幻立喰・ソ

第38回 
「出逢いは偶然に。普通盛りが大盛に。別れは突然に」

 1996年5月4日。よく晴れた土曜日の午後。私は有頂天でした。ポッケには天文学的数字の札束が収まっていました。ウソです。天文学的数字の札束がポケットに収まるわけがありません。京(=けい。10の16乗)とか垓(=がい。10の20乗)あたりは解るような気もしますが、那由他(=なゆた。10の60乗)、不可思議(=ふかしぎ。10の64乗)、無量大数(=むりょうたいすう。10の68乗)あたりはもう宗教的なエッセンスさえ感じます。のっけから何の話をしているのかさっぱりわかりませんが、口喧嘩時「ぜって〜だな、いくら賭ける?」と言われたら「那由他!」と叫びましょう。かなり危ない(人)の匂いが、いきり立った相手の気勢を削ぐことでしょう。

 東京競馬場のメインレースはテレビ東京杯青葉賞(G3)でした。8番人気のマウンテンストーンと5番人気のカシマドリームが来て馬連は9800円(100円が9800円に化ける)。万馬券(100円が1万円オーバー)には一歩届きませんでしたが、珍しく特券(1000円券。現在は死語)を買ったので、私のギャンブル人生で上位なあぶく銭がポケットに入ったのです。

 どうやって高配当馬券を当てたのか。実は必勝法があるのです。特別アナタだけにお教えましょう。
 レース名を見てください。冠スポンサーがテレビ東京です。つまり12チャンネル。ということは! 12番のマウンテンストーンで決まりす。
 こういうふざけた買い方で当てると理論的にやっている人にぶん殴られますが、2002年から中京競馬場で開催されている名鉄杯の第一回もこれで当てました。名鉄電車のシンボルカラーは赤。ということは赤の3枠(1枠白、2枠黒、3枠赤、4枠青、5枠黄、6枠緑、7枠橙、8枠桃と色が決まっている)でいいじゃん! 結果は枠連3-8で17800円という高配当(ただし100円しか買っていませんでしたが)。このレース、2002年から今年まで行なわれた11回(2011年は中京競馬場が改修工事で中止)のうち、3枠がらみの決着が6回もあるんです。バカにできないでしょ。来年の名鉄杯、3枠で勝負してみますか? 


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肝心の当たり馬券は換金しちゃったのでありません。律儀な私はその後も件の二頭を追い続けましたが、柳の下に二匹目のどじょうはそうそういるものではございません。おかげで馬券はたくさん残っています。

 大手私鉄の冠競争、中央競馬では京王杯、京阪杯、京成杯、阪急杯があります。競馬場近辺に駅があるからでしょうか。イメージカラーは、京王が白(人によっては緑)、京阪は赤と橙(人によっては緑と薄緑)です。阪急はマルーンなので枠色がありませんし、京成に至っては何色なのか誰も解りません。
 テレビ局系は、NHKマイルカップ(さすが天下のNHKだけあって最格上のG1レース)、フジテレビ賞スプリングステークス、キー局以外にも千葉テレ杯、テレ玉杯、TVK賞など多数あります。これも競馬中継をしている局ばかりです。各賞のチャンネルと勝利の因果関係はめんどくさいので調べていません。ひょっとして大儲けのヒントが……あったりなかったりラジバンダリ。
 そうそう、肝心なこと忘れていました。青葉賞はあれ以来一度も12番が勝っていません。あははは……ダメじゃん、オレの必勝法……しかし、12チャンネルから7チャンネルに移行した翌年の2012年は7番が優勝しています。しまった! 買わなかった。


京王

京成

名鉄

阪急

京阪
東京競馬場へは京王の府中競馬場正門前駅。中山競馬場へは京成の東中山駅。中京競馬場へは名鉄の中京競馬場前駅。京都競馬場へは京阪の淀駅。阪神競馬場へは阪急の仁川駅(マッカーサーが上陸した「じんせん」ではなく「にかわ」)の各駅で。ちなみに阪神競馬場は阪神電車では行けません。他の札幌競馬場はJR、函館競馬場は市電、福島競馬場と新潟競馬場はバス、小倉競馬場はモノレールでどうぞ。(撮影日は2005年〜)

 馬と鉄のヨタ話ばっかり。バイクのバの字どころか(これは日常茶飯事)、肝心のソバもまだ出ていません。さて、どうやってソ話につなげていくのでしょう? 

「ちょっと前のソ○トバンクと掛けまして、今回のお話と解きます。その心は? なかなかつながりません」

 あの日はちょっとした事情(無駄に長くなるので割愛)で南武線武蔵溝の口駅で降りました。事情を済ませ(情事だったらよかったのに)話に聞いていた昔ながらというか、垢抜けた闇市みたいな(闇市に行ったことはありませんが)、怪しい雰囲気のアーケードに向かいました。そこで、すすけた看板の立喰・ソを発見したのです。土曜はお休みなのか、時間が遅かったからか、残念ながらその日に味わうことは出来ませんでしたが、立喰・ソ情報は足と感に頼っていた当時、未訪問店を見つけたあの嬉しさは今では味わえません。とか言いながらも再訪したのは6年後、スペースシャトルが爆発した2003年の2月でした。

 すすけたステキ看板、店頭には段ボールの山、への字型にしなったのれん、そして筆書きの見事なお品書きと、絵に描いたような怪しさ満開の立喰・ソでした。お隣の昭和的洋食屋さんもかなりそそられましたが初心貫徹。戸口に貼られた見事なお品書きを見れば、かけそば250円。安い部類ですが驚くほどではありません。小盛230円とありました。大盛はよくありますが小盛りは珍しい、と薄暗い店内に入りやさしそうなおやっさんにたぬきそばを注文しました。待つこと30秒くらい、出てきたソにたまげました。おやっさん、これ大盛じゃないですか? と心の中で叫びつつ、となりの兄さんに出てきたソも同じ。明らかに1.5玉〜2玉分はありそうなこれが七福標準仕様だったのです。小盛の存在理由が一瞬で理解できました。250円で大盛相当ですからサプライズプライスです。


七福

七福
一見さんや婦女子は入店をためらうステキなたたずまい。おとなりのレストランも安くてうまいと有名だったようですが、入らずじまいになってしまいました。(2003年2月撮影) 七福のたぬきそば300円。へっぽこ写真ではなかなか伝わらないとは思いますがソが多くてびっくりぎょうてん。味? そんなものは問題じゃないんだ!(2003年2月撮影)

 外観よ〜し、値段よ〜し、おやっさんよ〜し、味は……まあ、いいじゃないですか細かいことは。こんなステキな七福があった溝の口駅西口商店街は今もあります。あるのですが、かつての怪しすぎる雰囲気はもうありませんし、このコラムで実名ですからら七福もありません。
 なんと2007年早朝に起きた不審火(いわゆる放火でしょう)で半分くらいが焼けてしまったのです。焼けた半分側に七福があったのです。商店街の復活を望む声はたいへん多かったのですが、元々あの場所は市有地の水路の上にあり、法律上の問題やら、大人の諸事情もあって復活は叶いませんでした。

 一期一会、七福とはあの一杯のたぬきそばが今生の別れになりました。

 そのうち行けばいいや。そのうちやればいいや。そのうち、そのうちと先延ばししていると……孝行したいときに親はなし。を始めとして、航行したいときに船はなし。高校したときに高校はなし。後攻したいときに先攻になる。煌々したいときに煌々できない。などなど後悔系統は枚挙に暇がございません。後悔は先にも役にも立ちません。立喰・ソと幻立喰・ソの境界線は紙一重。だから、今日できることは明日でも出来るかもしれないけれど、できなくなるかもしれない。という至極当たり前のお話でした。


七福

七福
その7年後事情があって行きました。こうして見ると昔と変わらないようにもみえますが。(2011年10月撮影) 跡地はきれいさっぱり整理され痕跡はありません。どこにあったのか見当がつきません。(2011年10月撮影)

■立喰・ソNEWS

●愛すべきIYの無謀なセール

 立喰・ソ激戦区の日暮里で24時間戦い続けるIY。かき、ブロッコリー、ゴーヤなどの珍しい季節物天や半分サイズ、価格も半分の半分天など種類の多い天ぷらと激安価格、さらに一見さんにもやさしいおやっさん&おばちゃんの魅力で熱狂的支持者が多い名店です。夜中でもせっせと天ぷらを揚げ続けるおやっさんは立喰・ソを愛して止まない方で、お客さんの要望に熱心に耳を傾けており、お客様の声的な紙が本店店内に耳なし芳一状態で貼ってあります。感謝とリクエストがメインですが、中にはこんなに安くてしかもネギ入れ放題なのによくもまあここまでアホウなことを書けるものだ。何様のつもりだバカヤロウ! という噴麺物もあったりします。それでもおやっさんはひとつひとつに生真面目な回答しています(とはいえ、ブチ切れ寸前みたいな回答もあって楽しめます)。
 そのIYが、そば駒喪失(第35回参照)でテンションDADA下がりと噂の駒込に支店を出しました。それもあってか「伝えきれないたくさんの感謝を込めて 5周年お礼 6日間 そばうどん無料!」セールというとんでもない企画をやっていたと、全ソ連唯一の会員AB君から報告がありました。
 意味がわかりますか? そば、うどんが無料です。しかも6日間も。事情を知らないお客さんが「たぬきそば」と注文すると「はい50円です」「えっ!?」「かくかくしかじかで、揚げ玉の50円だけ頂きます」「いやいやいや、そんな申し訳ない、では卵もいれていただけますか……」というような天国絵図(無論地獄絵図の逆)だったとか。そりゃそうでしょう。これがホントの一杯のかけそば。心温まるお話ですね。まあ、冒頭で紹介したような、おつむの弱いぼうやや、殿様気取りのおとっちゃまくんもいたでしょうが。AB君と内縁状態の細君は普段は危険すぎて封印している天ぷら3つ乗せで側面支援したそうです。おやっさん、あまり無茶はしないでください。とAB君からの報告でした。ところでAB君、写真はどうした。何? 天ぷら3つに圧倒され撮り忘れた? もうちょっとマシな言い訳を考えなさい。


ゲソ天

店内

自家製天ぷらは種類豊富です。好みが大きく分かれる紅しょうが天もあります。写真は一番人気のゲソす。IYにも小盛はありますが七福とは異なり正真正銘の小盛です。雑然とした店内ですが女性客も結構多いですから。

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●七福のおつゆのごとく愛溢るる1冊

第28回でもお伝えしたように立喰・ソ本が数多く出版され喜ばしい限りです。また仲間が加わりました。題して「ちょっとそばでも」。立喰・ソにぴったりのいいタイトルです。立喰・ソの分析、店舗紹介がメインで、「へ〜そうだったのか」の連続である解析分析ページの関連略年譜は8世紀! から今年までの出来事が。略年譜にしても8世紀って平安時代とかですよ。さらに1店あたり2ページで100店も紹介しているのに、写真は店1枚だけでソは全くなし。なのに行きたくなる食べたくなるのは、店頭から漂うダシ薫のごとく、むせかえるような立喰・ソ愛(特に店と人への)が溢れているからです。ツルゲーネフも田山花袋もびっくり、これはもう純立喰・ソ文学(文学じゃないけど)とでもいいましょうか。読んでなにも感じなかったら、愛が足りない証です。素晴らし本に感謝感激です。坂崎仁紀著 廣済堂出版 952円+税


ちょっとそばでも

バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べただけではたいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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