順逆無一文


第33回『煌々爺』


 5月14日付けの河北新報にちょっと気になるニュースが載っていた。それは、『夜間死亡率、昼の最大25倍 速度超過高まる危険性』というもので、宮城県警が過去5年間の人身事故を分析、それによると夜間の人身事故は、日中の事故よりも最大で約25倍も死亡事故となってしまったケースが多かったというもの。ちょっとショッキングなデータだ。夜間は、視界が限られることで交通状況の把握が難しくなる上、交通量の減少から平均スピードが高くなるので死亡事故も「きっと多いだろうな」程度の認識はあったが、これほどとは思わなかった。貴重な統計だ。


『過去5年の人身交通事故で、夜中の発生は日中より死亡する危険性が最大で約25倍になることが、宮城県警の分析調査で分かった。県警は夜間の運転に気を付けるよう呼び掛けている。
 県警は4月、2008~12年に県内で発生した人身事故計4万1391件を分析した。死傷者は計5万3095人で、内訳は死者303人(0.6%)、重傷者3264人(6.1%)、軽傷者4万9528人(93.3%)だった。
 事故は通勤時間帯の午前7時台に増え始め、午後8時台まで1211~3670件で推移。この時間帯の死者は7~23人だったが、同じ時間帯の死傷者数に占める割合は0.2~0.9%にとどまった。
 一方、事故が1000件に満たない午後9時台~午前6時台は死者が5~16人と日中より若干少なくなったが、死者の割合は午後11時台(0.9%)を除いて1%を超え、午前2時台はピークの5.1%に達した。最も死者の割合が低い午後0時台の0.2%に比べ、約25倍となった。』
(5月14日 河北新報より)

 
 クルマよりも格段に光量の乏しい二輪車の場合、しかも黒っぽい着衣の歩行者で、よほど近くになるまで分からなかった、などという体験が多くの方にあるのでは。そしてそんな状況にさらに輪をかけるのが、最近のクルマのヘッドライトの異常な明るさだろう。ヘッドライトの光量自体が特に明るい車種の例などもあるが、それよりも、霧が出ているわけでもないのに多くの車が点灯しているフォグランプ(かつては補助前照灯と呼ばれてました)も問題だ。
  
 自分さえ良ければ、の典型。それでなくても“過剰”に明るくなってきている最近のクルマのヘッドライトなのに、さらに当たり前のようにフォグランプまで常時点灯している。
  
 ハイビームというわけではないので、文句つけるわけにもいかないが、すれ違う直前、まったく前方の状況が分からないことすらある。二輪車の心許ないヘッドライトで太刀打ちできるわけがない。
  
 さらに、このところ対歩行者事故の多発という事象だけを喧伝するおかげで、ハイビームを多用したり、フォグランプまで常時点灯して自車の前方をとにかく明るくすることを、さも安全のためにしているかのように錯覚させていることは問題だ。本来なら交通環境を全体から俯瞰して、協調を基本とするべきクルマのメーカーからして、都市部では使用する気象状況に遭遇する機会はほとんど無いといえるフォグランプを当たり前のように装備させ、また「常時点灯するものではありません」と啓蒙を行っているなどという話も、聞いたことがない。
  
 皆が付けているから自分も付ける。皆が点けているから自分も点ける。で、自車の前方が明るければ安全、で対向車のことや、ましてや光の届かない暗闇の中のことなどは知ったことじゃない。
  
 ハッキリ言って昔のクルマのヘッドライトはとてもショボかった。だからといって、夜間の死亡事故が今よりとんでもなく多かったかというとそんなことはない。見通しが悪ければその分スピードを落とす。ヘッドライトをもってしても大して明るくならなかったから、暗闇部分の状況もおぼろげながらも掴めた。
  
 そんな時代じゃない、というかもしれないが、見通しが悪ければより明るいヘッドライトだ、フォグランプの活用だ、と、とにかく何としても己の目先を煌々と明るくして、変わらぬスピードで走りたい、などというのは時代うんぬんじゃなくて人間性の問題だろう。心なしかそういった煌々と照らしながら走るクルマに乗っているドライバーは、いわゆる“オレ様運転”が多いように思ってしまうのは偏見だろうか。
  
 ついでながら付け加えさせてもらえば、霧でも雨ですらないのにリアのフォグランプを点けたまま平然と走っているクルマ(ほとんど外車系ですね)も、鼻つまみだ。後ろに付いてしまうとまぶしくて迷惑千万。まぶしいからとこちらもハイビームにするなど、同レベルに落ちる気もなし。まあ、そんなドライバーにかかわるとろくなことはないので大幅に車間空けるか、無理してでも抜いてしまいたい、だろう。やれやれ、リアフォグランプの使い方も知らないようなユーザーの実態を外車メーカーの方々はどう思っているのでしょうか。
  
 話が飛んだついでに、最近話題となることが多い、夜間の高齢歩行者(65歳以上)の死亡事故を取り上げておくと、高齢者の夜間の死亡者数は昼間の約1.8倍(交通事故総合分析センターによる平成21年調査結果から)なのだそうだ。さらに高齢者ならではの特徴は、その中でも17時台から19時台にかけてが53.9%を占めているという。その他の世代では特にピークとなる多発時間帯というのは見られないのだとか。黒っぽい衣類を着た歩行者と高齢者、この時間帯は特に注意、ですね。
  
 もうひとつ、宮城県のニュースでは最後の部分にも引っかかってしまった。


『県警交通企画課の担当者は“夜間は見通しが悪い上、交通量が少なく速度を出す傾向があるので重大事故につながる危険性が高い”と指摘。“対向車がいない時は前照灯をハイビームにしたり、速度を落としたりして安全運転を心掛けてほしい”と話している。』

 
 と書かれていた部分。先ほども触れたが、これがそもそもの間違いで、「速度を落とす」だけで良かったはず。前方の見通しが悪いなら、ハイビームにするのではなく、その分速度を落とせ! でしかない。ハイビームにしなければ安全に走れないようなスピード、それこそが事故の誘因。ヘッドライト煌々と、に通じる思い違いだろう。


道路運送車両の保安基準
(昭和二十六年七月二十八日運輸省令第六十七号)
(最終改訂:平成二十四年十一月十六日国土交通省令第八十四号)

第二章 自動車の保安基準

(前部霧灯)
第三十三条  自動車の前面には、前部霧灯を備えることができる。
2  前部霧灯は、霧等により視界が制限されている場合において、自動車の前方を照らす照度を増加させ、かつ、その照射光線が他の交通を妨げないものとして、灯光の色、明るさ等に関し告示で定める基準に適合するものでなければならない。
3  前部霧灯は、その性能を損なわないように、かつ、取付位置、取付方法等に関し告示で定める基準に適合するように取り付けられなければならない。
4  自動車には、前部霧灯の照射方向の調節に係る性能等に関し告示で定める基準に適合する前部霧灯照射方向調節装置(前部霧灯の照射方向を自動車の乗車又は積載の状態に応じて鉛直方向に調節するための装置をいう。)を備えることができる。

(後部霧灯)
第三十七条の二  自動車の後面には、後部霧灯を備えることができる。
2  後部霧灯は、霧等により視界が制限されている場合において、自動車の後方にある他の交通からの視認性を向上させ、かつ、その照射光線が他の交通を妨げないものとして、灯光の色、明るさ等に関し告示で定める基準に適合するものでなければならない。
3  後部霧灯は、その性能を損なわないように、かつ、取付位置、取付方法等に関し告示で定める基準に適合するように取り付けられなければならない。

 
 技術的な内容は、「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」によって具体的に定められている。


(前部霧灯)
第一節第百二十一条 前部霧灯の灯光の色、明るさ等に関し、保安基準第三十三条第二項の告示で定める基準は、次の各号に掲げる基準とする。
一 前部霧灯の照射光線は、他の交通を妨げないものであること。
二 前部霧灯は、白色又は淡黄色であり、その全てが同一であること。
三 前部霧灯は、前各号に規定するほか、前条第二項第四号及び第五号の基準に準じたものであること。
※以下省略

(後部霧灯)
第二百七条 後部霧灯の灯光の色、明るさ等に関し、保安基準第三十七条の二第二項の告示で定める基準は、次の各号に掲げる基準とする。この場合において、後部霧灯の照明部の取り扱いは、別添九十四「灯火等の照明部、個数、取付位置等の測定方法(第二章第二節及び同章第三節関係)」によるものとする。
一 後部霧灯の照射光線は、他の交通を妨げないものであること。この場合において、その光源が、三十五W以下で照明部の大きさが百四十平方センチ以下であり、かつ、その機能が正常である後部霧灯は、この基準に適合するものとする。
二 後部霧灯の灯光の色は、赤色であること。
三 後部霧灯は、灯器が破損し又はレンズ面が著しく汚損しているものでないこと。
※以下省略

 
 この細目の告示で、前部霧灯は、同時に3個点灯しないように取り付けることとか、取り付けることが可能な具体的な位置、後部霧灯では、前照灯又は前部霧灯が点灯している場合にのみ点灯できる構造であること、ストップランプの照明部より100mm以上離れていること、作動状態が運転者に表示できる装置を備えていること(インジケーターランプ等)などなど細かく規定されている。
  
 このように装置としての規定は保安基準でキッチリ決められているものの、我が国では運用に関しての決まりがないことが問題だ(そちらは道交法の管轄になる)。
  
 本来の霧対策の装置として「備えることができる」というのと、「使いやすいから点ける」というのは根本的に違う。霧灯はあくまで安全の備えで、濃霧等によって視界が悪化した時に点灯するためのもの。それを、一般的に前部霧灯は前照灯よりもさらに左右に広い範囲への配光特性を持たせたレンズカットが行われていることから、あたかも補助前照灯として流用することを推奨するかのような解説を行っているクルマ関連のサイトがあったりするのは明らかに問題だろう。当たり前のようにバンパーに埋め込んでおきながら、「常時使うことは他車への迷惑です」と啓蒙することのないメーカーの責任もまたしかり。
  
 自分さえよけりゃいい。恥ずかしい世の中だ。
  
                   ※
    
 さて、今月も締めは困ったちゃん達の不祥事を。神奈川県警です。「バイクの英語」コラムでも、分かりにくい交通標識だったり不思議な信号機の解釈などを取り上げてますが、こちら横浜市の神奈川区では、指定方向外進行禁止の可変式標識の電源がたまたま落ちてしまって稼働していないことに気付かず、警察は“いつものノルマ稼ぎ場”と出動した現場で、固定式標識だけを頼りに取締りを行った結果、可変式標識の表示を正しいと思って、本来は通学路のため時間を限定して侵入を規制していた道へと入ってしまった25人の運転者に反則キップを切ったという。運転者には、標識は電源が落ちて正しい規制を表示していない、などとは分りようがないから当然可変式標識の内容を信じて進行したのに、異なる固定式標識を盾に取り締まられた。まさにだまし討ちだ。違反点数2点、反則金7千円と報じられていたから、通行禁止違反とされてしまったということだろう。
  
 間違いが発覚したのは、取り締まられた側の一市民が指摘したからというこれまた恥の上塗り。県警は25名に反則金の還付手続きを完了したというが、“取締りのための取締り”しかやっていないからこんなことに。取締り本来の意義を考えれば、まず取締りの前に標識のチェックをする、などわれわれ一般の社会では当たり前のことだ。
  
 警察は、毎日のように取締りにあたっているので、感覚が麻痺しているのではないか。取り締まられるということがどれほど精神的にも負担を与えるかなどに思いもよらなくなっているのだろう。善良な市民にとって違反で取り締まられるなど、何年に1回あるかないかの“大事件”。簡単に間違いでした、と謝られて済むような問題じゃない。この2点で免停などという状況の方がいたら、商売あがったりになって、自殺を考える人すら出たかもしれない。そこまで自分たちのやっていることの、ことの重大さを考えたことがあるのだろうか。
  
 人の一生をも左右するかもしれない警察官という仕事、サラリーマン気分で簡単に「あ、間違えた」などとミスを起こされたのではたまったもんじゃない。もっと己の職務を認識し、自己研鑽、そしてあくまで市民の側に立つ、という心がけを持って欲しいもの。
  
 無い物ねだりですか。
(小宮山幸雄)


小宮山幸雄小宮山幸雄

“雪ヶ谷時代”からMr.BIKEにかかわってきた団塊ライダー。本人いわく「ただ、だらだらとやって来ただけ…」。エンジンが付く乗り物なら、クルマ、バイクから軽飛行機、モーターボートとなんでも、の乗り物好き。「霞ヶ関」じゃない本物!?の「日本の埋蔵金」サイトを主宰する同姓同名人物は、“閼伽の本人”。 


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