日本では今のところ誰も積極的に取り上げている様子はないけれど、世界では今、「カフェレーサー」が大変な盛り上がりを見せています。そもそもカフェレーサーって何でしょう。
発祥はやっぱりイギリスでしょう。エースカフェやタナップボーイズ、ノースサーキュラーなんていう言葉は日本のエンスージアストもご存知のことかと思います。トライアンフが世界最高性能を誇り、それにうちまたがった若者は世界中の自由を独り占めしたような高揚感を得ていたことでしょう。クルマなんて相手にならない加速力、自らチューンしてますます速くなるマシン、仲間との公道レース、そしてカフェで溜まって紅茶を飲む。これがカフェレーサーのルーツであると筆者は認識しています。
ロッカーズ、などという言葉は今やノスタルジーで語られ、ロックンロールを愛する人たちだったとか、皮ジャンを着て悪ぶっていた人たちだとか、そんな印象も強いかもしれませんが、そもそもロッカーズの語源はロックンロールではなくロッカーアームだったのではないかと思いますよ。ボアアップや面研、ハイカムや、ロッカーアームを含む各部の鏡面加工などマシンのチューニングに勤しんでいたロッカーズ連中はそもそも走り屋集団であり、モッズとケンカに明け暮れたのは後のハナシではないでしょうか。
ロッカーアームを磨き、公道レースで命を揺らす(ロックさせる)彼らが乗るバイク、これがカフェレーサーでしょう。ロッカーズがいつしか反逆的な暴走族的な認識へと変わってしまったようですが、彼らの乗っていたカフェレーサーは当時の文化として今、改めて注目されているように思います。
さてそのカフェレーサーですが、定義はなかなか難しいかと思います。流行ってしまうと何でも「それっぽい」だけでよしとされてしまいますが、基本的にカフェレーサーは速さを求めたものでなければいけないと思います。これによりハンドルはレーサーを意識したようなセパハン、当然タンデムなんてしないためシングルシート、軽さを求めて不要なものは全て外したスカスカのスタイリングで、さらにスピードを求める人はハーフカウル(ロケットタイプ)を装着することもあるでしょう。また現代の速さの認識には直結しませんが、細身のスポークホイール(径は18インチか19インチ)も当時の雰囲気かと思います。
当時愛されていたのはトライアンフやノートン、BSAといった英車だったわけですが、中でもとりわけトライアンフの650ツインキャブが人気だったようです。BSAやノートンの500㏄シングルではトラのツインを相手にするのは厳しかったでしょう。レースの世界ではノートンのフレームにトライアンフのエンジンを積む、などということも一般的だったので、当時のトライアンフエンジンは一歩ぬきんでていたと考えられます。エンフィールドはコンロッドの大端が焼き付くことが多かったようで人気勢力ではなかったと聞いています。
このように、カフェレーサーの中でも決まった車種はなく、どれもカスタムやチューニングを施した上で似たようなスタイリングになっていって、このスタイルを「カフェレーサー」と呼ぶようになったのではないでしょうか。
ではエンジンの実力ではトライアンフがトップだったと仮定して、しかしトライアンフ一色にならなかったのはやはり各々のこだわりや思い入れがあったからだと思われます。ここら辺が現在のバイク事情とはちょっと違った風情なのではないかと感じています。現在は速さを求めた場合、結局同一車種や同一銘柄タイヤに集中してしまう風潮にあるように思います。しかし彼らは絶対的な速さよりも大切にしたいものがあったわけです。現在の絶版車人気でこだわりの絶版車に乗るライダーに共通するところもあるかもしれません。
素敵だったのは、仲間が必ずしも速くない、もしくは魅力的でもないようなバイクを乗っていても、決してそれを見下すようなことがなかったことだと言われています。ここで今回の英語Not my cup of tea が出てきます。
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カフェレーサーというと、なぜだかコーヒーを連想する人が多いような気がする。しかしこの文化がロンドンの発祥であることを考えた時、コーヒーであるわけがない。そもそもイギリスでまともなコーヒーが飲めるようになったのはここ10年ほどといってもいい。スターバックスが上陸するまでは、イギリス人はコーヒーと麦茶の違いもわからなかったのだ。
諸説あるかとは思うが、まだまだまともなコーヒーがなかったイギリスでカフェレーサーを愛するロッカーズ達がカフェで飲んでいたのは、間違いなく紅茶であろう。これに加え、温かいアップルパイにアイスクリームとシナモンを添えたもの、クリームスコーン、ルバーブクランブルとカスタードなど、紅茶にはつきものの各種甘味も満喫していたに違いない。
イギリスの食事がおいしくないというのは各意見があるが、少なくともデザートについてはとても優秀であり、あまり語られることはないが紅茶と合わせてイギリスの文化形成に大切なものである。
さて紅茶だが、イギリスは紅茶のブランドにこだわることはまれで多くの場合一般的なブレンド茶葉を使っている。しかし紅茶の淹れ方にはうるさい人が多く、お湯は完全に沸騰していなければいけない、ティーポットはあらかじめ温められていなければいけない、カップには先にミルクを入れていなければいけない、など、細かなこだわりや好みが存在する。
ロッカーたちもそれぞれこだわりの紅茶を当たり前のように飲んでいたのだが、だからこそ紅茶にまつわる言い回しは多い。今回のNot my cup of tea とは、やんわりと「特に意味はないけれど、僕の好みじゃないな」と言うときに使う言葉。例えばエンフィールドに乗るライダーが仲間にトライアンフを進められた場合、Not my cup of tea と言えばそれは「トライアンフが良いとわかった上で、でも俺はこれでいいんだ」というニュアンスの断り方となる。この場合、断る理由を必ずしも話したくはない、という気持ちも含まれているため、勧めた方はしつこく追及するのはジェントルマンシップに反する。
例えば誰かが突然MVアグスタで乗り付けたとしよう。しかもとても速い。しかしロッカーたちの多くはその速さや性能を認めたうえでNot my cup of tea と言うだろう。心の中では「そんな外車を認めるわけにはいかない」という気持ちもあるかもしれないし「4気筒は反則だろう」という気持ちもあるかもしれない。しかしそういった失礼はぐっと飲み込み、僕の好みの紅茶ではないな、とサラリと言うことで誰も傷つけないのだ。
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