP12の戦闘力を向上させること」と社交辞令きわまりない返事に終始してきたのだが、木曜の囲み取材で次戦イタリアGP後に行う事後テストについて質問があった際には珍しく、
「後半戦、将来に向けたアイディアはあるんだ」「(ムジェロ事後テストは)来季の方向性の第一歩で、現状を改善する正しい方向性かどうかを見極める重要な機会」
 と返答をした。なにげなく聞き過ごしてしまいそうな言葉だが、ロッシが低迷するマシン開発について言及する際は、常に今シーズンの戦闘力向上に終始するのみで、来季のポテンシャルアップについてなどこれまで一度も触れたことがなかった。もともと彼は、自分の開発したマシンが他の選手に利する結果になることを非常に嫌う人物で、それに関するさまざまなエピソードについては拙訳の自叙伝や評伝などにも詳細に記されている。
 決勝日には、ドゥカティを買収したアウディ首脳陣が観戦に訪れた。ロッシはレース後に、
「彼らは、ドゥカティがまたトップレベルで戦えるような戦闘力の高いバイクを仕上げるプロジェクトについて、非常に前向きだよ。正直なところ、(自分の)将来についてはまだ話をしていないけれど、そのうち話すと思う。ドゥカティに非常に熱意を持っていることはよくわかった」
 とも述べた。
 その一方で、ロッシに近い関係者は「ホンダのドアは閉ざされてしまったが、ヤマハはまだ扉を開いている」とも語っている。真相は、今月末頃から徐々に明らかになってくるだろう。

 また今回も長くなってしまった。すいません。最後に一点だけ。ドイツGPの舞台ザクセンリンクサーキットでは、チーム関係者や我々報道陣は、芝生の野ッ原を関係者駐車場として割り当てられているのだが、この野ッ原は雨が降ると一面泥濘の海と化す。対策として盛り土をしたりおがくずや藁束を蒔いたりもするのだが、数時間もしないうちにまたドロドロのにちゃにちゃになるので、結局のところはただ単に泥を増やす材料を追加しているにすぎない。


第8戦ドイツGP
メインストレートを臨む旧コントロールタワー。現在はVIPの観戦場所として利用されているとか。

 今回のレースウィークも雨がたくさん降って、特に予選日の土曜は例年以上にスタックする車輌が続出。数台の牽引用トラクターが総動員された。やがてそのトラクターの1台がガス欠になり、泥の中で牽引を1時間待たなければならない車輌も……、というまるでもうコントのような事態に発展する騒ぎに。「こりゃ来年のレンタカーはジープでも借りなきゃやってられないな」と呟くと、友人のスペイン人曰く「トラクターにしとけ」、と。ザクセンリンクは2016年まで開催継続が決定したのだから、駐車場もついでに舗装してほしいと切に願います。

第8戦ドイツGP 第8戦ドイツGP 第8戦ドイツGP
ザクセン三年連続制覇。いや、マジ速かったっす。 「なんだかなー。前に離されちまったしなー」的表情。 「なんだよー。撮るなよー」と言ってるわけではない。
第8戦ドイツGP 第8戦ドイツGP 第8戦ドイツGP
地元ファンも納得のホームGP5位。よくがんばりました。 代役参戦のバッタイーニ。背景がのどかで美しいです。 最後尾スタートから、ごぼう抜きで7位フィニッシュ。
■第8戦 ドイツGP

7月8日 ザクセンリンク・サーキット 晴
順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #26 ダニ・ペドロサ レプソル・ホンダ・チーム HONDA
2 #99 ホルヘ・ロレンソ ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
3 #4 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ヤマハ・テック3 YAMAHA
4 #11 ベン・スピース ヤマハ・ファクトリーレーシング YAMAHA
5 #6 ステファン・ブラドル LCRホンダ HONDA
6 #46 バレンティーノ・ロッシ ドゥカティ・チーム DUCATI
7 #19 アルバロ・バウティスタ ホンダ・グレッシーニ HONDA
8 #35 カル・クラッチロー ヤマハ・テック3 YAMAHA
9 #8 エクトル・バルベラ プラマック・レーシングチーム DUCATI
10 #69 ニッキー・ヘイデン ドゥカティ・チーム DUCATI
11 #14 ランディ・デ・ピュニエ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
12 #5 コーリン・エドワーズ フォワードレーシング SUTER(CRT)
13 #41 アレックス・エスパロガロ アスパーチームMotoGP ART(CRT)
14 #68 ヨニー・エルナンデス BQR BQR-FTR(CRT)
15 #77 ジェームス・エリソン ポール・バード・レーシング ART(CRT)
16 #2 フランコ・バッタイーニ カルディオンABモトレーシング DUCATI
17 #9 ダニロ・ペトルッチ イオダ・レーシングプロジェクト IODA(CRT)
18 #22 イバン・シルバ BQR BQR-FTR(CRT)
RT #1 ケーシー・ストーナー レプソル・ホンダ・チーム HONDA
RT #54 マティア・パシーニ スピード・マスター ART(CRT)
RT #51 ミケーレ・ピロ ホンダ・グレッシーニ FTR(CRT)

第2戦スペインGP
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

[第43回へ][第44回][第45回へ]
[MotoGPはいらんかねバックナンバー目次へ]
[バックナンバー目次へ]