順逆無一文

第36回『超小型モビリティ』


 2011年10月25日の警察庁による「良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策の推進」という一大号令の元、車道に押し出されてしまった自転車。確かに歩道での対歩行者事故は減ったのだろうが、今度は車道の自転車が危ない。
 
 道路交通法という法律によってなんとか安全を保ってきていた車道に放り込まれた自転車乗りは、遵法意識などさらさら無く、そもそも道交法を知る機会がないのだから車道のルールなど知らなくて当たり前。道路の安全を保つ最低限のルールすら知らない自転車乗りがクルマや二輪と同居するようになってしまった。それでも自転車が関係する事故が一気に激増した、などという事態に陥っていないのは、ひとえに免許を持ったドライバー、ライダー側の注意努力のおかげだろう。いや自己防衛本能といってもいいかもしれない。誰だって、一方的に悪人にされてしまうのが目に見えている対自転車事故などご免だ。
 
 ちなみに現在でも自転車が合法的に歩道を通行できるケースがある。


■道路交通法 第六十三条の四 第一項
一 道路標識等により普通自転車が当該歩道を通行することができることとされているとき。
二 当該普通自転車の運転者が、児童、幼児その他の普通自転車により車道を通行することが危険であると認められるものとして政令で定める者であるとき。
三 前二号に掲げるもののほか、車道又は交通の状況に照らして当該普通自転車の通行の安全を確保するため当該普通自転車が歩道を通行することがやむを得ないと認められるとき。


 まあ使う側が都合良く解釈できてしまう、3番目の項目があるから、よほど歩道で目に余る迷惑な走行をしていない限り、歩道を走行してたからと即キップを切られることはないだろう。「ここの車道は危険だと思った!」と主張されれば無下にはできない。
 
 ただ法律上はそうでも、お上が「自転車は車道を走れ!」と決めて以降、多くの善良な国民は、我が身の危険を冒してでも車道を走るようになってしまった。車道を走るようになった今でも免許制を導入するでなし、道路交通の知識を教育するでなし。良くまあそんな状況のまま交通戦争とまで言われる危険な車道に追いやれたものだ。行き当たりばったりの交通施策、これまでも何度も警察はやってきたのだから今更驚くにはあたらないか。
 
 道路交通法では免許のいらない存在としている自転車だが、それでもまだまし。道路運送車両法などはもっと厳しい状況にある。というのも道路運送車両法では二輪の自転車などこの世に存在していないのと同じなのだから。


■道路運送車両法 (定義)第二条の四
4  この法律で「軽車両」とは、人力若しくは畜力により陸上を移動させることを目的として製作した用具で軌条若しくは架線を用いないもの又はこれにより牽引して陸上を移動させることを目的として製作した用具であつて、政令で定めるものをいう。

■道路運送車両法施行令 (軽車両の定義)第一条
道路運送車両法第二条第四項の軽車両は、馬車、牛車、馬そり、荷車、人力車、三輪自転車(側車付の二輪自転車を含む)及びリヤカーをいう。


 そう、二輪の自転車は、法の対象に含まれていないのです。道路運送車両法が作られた当初、二輪の自転車は物を運送する道具ではなく、自身を移動させるだけの補助具、程度としか認識されなかったからなのでしょうか。したがって道路運送車両法の保安基準に基づいて取り締まられる道交法の“整備不良”なども対象外ということになるわけですね。警察は定義すらない不確実な乗り物である自転車を、何の躊躇も疑問もなく、道交法の下で秩序を保っている道路に放り出したというわけです。教育する機会もなしにご都合主義で歩道から車道へ。万が一、今後自転車の事故が激増したら誰がどう責任を取るのでしょう。
 
 さて、そんな混乱の続く道路の左寄り車線をさらに混乱に陥れようかという存在がいよいよ登場しそうな気配。それは国交省が熱心に推進している“超小型モビリティ”です。
 
 最近は良く話題に上るようになってきたのでご存じの方も多いかと思いますが、「自動車よりコンパクトで小回りが利き、環境性能に優れ、地域の手軽な移動の足となる1人~2人乗り程度の車両」「導入・普及により、CO2の減少のみならず、観光・地域振興、都市や地域の新たな交通手段、高齢者や子育て世代の移動支援等の多くの副次的便益が期待される」と国交省が肝いりでバックアップしてきた新たな種類の乗り物だ。
 
 2012年6月の「超小型モビリティ導入に向けたガイドライン」発表に続き、今年1月には「超小型モビリティの認定制度について」と、いよいよ公道走行を可能とする認定制度が策定されるところまできている。


(1)対象とする超小型モビリティ

以下の要件を全て満たすものを認定制度の対象とする。

① 長さ、幅及び高さがそれぞれ軽自動車の規格内のもの
② 乗車定員2人以下のもの(2個の年少者用補助乗車装置を取り付けたものにあっては、3人以下)
③ 定格出力8キロワット以下(内燃機関の場合は125cc以下)のもの
④ 高速道路等※1を運行せず、地方公共団体等によって交通の安全と円滑を図るための措置を講じた場所において運行するもの

※1 道路法(昭和27年法律第百八十号)第四十八条の四に規定する自動車専用道路、高速自動車国道法(昭和32年法律第七十九号)第四条一項に規定する高速自動車国道及び道路交通法(昭和35年法律第百五号)第二十二条第一項の規定により定められている最高速度60km/h超の道路

(2)超小型モビリティの基準緩和項目

【基準緩和の概要】
① 高速道路等を走行せず、地方公共団体等によって交通の安全と円滑を図るための措置を講じた場所において運行することを条件に、一部基準の適用除外が可能
② 二輪自動車の特性を持つ車幅1300mm以下のものについては、灯火器等について二輪自動車の基準を適用可能
③ 自動車の最高速度が、その設計上又は速度抑制装置等の装備により30キロメートル毎時以下であるものについては、衝突安全性に関する基準の適用除外が可能等

【その他、安全性向上のための要件等】
① 電気自動車等については、歩行者等に当該車両の接近を知らせる車両接近通報装置の装備義務付け
② 車両の前後面にそれぞれ基準緩和マークの表示義務付け
③ 運転者に対する速度警報装置、衝突警報等、事故防止に繋がる装置の装備の推奨


 ちなみに現在の軽自動車のサイズは、全長3,400mm×全幅1,480mm×全高2,000mm。(2)に出てくる幅1,300mmというのは、原付(原動機付自転車)の最大サイズである全長2,500mm×全幅1,300mm×全高2,000mmからきている数値で、原付三輪車を意識したものとなっている。
 
 原付三輪車の話題が出たので、ここら辺にも触れておこう。原付(総排気量50cc以下、定格出力0.6kW以下)のエンジン、又はモーター等を利用して三輪とした乗り物で、まさに超小型モビリティのご先祖様と呼べる乗り物だ。
 
 原付三輪車については、1990年12月6日総理府告示第四十八号で基準が定められている。道路交通法施行規則第一条の二における「内閣総理大臣が指定する三輪以上のもの」はさらに以下の要件を満たすものであり、それ以外はミニカーとなる。
「車室を備えず、かつ、輪距(二以上の輪距を有する車にあつては、その輪距のうち最大のもの)が0.05メートル以下である三輪の車及び側面が構造上開放されている車室を備え、かつ、輪距が0.05メートル以下である三輪の車」(1991年1月1日施行)
 
 ポイントは輪距(トレッド)と車室の有無で、輪距が50cm以内に収まっていて、車室がなけれな原付三輪車、輪距50cm以下でも、車室がある三輪車(車室があっても側面が構造上開放されている「屋根付き三輪車」は原付三輪車)、四輪車はミニカーの分類となる。身近なモデルでいえば、ジャイロXやジャイロアップ、ロードフォックスなどは原付三輪車で、ジャイロキャノピーは屋根付きの原付三輪車。
 
 ではミニカーとは、だが、輪距が50cm以上ある三輪、四輪で、排気量は20cc以上、50cc以下。但し車体寸法は原付のサイズである、全長2,500mm×全幅1,300mm×全高2,000mmを超えることはできないというもの。
 
 なぜこんなややこしいことになったかといえば、ミニカーであれば道交法上は自動車に分類され、法定速度60km/h、ヘルメット着用が義務ではなくなり、2段階右折等原付の制約も無くなる、などの利点から法の隙間を狙ったへそ曲がり、いや頭の良い方がいた、ということでしょう。まあ、普通免許(AT限定含む)が必要になるっていうデメリットもあるにはあるのだが。原付三輪車の輪距をスペーサーなどでちょちょいと50cm以上に広げるだけでこんなに処遇が違ってしまうなどということは、やはり法には限界もあれば裏道もあるという証しですね。
 
 話が大幅にずれました。道路の左車線、それも市街地など歩道と車道の区分けのない裏道ではさらにもう一つ「歩行補助用具」、または「電動シルバーカート」「電動カート」「シニアカー」などと呼ばれる乗り物も走ってますね。
 
 単純に「シルバーカー」と呼んでしまうと、そちらは足腰の衰えた後期高齢者の皆さんが買い物などに使う手押し車の事。「歩行車」、「老人車」とも呼ばれてるシロモノと間違えてしまいます。
 
 電動シルバーカートは、高齢者向けに作られた三輪または四輪の一人乗りの電動車両(バッテリーカー)だ。道路交通法では、電動シルバーカートは「乗り物」ではなく、歩行者の扱いで、車道ではなく歩道を通行することとなっている。ただし先に触れたとおり狭い日本の裏道では歩車道の区別などなく申し訳程度に白線が一本引いてあるだけのところが多い。さすがに警察もこれを車道にはじき出すなんてことはしないだろうが、逆に歩道と車道がきっちり分けられているのに、障害物が多いからなのか、車道を走っているお年寄りがいて危ない思いをすることがありますね。
 
 電動車いすを製造していたスズキが、ゲートボールのコートまでの移動手段などとして発売したものが始まりだそうです(Wikiペディアより)。ちなみにサイズは道路交通法施行規則第一条「原動機を用いる歩行補助車等」で、全長1,200mm×全幅700mm×全高1,090mm、最高速度6km/hを超えないこと、などの基準が定まっています。スズキの「セニアカー」ほか、ホンダでも「モンパル」ブランドで販売していますね。
 
 あれこれと話が道路の左車線の住民の話題に広がってしまったのですが、ここからが本題です。
 
 国交省が異常なほど(!?)力を入れてきている“超小型モビリティ”の導入。「すでに我が国には、軽自動車というとても便利で日本の道路事情にあったモビリティがあるじゃないか」、「その軽自動車ですらアメリカなどから参入障害、輸入障壁だの何だのと批判を受けているのに、さらに“ガラパゴス・モビリティ”など作る必要があるのか」等々の批判やイロイロな問題が噴出しているのも事実。まあ、そこら辺はまた別の機会があったらその時に触れるとして、ここではこの施策に関連して導入されるという自治体の支援施策のひとつに「駐車空間の整備」が盛り込まれている点に注目しておきたい。
 
 新しい交通システムを導入するなら、利用環境を調査検討、整備した上で推進しなければならないのは当然ですね。で、国交省の資料「環境対応車普及による低炭素まちづくりに向けて 超小型モビリティ」では、


(2) 超小型モビリティに適した駐車空間

○超小型モビリティは、既存の自動車よりコンパクトなことが特徴の一つである。このため、超小型モビリティの駐車空間は、既存の駐車空間よりもコンパクトなものとすることが可能であり、まちなかの買い物等の回遊性向上や土地の有効活用の観点からも適当である。

○実証実験においては、導入された超小型モビリティの寸法をベースに駐車ますの大きさの検証や既存の駐車空間、小規模の未利用スペースを利活用した事例検証を行った。こういった事例を参考とし、超小型モビリティに適した駐車空間の検討が求められる。

1) 駐車空間の望ましい大きさ
・駐車マスの大きさは、道路付属物としての駐車場を整備するにあたっての指針である「駐車場設計・施工指針 同解説(平成4 年道企発第40 号)において設計対象車両に応じた大きさが示されており、当該大きさ以上とすることが求められている。同指針の解説(平成4年11月社団法人 日本道路協会)によれば、当該大きさは、「軽自動車、小型乗用車および普通乗用車に対しては、設計対象車両の寸法に長さ方向に30~40cm、幅に50~60cm を加えた値」との考え方示されている。
・仮に、今回の実証実験で使用した車両(NISSAN New Mobility CONCEPT)の寸法(2.34m×1.19m)に上記の考え方を適用し、長さ2.64m、幅員1.69m となり、軽自動車ます(3.60×2.00m)に比べて約62%の大きさとなる。なお、実証実験では、長さ方向に30cm、幅員50cmの空間を確保することで駐車は可能であった。
・車路幅の大きさは、以下の通り基準が示されている。
① 「駐車場法」(技術的基準の対象となる路外駐車場) 5.5m(一方通行の車路3.5m)
② 「駐車場設計・施工指針」軽自動車、小型乗用車及び普通自動車については、やむを得ない場合は5.5m(歩行者用通路があり、車路が一方通行の場合は5.0m)。
当該幅員は、「90°後退駐車の場合の実験により得られた結果を参考にして規定した」との考え方が解説に示されている。


 いやに具体的だが、それもそのはず、地方自治体の協力を得てこれらの駐車空間を整備していこうというのだ。目新しもの好きなお役人さんとしては、話題になりそう、自分たちの存在価値を示めせそう、といったものにはすぐに飛びつく一方で、今更で自分たちの実績となったり関与する部分がほとんど無いから、とバイクの駐車問題にはまったく無関心。それもあって、今や都市部のバイクの利便性は駐車場問題によって完膚無きまでに壊滅状態に追い込まれている。
 
 迷惑駐車問題が起きていたのは重々承知です。しかし、それを排除するだけならそれら迷惑駐車を個々に厳しく取締りさえすれば解決できたはず。また、迷惑駐車じゃなくても、今後はバイクもきっちり駐車場を利用させるようにしていきたい、というのであれば、まずはクルマ並みとまでは行かなくても、せめてその十分の一でも駐車場の整備を行ってから違法駐車の取締りを開始するのが筋だったはず。それを駐車場の整備などには思いもよらず、ある日突然十把一絡げの駐車違反の取締りをするなど、どこかのファシスト政権の暴挙か、納税者に対する裏切り行為。“超小型モビリティ”を導入するなら、まずはエコな乗り物の大先輩であるバイクの駐車問題をきっちり解決してからにしてもらおう。それまで街と共存していたバイクの環境を完全に破壊するなど、まっとうな人間の所業じゃない。
 
“超小型モビリティ”で最終的に誰が得をするのか、誰の顔が立つのか、などなど一向に興味はないが、「お祭り騒ぎで導入しました、交通の邪魔になって結局は普及しませんでした」で終わる可能性もある“超小型モビリティ”なんぞのために駐車場の整備ができるぐらいなら、同時にバイクの駐車場もきっちり整備してもらおう、だ。
 
 それにしても、環境に優しく利便性が高く、市民の足の代表ともいえる二輪車や、軽自動車という立派な近距離モビリティの大先輩がいるのに、何故わざわざ交通混雑の元となるような“お荷物モビリティ”を導入しなくてはならないのでしょうか。作る側の方々が強力に推進する、というのは当然ですが、国民全体の利益を考えるべきお役人さんたちまで浮かれたようにのめり込んでいるのはいったいどうしたのでしょう。
 
「2010年度から各地で実証実験を行い、その結果8割の人が利用したいと答えていること、高齢者の外出機会や観光地での回遊性が向上したこと、購入費や維持費は6割の人が80万円以下を期待している」(国交省自動車局技術政策課)だそうですが、実際に身の回りでそんな回答をした方はいますか?
 
 まあ、問題の多い都市部のモビリティとしては疑問符が付いてしまう気もしますが、国交省のメンツもある以上今後も推進はして行くのでしょうから、“超小型モビリティ”の導入は二輪車用の駐車場整備を必ずセットにして対応してもらいましょう。この点だけは、声を大にして訴えていきたいと思います。メーカーの皆様もそこの所よろしくお願いいたします。
 
(小宮山幸雄)


小宮山幸雄小宮山幸雄

“雪ヶ谷時代”からMr.BIKEにかかわってきた団塊ライダー。本人いわく「ただ、だらだらとやって来ただけ…」。エンジンが付く乗り物なら、クルマ、バイクから軽飛行機、モーターボートとなんでも、の乗り物好き。「霞ヶ関」じゃない本物!?の「日本の埋蔵金」サイトを主宰する同姓同名人物は、“閼伽の本人”。 


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