MBHCC A-6

かつてミスター・バイクの誌上を彩った数々のグラビアたち。

あるときは驚きを、またあるときは笑いを、そしてまたあるときは怒りさえも呼び込んだ、それらの舞台裏ではなにがあったのか?

1980年代中盤から1990年代に、メインカメラとして奮闘した謎の写真技師こと、エトさんこと、衛藤達也氏が明かす、撮影にまつわる、今だから話せる(んじゃないかと思うけど、ホントはまずいのかも)あんな話、こんな話。聞きたくないですか。

狸の皮の白スーツ"

 今回は、たしか4〜5号くらい前に書いた信哉さんとの北海道取材の話の追加編です。どうしたわけか突然思い出したこぼれ話をさせていただきます。

 
 これは北海道は道央のとある田舎町にある、ちっちゃなちっちゃな商店で起こった億万長者物語です。そういえば、今は億万長者とは言わずセレブと言うのでしょうか。セレブ(celebrity)……本来は侮蔑的な意味合いが強いようなので、外国で「I’m celebrity」なんて言わないほうがいいでしょう。このコラムを読んでくれているみなさんには関係のないことですね、もちろん私を含めて。「まるきん」「まるび」ってのもバブルの頃に流行りましたが、我々の世代にとって成金的大金持ちといえば「億万長者」がしっくりハマります。「花の都のハリウッド〜♬」の主題歌でおなじみ、アメリカの連続テレビドラマじゃじゃ馬億万長者の刷り込みですね。

 
 さて、林道取材といえば荷物は少ない方がいいに決まっています。それでもカメラマンですから、最低限の機材だけでも相当な量になります。たしか5〜6号前でお話した奇跡の脱出の話をバックナンバー祭の時にでも読み返していただければ、どんだけ荷物が多いか解っていただけることでしょう。
 しかもこの時の北海道取材は、近藤編集長の手配ミスでなんと信哉さんと2ケツでの林道取材でした。通常、林道に入ってしまうとほとんどお店はないので飲み物など取材前に買い込んで行くのですが、今回は少しでも荷物を減らすため「飲み物は取材が終わって林道を出るまで我慢」ということになりました。

 
 今までこのコラムを読み続けているみなさんならうすうす(避妊具ではありません)気がついてると思いますが、私はリスのように用心深く、ヤマネのように小心者です。フィルム、電池は言うまでもなく、カメラも予備機を持っていないと不安なのです。なんとかなる、どうにかなるなんて考えただけで気を失います。そんな私ですから飲み物を持っていないと思うと、この先が砂漠でものすごく喉が渇いたらどうしようと本気で心配します。
 普通は林道に入るとお店どころか自販機すらありません。ところがラッキーにも林道でお店を発見しました。そのお店は田舎によくある、ガム(板ガムではなくてマルカワの10円ガム)やパン(よく見ないとカビが…が生えてたり……)、缶詰(よく見ると錆びが……)、洗剤(パッケージが日焼けでして……)、ぞうり(うっすらどころかまるまるほこりまみれ)から農具(これだけはよく売れるのかピカピカ)まである、いわゆるなんでも屋さん(今風に言えばコンビニ?)で、間なのにお店の中は昼間なのに真っ暗。電気が来ていないのではなく、もったいないから付けていないのです。

 
 そんな素敵なお店ですから、都会にあるようなおしゃれな飲み物等は一切なく、定番のコーラやオレンジジュースくらいしかありません。だけど、必ず一つは、んんん? というようなおもしろいものを見つけることが出来るのです。

  
 以前、四国に行った時には、お店に入ったとたん、動物の毛皮みたいなものが目に入りました。なんだろう? と尋ねると「狸の毛皮で作った腰に巻いて座ると座布団になるようなもの」でした。もちろん土産物などではなく、普通に日用品として売っていました。

 
 この店にもなにかおもしろいものがないかと物色していたのです。すると店の奥のほうに上から吊るされている白い宇宙人の様なものが目に入りました。最初は、ひょっとして見えちゃいけないもの……幽霊じゃないかと思ったくらいです。目を凝らしてよくよく見れば全身用の白いスーツ。足先から頭まですっぽり覆えるようなものでした。昨今のテレビなどでよく目にする原発作業員さんが着ている防護服をイメージしてください。でもこの頃は防護服を見たこともなかったので「何に使うのだろうか? 何のためにあるのだろうか?」と、まったく想像できませんでした。例え知識として防護服を知っていたとしても、なぜこんな田舎のなんでも屋さんにあるのか、理解できなかったことでしょう。

 初めて見るものにとてつもなく興味を示す私です。幽霊ではないと解ると、そのスーツに近づきじっくりと観察しました。とても軽く、CDを入れる袋のような白い生地(もちろん当時そんな袋はありません。CDは貴重品できちんとしたプラケースに入っていましたから)をさらに丈夫にしたようなもので毛羽立ちもなくつるんとした表面の繊維で作られていました。丈夫に作られていたのに値段はたしか400円くらいでした。あまりに興味を示すので、店のおばちゃんは気を使ってくれたのか、あれこれ説明をしてくれました。解説によれば、そのスーツは農薬を散布する時に着るもので、農薬が体に染み込まない様に防御するものだそうです。

 
 ほう、なるほどね。この布で農薬から身を守るということですか。待てよ、ということは……農薬=液体→液体=雨→白いスーツ=カッパになるんじゃ?
 閃いた! これバイク用のカッパになるかも!! 折りたたむと従来のカッパの半分の半分以下というスーパーコンパクトなパスポートサイズ(憶えてますか? このキャッチフレーズ流行しましたね)。突然の雨でも全身すっぽり覆われて簡単に着られる。当然持ち運びは便利で収納場所もとらない。しかも価格は400円。仕入れ値はもっと安いはずだから、大量発注すればもっと安くできるはず。薄利多売の使い捨てバイク用エトカッパ、いや、ETOカッパとして売ったら、大ヒット間違いなし!

 
 思わずとんでもなくスッゴイものを見つけてしまったではないかと、心が小躍りをはじめました。心臓バクバク、脈ドンドン。興奮して口の中の唾液がOさん(業界の有名人。お口がどんな状態になっているのかは想像してください)の様に泡立ってきました。

  
 近藤編集長にうまく取り入って、ミスター・バイクでページをもらえば宣伝費用は0円。しかもうまくすればギャラももらえるかも。ついでにBGやゴーグル(当時はミスター・バイクと同じ所に編集部がありました)でも大々的に宣伝してもらえば……「ETOカッパでエトーが1人でボロ儲けした」と文句言われたら、近藤編集長を何回かオネーチャンのいるお店に連れて行けば大丈夫。BGやゴーグルの編集部員もなんか言ってきたらまとめて一緒に連れて行けばいいだろう。そしてZ御殿(当時、Zをカスタムして大儲けしたといわれている某ショップのことをそう呼んでいた)に負けずとも劣らぬETOカッパ御殿が建っちゃったりして。
 そしたら奇麗なおねーちゃんを両サイドにはべらせて、ブランデーグラス揺らしながら膝小僧をなでなでしちゃったりなんかして。本業のカメラマンの仕事も好きなことだけ(例えば金に物言わしてオネーチャン専門のカメラマンになる)にと、どんどん妄想が暴走を始めました。蓮舫おねーさまが仕分けしまくったスーパーコンピューターの足元には及ばないものの、頭の中では凄いスピードで妄想が確変に突入し銭ゲバ状態です。
 妄想が加速していく度に目は波目になり、口元はゆるみ、ものすごく幸せそうな顔をしていたようで、信哉さんに見られてしまいました。しかも北海道の山の中の薄暗い田舎のなんでも屋さんでETOカッパじゃなくて農薬散布用の白スーツを握りしめてラリっているという、よくよく考えればかなりアブない状態をです。

 
「おいエトー、なんかうれしいことでもあったのかよー。おめっ、スッゲー幸せそうな顔してるぞ、なにがあったんだよ。奇麗なおねーちゃんのこと考えてたのかよ、あん?」

 
 まさか、億万長者ハイになっているとは、さすがの信哉さんも思い及ばなかったようです。こんな美味しい話をべらべらしゃべれば、儲けが減ってしまいます(正しくは「取らぬタヌキの皮」が減るだけですが)。

 
 しかし、よくよく考えてみると私はただのカメラマン。商才はほぼというか限りなくゼロです。信哉さんはバトルスーツをプロデュースしたりしています。そうだ、このETOカッパをカドヤさんで売ってもらおう。ここは信哉さんに相談するのが正解だ。ずーっとお世話になっている信哉さんに、ここらで恩返ししておかなくては、と殊勲にも頭の中でタヌキの皮の分配始めました。

 
 また脳みその中は、億万長者妄想(ほとんどオネーチャンのことばっかり)で暴走中でしたが「信哉さん、これもしかしたらとんでもない発見かもしれませんよ。ETOカッパです。いや、そのバイク用カッパの代わりになるんじゃないですか? まだバイク業界は誰も気づいていません。今すぐ買い占めましょう。ボロ儲けできます。カッパ御殿が建ちますよ!」といつになく真剣な眼差し(正確に言えば欲に目がくらんだ)で訴えました。


この写真は脳内のイメージです。

 
「確かに、おめーの言うとおりかもしんねーな。でも買い占める前にだな、ひとつだけ買ってテストしてみっか」

 
 お店の人に「これはどこでも買えるのですか?」と平静を装い、企みがバレないよう何気なく聞いてみると「農機具を売ってる所にはたいがいあるよ」と言うではないですか。ということは、東京に帰って近くの農協で聞けばすぐ手に入るなと思いつつ、も、ということは、誰かに先に気付かれてしまうという心配が『立った立ったクララが立った』状態でむくむく立ち上がって心配になってきました。

 
「今すぐホテルに戻って風呂場でテストしましょうよ」と真剣におねだりしましたが、そこはさすがに大人の信哉さんです。

 
「そうあわてるなエトー、とりあえずだな、今日の仕事はきっちりやっておこうではないか」

 
 今から思えば、信哉さんはもうこの白いスーツがどういうものかちゃんと知っていたのかもしれません。いや、信哉さんのことだからたぶん知っていたはずです。しかし、私の頭の中はお金でいっぱい。おねーちゃんがいっぱいです。わくわくしながら取材を続け、撮影中も移動中も一人ニコニコしていました。

 
 取材が終わりホテルにつくや否や、「さあさあ、信哉さん、早くテストしましょう。さあ、さあ、さあ」と躊躇無く素っ裸になって白いスーツを着ました。ついに億万長者への階段の第一歩に足を乗せたのです。ひょっとしたら興奮しすぎて、ギンギンのカチカチになっていたかも知れません。

 
「さあ、さあ、信哉さん、早く、早く水をかけてください! 早く、早く!!」

 
 大の大人が得体の知れない白いスーツを着てわくわくドキドキしながらシャワーの前で水をかけてもらうのを待っている。もし隠しカメラで見られていたら、とんでもなく高等なプレイと思われるでしょう(もちろん、その時はそんなこと考えもしませんでしたが)。

 
 次の瞬間、ジャーッという音と同時に身体中が冷たくなってきました。最初は、シャワーの水温が身体に伝わってきて冷たいと思っていたんです。

 
 ん? あれ? なんかおかしい。

 
 スーツの中を覗き込んでみると……ビチャビチャ。
 ああああああっ、シャワーの水は容赦なくスーツを抜けて中にどんどん入ってきて、足元からどんどん抜けていきます。その水の流れと同時に、私の億万長者の夢も浅いバスタブの排水溝にずずずずっ〜と吸い込まれて沈んでいくのが見えました。

 
涙目で振り向くと、信哉さんは目を波目の様にして腹を抱えて大笑いしていました。


この写真ももちろんイメージです。

衛藤達也
衛藤達也
1959年大分県生まれ。大分県立上野ヶ丘高校卒業後、上京し日本大学芸術学部写真学科卒業。編集プロダクションの石井事務所に就職し、かけだしカメラマン生活がスタート。主に平凡パンチの2輪記事を撮影。写真修行のため株式会社フォトマスで (コマーシャル専門スタジオ)アシスタントに転職。フリーになり東京エディターズの撮影をメインとしながらコマーシャル撮影を少しずつはじめる(読者の方が知っているコマーシャルはKADOYAさんで佐藤信哉氏が制作されたバトルスーツカタログやゴッドスピードジャケットの雑誌広告です)。12年前に大分県に戻り地味にコマーシャル撮影をメインに活動中。小学校の放送部1年先輩は宮崎美子さんです。全く関係ないですが。


●衛藤写真事務所
「ぐるフォト」のサイトを立ち上げました。グーグルマップのストリートヴューをもっと美しく撮影したものがぐるフォトです。これは見た目、普通のパノラマですが前後左右上下をまるでその場に立って いる様に周りをぐるっと見れるバーチャルリアリティ写真です。ぜひ一度ご覧下さい!

http://tailoretoh.web.fc2.com/ 

  

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