BMW

 西地中海に浮かぶマヨルカ島。BMWがここをS1000Rの試乗コースとして選んだのは大正解だった。とにかくライディングを心底楽しめる道が揃っていた。12月上旬にもかかわらず、海岸線では20度近い気温だった。しかし、一歩山の中に入り込むとぐっと冷え込み、一桁台へと下がる。山というより巨大な岩の塊というイメージの場所に入り込む道。それは自然の地形に抗うことなく敷かれた道だった。ブラインドの先を予測するが、外れることも少なくない。実に難しい道だ。岩山は保水力を持たないと見え、数日前の雨が路面へと滲み出す。夜霧が濡らした路面がそのまま濡れている日陰もあり実にワイルドだ。

 しかも、石灰質の白い小石を練り込んだグレーの舗装はドライでもミューが低く、ただでさえ滑りやすいときている。

 それでもS1000Rは気持ちに水を差すことなく乗り手のテンションを見事に保ってくれるバイクだ。すごい。面白い。やめられない。そんな一体感に包まれて、すでに何十分も走り続けている。

 
ロードスターの作り方。

 BMWはネイキッドセグメントのバイクに、“ロードスター”という呼称を与えている。そのファミリーは、(1)BMW入門編だけど乗ると想像を超える満足感を持つ並列ツインのF800R、(2)伝統のボクサーエンジンにテレレバー、パラレバーという独自の懸架方式を持つR1200R、(3)隼、ZZRなど国産メガスポーツも意識した前傾シリンダー高出力エンジン、デュオレバー、パラレバーというBMWのユニークさをふんだんにちりばめたK1300R。

 そしてここに加わったS1000Rは、スーパーバイクを持つメーカーならバリエーションとして加えるストリートファイター的存在である。だが、そこに振りかけたスパイスは、やっぱりBMWという丁寧で走りに拘った質の高さが随所に見られる点に注目なのだ。

 S1000RRのネイキッドバージョンである由来はあちこちにある。シャーシ、エンジンなどの主要パーツを共用し、そこにBMWのロードスターらしいセッティングを与えているのだ。

 エンジンの特性は、最大トルク118Nm/9,250rpm、最大出力118kW(160ps)/11,000rpm。これは118Nm/9,750rpm、143kW(193ps)/13,000rpmというサーキットスペックのS1000RRと比較すると物足りなくも見えるが、現実的には、路上最強クラスといって過言ではない数値である。S1000Rのそれは、路上、峠を楽しむために向けたもので、2,000rpmから7,500rpmの間でS1000RRよりも常に5~10Nmほど強いトルクを生み出し、馬力も2,000rpmから9,500rpmあたりで、常にS1000RRよりも同一回転数であれば太い馬力を生むように躾けられたことが、性能曲線から読み取ることが出来る。

 シャーシはS1000RRと比較すると、キャスターアングルが0.8度増し、トレール量を5mm伸ばした98.5mm。ホイールベースは22mm延長された1,439mmとなっている。アルミ製のガソリンタンクなどを備えるのはS1000RR同様で、満タン時の車重は207kgと発表されている。

 兄弟分のK1300Rが127kW(173ps)/9,250rpm、140Nm/8,250rpm、F800Rは最高出力64kW(87ps)/8,000rpm、86Nm/6,000rpmとなるが、K1300Rは258kgのウエイトがあり、F800Rは204kgとS1000Rに対し、大きな差とはならない。つまり“F800R並みに軽い車体に、K1300R並みのパワーを押し込んだバイク”と評することもできる。

 スペックはもちろん、ポジション造りでも相当に力がこもっている。ハンドルバーは程よい幅や絞り角で、ワイドで直線的なストリートファイター的な匂いもさせつつ、乗りやすさを重視した絶妙なもの。ステップ周りは、ライダー、パッセンジャー用ともロードスターらしい位置へと見直しが行われ、シートの厚みも専用で、“RRからカウルを取っただけ”という手抜きはどこにもない。 

 スタイルも、S1000RRのネイキッドバージョンであることを主張しつつも、シートカウルなど巧くイメージを持たせながら小型化した専用設計となっている。デザイナーは「より小さな水着を着せた」という表現を使ったが、なるほど、ボリュームのあるアルミツインスパーフレームとスーパーバイク譲りの前傾エンジンが造る体躯をゴージャスに演出している。

前下がりトーンのウエッジシェイプが印象的なS1000R。タンク、エンジンのボリュームが大きく、後部に行くほど薄く細くなる。また、存在感のある太いサイレンサーが低い所に質量感を集めているのが解る。
左右非対称デザインはBMWの特徴となりつつある。LO/HI のライトの配置もS1000RRとは逆。細かい所も抜かりなし。テールランプは共通でイメージをRRと近づけながら、全く別物を造る力の入れようが凄い。

 
オプションで広げられる可能性。

 試乗前夜に行われた技術プレゼンテーションでは、BMW社内でKシリーズとSシリーズを統括するベルント・シューラーさんと、プロダクトマネージャーを務めたマルクス・レデラーさんが熱のこもった解説をした。その中で販売価格に触れ「ライバル達に対しても納得の価格差でこのS1000Rを提供するつもりです」と発言した。

 同時にBMWらしい電子デバイスの充実が、性能差だけでは計れない魅力を加味している。まず標準装備されるのはレースABS。これはS1000RR同様、攻めに加担するABSだ。前後連動のこのブレーキシステムは、オートマチック・スタビリティー・コントロール(ASC)との協調によって、不測のウイリー、テールアップ、またホイールスピンなど、バイクを不安定にする要素を感知、エンジンの出力、ブレーキの減速力を制御したりしてくれる。

 また、ライディングモードではレイン、ロードの二つを選択可能で、ロードモードではエンジンの出力、トルクともフルに活かせる仕様で、スロットルレスポンスもダイレクト。レインモードでは出力を100kW(136ps)/9,500rpm、最大トルクを104Nm/7000rpmへとセーブ、スロットルレスポンスもソフトな制御となる。レイン、ロードの二つのモードでレースABSは同じ制御(インテグラルパーシャルコンバインドブレーキ+減速制御は安定性重視、フットブレーキのABS制御、リアリフトの検出制御も有効)のマッピングとなる。

 今回、試乗をしたモデルにはスポーツパッケージ(ダイナミック、ダイナミックプロの二つのライディングモードの追加、ダイナミック・トラクション・コントロール=DTC、オートシフトアシスト、クルーズコントロール)と、ダイナミックパッケージ(グリップヒーター、LEDウインカー、ボディー同色チンスポイラー、ダイナミック・ダンピング・コントロール=DDC)が追加されている。

 注目はDDC。これはS1000RRをベースにファクトリーチューンしたパッケージモデル・HP4に搭載されるセミアクティブサスと同種のものを選択可能なのだ。リアショックに装備されたストロークセンサーから車体姿勢、状況を感知し、速度、アクセル開度など多くの情報を演算し、適切なダンピングを前後に掛ける、というもの。

 この二つのオプションに含まれるレイン、ロード、ダイナミック、ダイナミックプロと4つに細分化されるライディングモードは、レースABSの制御マップにも関連する。ダイナミックモードでは前後連動コンバインドブレーキの制御をより減らし、前後独立ブレーキの仕様に近付け、リアホイールリフトを許容する制御へ。また、ダイナミックプロモードでは、前後連動コンバインドブレーキの制御をダイナミックモードよりも早い段階で減少させ、リアホイールリフトの検知をカット、フットペダルのABS制御も同時にカットする。つまり、ブレーキングドリフトを可能にし、激しいブレーキングでリアがリフトしても、フロントブレーキの制動力をABSが減少させない、というもの。

 ダイナミックプロモードを選択すると、ASCはカットされ、その役割をDTCが変わって受け持つように設定される。つまり、フロントウイリーを検出するASCがカットされるので、サーキットなどでパワーリフトを楽しむこともできるのだ。

 そしてDDC。このダンピングセッティングは、レイン、ロードでソフト、ダイナミックでノーマル、そしてダイナミックプロでハードなセットアップとなる。なお、アクセルレスポンスや出力はロード、ダイナミック、ダイナミックプロとも同様の制御、フルパワー、フルトルク、ダイレクトなアクセルレスポンスとなる。

 まとめると、ライディングモードのスイッチを操作することで、ABS、ASC、DTC、DDCの協調制御の範囲を切り替えられることになり、エンジン特性、車体特性を意のままに操作出来ることになる。DDCはデフォルトでの設定からパーソナライズする事も可能だから、ライダーの体重、好みに合わせ、セットアップも可能だ。

 日本国内での車体本体価格、オプション価格、また最大出力などがどのようになるのかまだ解らないが、とにかく拡張性を持たせた点でS1000Rは興味深いし、他のライバル達がまだ到達していない世界観を楽しむ事ができる一台となるのである。

 
マヨルカには気をつけろ。
でも心底楽しかった。

 試乗取材に出かける朝、ブリーフィングで滑りやすい“グレーの舗装”と、ウエットパッチが多くある“濡れた路面”への注意があった。試乗車に備わる「ダイナミック・トラクション・コントロール(DTC)や、レースABSを試すつもりならその道はオススメしない」と、きっぱりと言われた。

 走り始めて30分。エスケープゾーンほぼゼロの峠道では安全に160psの強靱な心臓を持ったS1000Rを振り回し、あえてパワースライドやブレーキングドリフトを楽しめるような場所は、結局見つからなかった。だから、200kmに渡ってマヨルカ島を“ツーリングしたインプレッション”としてご理解頂きたい。

 まず跨がったポジション。これがとても自然だ。ストリートファイターにありがちな上半身はアップライトながら、妙にハンドルバーが近く、窮屈な感じがない。下半身のフィット感もきまる。メーター類の視認性も良いし、ここがちょっと、という所がない。

 発進からエンジンは狙った特性通りトルクフルだ。2500rpmあたりから充実のトルクに包まれ、せき立てられることもなく走ることができる。全開特性で見るパワー+トルクカーブ曲線と、低開度でのトルク特性がリンクしていないのは承知しているが、扱いやすい。

 3500rpmあたりから4000rpmへと上昇する時、例えば2速なり3速なりで速度をのせつつある場面で、ロードモードだと一瞬のトルクの谷を抜けたようなブワっと加速がのる瞬間を体感する事があった。逆にダイナミックモードだとそれが滑らかに繋がるようで、試乗後、エンジニアにも質問したのだが、先述の通り、エンジンドライバビリティーはレインモード以外同様。違っているのはDDCのダンピングのみだ。これはソフトとノーマルでそうした体感する加速感の違いになっているのかもしれない。

 DDCのロードモードだと足がソフト、と聞くとマイルドな設定を想像するかもしれないが、そこがセミアクティブのマジック。ビギニングはソフトでも、大きなギャップなどに遭遇すると、瞬時に吸収性をあげるためにダンピングを調整するので、ピッチングが大きくフワフワする、ということはない。むしろ、路面のギャップを綺麗に吸収するので実に質感の高い走りを楽しめる。

 スポーツライディング用の武器だけではなく、ツーリングでも大きなプラスになっていると思う。事実、今回の峠道の多くをロードモードで走ったが、旋回性も自然だし、アクセルを開けた二次旋回の回頭性も良い。不満がないのだ。そんな足だから、郊外に出て道の流れが100km/hになっても、途中、数区間だけ走った高速道路で150km/h巡航をしても、違和感がない。同じようにダイナミックや、ダイナミックプロにしてみても、ビギニングがガチガチでハードサスになった、というあからさまな現象が起きないのも嬉しい。確かにハード目になるが、ポンポン跳ねるようなことはないのだ。

 ワインディングではむしろロードモードのほうがソフトに受け流す足として今回の道にはマッチしていた。グレーの舗装はなるほど滑りやすく、タイヤがニュルニュルと外に出る感触が気持ち悪い。ダイナミックにすると、その押し出される感が少し早まる印象でもあった。

 途中、通過した狭く長く続くワインディングも、車体の軽快感は途切れなかった。アルミタンクの採用など、高い所に重量を感じないS1000Rは、左右への切り返しや減速時の一体感が途切れない。

 また、どんな場面でも嫌な切れ込み感やフラフラ感がなく、ハンドリングはとても自然。煮詰められたハンドリングだ。

 通常舗装路で速度がのるワインディングも試したが、速度が上がればダイナミックモードで生き生きと走ってくれるのも確認できた。左右への切り返しの軽快感、ブレーキング時のノーズダイブの荷重の少なさなど、走りのマインドにピタリと寄り添ってくる。ダイナミックプロは馴れたサーキットで試してみたい、というモードで、一般道でその恩恵に浴するとすれば、ウイリー&ストッピー、あるいはパワースライドを日常的にどうしてもしなくてはならない人ぐらいかもしれない。

 平地の一般道をクルマの流れに合わせて流すと(と、いっても現地の制限速度は100km/h)、これが気持ちいい。これ以上の速度になると風の抵抗と根比べになるが、このぐらいだと前傾姿勢気味の状態のどこにも力が入らない感じだ。試乗車はPIRELLIディアブロ・ロッソ・コルサを履いていたが、海岸線こそ気温20度近くになるが、山岳路では一桁、しかも濡れたウエット路も多く、ドライ、ウエット、グレーの舗装とめまぐるしく変化する路面での安心感も高かった。

 こうして一般道で流れに任せるような走りでも重さも無くハンドリングはニュートラル。乗り心地もハードではない。DDCを搭載する足周りとのマッチングも悪くないようだ。

 高速道路では驚愕の速度を保つ実力を持っている。その時の安定感も悪くない。しかし、風の抵抗は容赦なく、現地の流れ(140km/hほど)よりも出し続けるには強い意志がいる。ロードスターという語源には、“屋根のないクルマ”という意味が含まれるが、プリミティブなオープンスポーツであり、高速道路をかっ飛ぶクルーザーというより、山岳路を楽しく攻める、市街地を駆け抜けるスプリンターとしての存在感のほうが似合っている。

 BMWがリリースしたこの軽量ハイパワーなロードスター、S1000Rは、その期待に応える走りと“走る、曲がる、止まる”の質感の高さでBMWというブランド力を真正面から伝えてくるバイクだった。

 4気筒らしい音、そしてオプションだがオートシフターがもたらすシフトアップした時、一瞬奏でるボッという音も含め、これは面白いオモチャだ。「年齢を問わずヤングアットハートなライダーに」とBMWは言っていたが、これなら何から乗り換えても言い訳が立つ。そんな意味で希有な存在感のバイクなのである。

ステアリングダンパーを標準装備。低速時にもさほど重みを感じない。ターンサークルがもう少し大きいと街中では嬉しい。S1000RRと同じというが、アップライトなポジションの分そう感じるのかもしれない。 320mm径のダブルディスク、ラジアルマウントの4ピストンキャリパー、φ46mmのインナーチューブを持つフロントフォーク。DDC装着車は前後ザックス製のショックユニットとなる。 DDCのサスペンション設定、トリップなどのメーター内のインフォメーション選択などを左のスイッチから操作可能。多機能メーターは手元で操作出来ないとその意味は半減する、ということを最も理解しているのがBMW。オプションのクルーズコントロールの操作も上奥に付く。
エンジンも外観意匠としてしっかり役立っている。カバー類の細かいデザインもキャラクターにあっている。 S1000RRは騒音規制の関係で国内仕様はアクラポビッチが標準となるが、S1000Rのノーマルマフラーも音、スタイルファクターとしても見逃せないものを持っている。 ライディングモードの切り替えなどは右スイッチボックスに。選択をしてクラッチレバーを握れば有効となる。走りの中で途切れることなくモード切り替えが可能だ。
220mm径のディスクプレートとシングルピストンのリアブレーキ。制動力は街中、峠道でも充分な性能があった。 ステップ位置も見直され、RRより前、そして下に移動。バーハンドルのポジションとマッチングがとても良い。オプションのオートシフトアシストのセンサーがリンケージ上に見える。アクセル、クラッチを操作せずとも掻き上げるだけでシフトアップが完了する。
リアショックユニットの脇に見える細いロッドはストロークセンサー。DDCを装着するモデルにはこれが備わる。 メーターはアナログタコメーターをメインにした造り。白い盤面が赤く染まるのは11000rpmから。ライディングモードの表示はLCDモニターの左下に表示される。 シート下には様々なユニットが配置される。右下の赤い丸はオプションのライディングモードを作動させるためのエンコードプラグ用ソケットカバー。
■BMW S1000R 主要諸元
●エンジン:水冷4ストローク4気筒DOHC4バルブ●ボア×ストローク:80×49.7mm●総排気量:999cm3●圧縮比:12.0●最高出力:118kW(160PS)/11,000rpm●最大トルク:112N・m/9,250rpm●燃料タンク容量:17.5リットル●燃料供給装置:電子制御燃料噴射●変速機:常時噛合式6段リターン●フレーム:アルミ製ブリッジタイプ
●全長×全幅×全高:2,057×845×1,228mm●軸距離:1,439mm●シート高:814mm●最低地上高:-mm●重量:207kg●サスペンション:φ46mm倒立式テレスコピック(圧側・伸び側減衰調整機構付)、後アルミ製スイングアーム(リバウンドダンピング調整機能付)●ブレーキ:前ダブルディスク、後シングルディスクブレーキ●タイヤ:前120/70 ZR17、後190/55 ZR17


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