MBHCC E-1
 西村 章

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スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社、はては欧州のバイク誌等にも幅広くMotoGP関連記事を寄稿するジャーナリスト。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマンスライディングテクニック』等。第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した『最後の王者 MotoGPライダー・青山博一の軌跡』は小学館から絶賛発売中(1680円)。
twitterアカウントは@akyranishimura

第67回 第7戦オランダGP「大聖堂-果てしなき世界」

 2013年第7戦ダッチTTは、おそらく今後もずっと語り継がれる一戦になるのだろう。何年かに一度は、そういうレースがある。虚構作品ではとうていなしえない、現実のできごとだからこそ観るものにもその重みと凄みが伝わる、そんな戦いの現場に居合わせることができて、しかもそのドラマを作りあげた当事者たちから直接に話を聞くことができるのだから、本当に取材者冥利に尽きる……なあんてことを、夏至直後の残照が翳る午後9時前のTTサーキット・アッセンのパドックでふと思ったのでありました。

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「自分のキャリアで、もっともスペシャルな勝利のひとつ」
 と、バレンティーノ・ロッシ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)はレース後に言った。前ヤマハ時代の2010年第15戦マレーシアGP(2010年10月10日)で優勝して以来、表彰台の頂点に立つのは993日ぶり。最高峰クラス79勝目から80勝目まで、彼の人生で初めて経験する<大空白期間>に、ようやくピリオドが打たれた。現在のアッセンは、数年前の大改修でかつての面影をほとんど消し去って、典型的な近代ヨーロピアンサーキットに変貌している。それでも、観客や会場の空気は、<TTウィーク>と呼ばれて様々なカテゴリのレースが続々と行われた時代の雰囲気をそこはかとなくとどめている感もある。それがおそらく、文化、ということなのだろう。
 このような伝統の場所で、2009年にはキャリア通算100勝を、そして今回のように2年9ヶ月ぶりの優勝を成し遂げてしまうという巡り合わせの強さはいったいなんなのだろう。あるいは、やることなすこと、一挙手一投足に観る側がいちいち強い印象を受け、勝手に関連づけて意味を見いだしてしまうだけなのかもしれない。だが、スーパースターというのは、おそらくそもそも、そういう存在なのだろう。
 いずれにせよ、この人がレースの中心にいるのといないのとでは、観客の盛り上がりも場の雰囲気もまるで違う。唯一無二の求心力を、今回はあらためて目の当たりにした。
 バレンティーノ・ロッシ、恐るべし。

バレンティーノ・ロッシ バレンティーノ・ロッシ
通算106勝。G・アゴスチーニの記録122勝まで、あと16。

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 恐るべし、といえば、ホルヘ・ロレンソ(ヤマハ・ファクトリー・レーシング)だ。
 レースウィーク初日の午後、フリープラクティス2回目にハイサイドを喫して大きくマシンから振り飛ばされ、左肩から着地。左鎖骨2箇所骨折との情報で、
「ちょうどボックスにいたときで、モニターで見ていた。ここまで完璧なシーズンでやってきたのに、とても残念だ。早く治してほしい。ホルヘはこのカテゴリーで現状最強の選手だし、チャンピオンシップには彼が必要なんだ」(M・マルケス)
「あの場所は、5速で少しバンクするところで、ライン上には水がけっこうあった。2戦連勝でとても乗れていたし、ペドロサまで7ポイントだったのに、残念だね。鎖骨骨折は軽い怪我ではないにしても、10日くらいで復帰できると思う。次のザクセンリンクは走れるんじゃないかな。1戦休むだけなら、失点も少なくてすむし、シーズンはまだ長い。ホルヘの幸運を祈りたい」(V・ロッシ)
 という選手たちのことばにもあるように、次戦のザクセンリンクまで欠場か、と当初は誰もが考えた。
 ロレンソは急遽バルセロナへ戻り、翌朝未明に2時間の手術を実施。骨折部分にプレートを挿入して8本のスクリューで固定し、その日午後の飛行機でアッセンへ戻ってきた。決勝日午前8時にはサーキットのメディカルセンターでチェックを受け、走行OKの許可がおりて午前9時40分から20分間のウォームアップ走行に参加した。このセッションで様子を見て、11時から再度の診断で、最終的に決勝レース参加に許可がおりた。
 レース前には本人も、「1、2ポイント獲れれば上々」と話しており、周囲も同様に考えていたようだが、決勝では序盤からオーバーテイクを繰り返して4番手に浮上。3番手を窺う様子も見せたものの、さすがに中盤周回以降は失速して前との距離が離れてしまった。それでも最後まで走りきり、5位でチェッカーを受けた姿に会場からは万雷の大喝采。ピットへ戻ってきた彼を迎えるチームスタッフも、拍手でその大健闘をねぎらった。
「今日の本当のヒーローは、ホルヘだよ。絶対に信じられない、とは言わないにしても、ほとんど信じられないようなことを成し遂げたのだから。彼が戻ってきて走ると聞いたとき、『自分ならできないかもしれないな』と思った。大きなクラッシュの後に手術をして、そのわずか一日後に高い水準でレースをするのは、ちょっとすごいよ。チャンピオンを獲得するために100%以上で全力を尽くす姿を披露したことは、とても重要だと思う」(V・ロッシ)
「ホルヘに大きな敬意を払いたい。誰もがビックリしたと思うよ。リスクを取ったにせよ、11ポイントを獲得したのだから。チャンピオンシップのためにこの11ポイントがどれほど貴重かということを、ホルヘはとてもよくわかっているんだ。本当に、敬意を払いたい」(M・マルケス)
「ホルヘが5位で終わったのは本当に喜ばしい。5位は、普通の選手なら上々のリザルトだよ。彼にパスされたライダーは戸惑っただろうね。自分自身も、ホルヘに抜かれたときは焦ったよ(笑)。しばらくの間、後ろについて走ったけど、まるでいつもと同じようにスムーズだった。ホルヘは序盤から速く、これは難しいレースになるぞと思ったけど、マルクもパスしてトップを狙っているようにも見えた。素晴らしい走りだったよ。最大限の賛辞を贈りたい。今回獲得したポイントは、シーズン後半にすごく効いてくるだろうね」(C・クラッチロー)
 表彰台を獲得した上記三選手のコメントは、ロレンソに対する最大級の賞賛といっていいだろう。
 当の本人はというと、レース後の表情はじつに穏やかで、左腕を吊った状態で語ることばも非常に落ち着いていた。困難な大業をやり抜いた達成感と、おそらくは自分に対する満足感、のようなものだろうか。
 2008年の中国GPなど、これまでにも何度か負傷を押して決勝を走った経験はあるものの、今回が最も苛酷だった、とロレンソはレースを振り返った。
「今日は体調がベストの状態ではなかったし、怪我をしていなければもっと速く走れただろう。でも、いつも言っているようにすでに起こってしまったことを変えることはできないのだから、前向きになったほうがいい、と思うんだ。この状況は自分がミスをして呼び込んだ結果なわけで、2、3ポイントでも取れればいいと思って決勝レースを走ることにした。可能な限り速やかに手術をして一日待ち、強い精神で完走を果たして失点を可能な限り少なく抑えることができた。チームにも自分のレース内容も、これ以上ないくらいうれしいし、誇りに思う」
 うん。今回は本当に、いいレースでした。

ホルヘ・ロレンソ ホルヘ・ロレンソ
まさに「鉄人」とよぶにふさわしい不屈の精神力。
M・マルケス C・クラッチロー ダニ
なにげに7戦中6表彰台。なにげに首位まで23点差。 今回は初PP獲得。多少の粗さもまた魅力のうち。 ランキング首位は死守したけれども……。
ドビ ヘイデン
この表情が、すべてを物語っております。
高橋 中上
明日はどっちだ……。 決勝日朝に左鎖骨骨折。手術は無事完了。
アッセン アッセン
じすいずだっちうぇざー。
アッセン アッセン
アッセン アッセン
蘭学事始。傘持姐始。
■第7戦 オランダGP

6月29日 TTサーキット・アッセン くもりのち晴
順位 No. ライダー チーム名 車両

1 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing YAMAHA
2 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team HONDA
3 #35 Cal Crutchlow Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
4 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team HONDA
5 #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing YAMAHA
6 #6 Stefan Bradl LCR Honda MotoGP HONDA
7 #19 Alvaro Bautista Go & Fun Honda Gresini HONDA
8 #41 Aleix Espargaro Power Electronics Aspar ART(CRT)
9 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 YAMAHA
10 #4 Andrea Dovizioso Ducati Team DUCATI
11 #69 Nicky Hayden Ducati Team DUCATI
12 #14 Randy De Puniet Power Electronics Aspar ART(CRT)
13 #29 Andrea Iannone Pramac Racing Team DUCATI
14 #51 Michele Pirro Ducati Test Team DUCATI
15 #17 Karel Abraham Cardion AB Motoracing ART(CRT)
16 #9 Danilo Petrucci Came IodaRacing Project Ioda-Suter(CRT)
17 #5 Colin Edwards NGM Mobile Forward Racing FTR-Kawasaki(CRT)
18 #71 Claudio Corti NGM Mobile Forward Racing FTR Kawasaki(CRT)
19 #68 Yonny Hernandez Paul Bird Motorsport ART(CRT)
20 #8 Hector Barbera Avintia Blusens FTR(CRT)
21 #67 Bryan Staring Go & Fun Honda Gresini FTR-HONDA(CRT)
22 #70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM(CRT)
23 #52 Lukas Pesek Came IodaRacing Project Ioda-Suter(CRT)
RT #52 Lukas Pesek Came IodaRacing Project IODA-SUTER(CRT)
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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