MBHCC E-1
西村 章

第82回 第12戦iイギリスGP Wind&wuthering

 ごぶさたしてます。
 いやそれにしても、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)は相変わらず速い。前戦第11戦のチェコGPでは、昨年のMotoGP昇格以来はじめて、完走したレースでは表彰台を逃すという<最悪の>リザルトの4位で終えたが、今回はポールポジションからスタートしてホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ・MotoGP)とのバトルを制し、12戦中11勝目。
「レースでは序盤からいい調子で走れたけれども、最後まで様子をみることにした。戦略的に走って中盤以降から攻めるようにした。ミスもしたけど、その後、18周目に再度抜き返して少し距離を開くことができた」
「序盤はタイヤを抑えて走ろうと思ったけど、(ホルヘの)ペースが速かったのでそうはいかなかった。特にタイヤ左側を温存したかったのだけれども、引き離されないためには限界まで攻めざるをえなかった。そして、いつも自分がそうするように終盤にアタックを仕掛けた。周回を重ねたタイヤでも、気持ち良く走れたよ」
 というコメントからもわかるとおり、劇的に見えるオーバーテイクの裏には冷静でクレバーなレース展開への読みがあるわけで、これはもう、「はいもう参りました」と言うほかない。
 他の選手がどこまで踏ん張れるかにもかかっているが、現在、ランキング2位につけているダニ・ペドロサとの得点差89点を考慮すれば、計算上は第14戦のアラゴンで2年連続チャンピオンの可能性もあるとはいえ、実際の連覇達成はおそらく日本以降、というのが妥当なあたりだろうか……。

#93 #93
12戦終了段階で獲得ポイントは300点満点中288点。シーズン最多勝記録も更新目前。

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 さて、今年は主力選手の契約更改がおおむねスムーズに決定したことから、例年のような移籍関連の大きな話題は特になさそうにも見えた……のだが、あにはからんや、チームの「大型移籍」とでもいうべき事態が水面下でうごめきつつあるようだ。
 ホンダの有力サテライトチーム、グレシーニレーシングが、どうやら来季は他陣営へ鞍替えすることも視野に入れている様子なのだ。理由のひとつが、チームのタイトルスポンサーであるエナジードリンク“GO&FUN”が今季いっぱいでスポンサードを終了すること。その代わりとなる来季の新スポンサーはまだ見つかる気配がなく、ファクトリーマシンRC213Vの料金は330万ユーロ、オープンカテゴリー用マシンRCV1000Rの料金は、今シーズンは120万ユーロだったが来季は180万ユーロ、と1.5倍になるとかどうとかでその支払に難渋しているという背景事情が、彼らが「移籍」を検討している大きな理由のひとつだと推測されている。
 グレシーニレーシングといえば、1997年にA・バロスを起用して500ccクラスに参戦を開始して以来、ホンダの名門サテライトチームとして数々の実績を残してきた。最高峰クラスだけではなく、中小排気量クラスでもチームを運営し、多くの選手を育成してきた。日本人選手とも縁が深く、故加藤大治郎や清成龍一、中野真矢、青山博一たちがこのチームに所属して戦ってきた。また、ホンダイタリアと共同してジュニア選手の育成プログラムを実施するなど、ホンダとのつながりは昔から現在に至るまで非常に強いチームだ。
 とはいえ、資金面での苦慮はいかんともしがたく、その結論として、チームは来年からのMotoGP参戦を計画しているアプリリア陣営へ移ることを真剣に検討しているのだとか。本来は、今回のシルバーストーンがホンダに対する来季用マシン支払の回答期限だったようだが、金曜日にHRCとミーティングを行った結果、次戦のミザノまで回答を待って欲しいとグレシーニ側が申し入れたという。
 その次戦のミザノに向け、HRC−グレシーニ間で残留へ向けたソリューションの模索が続く一方で、じつはグレシーニ側はホンダ陣営から離脱する腹をすでに固めている、との憶測もある。ある意味では、まるで長州力と維新軍が新日から全日本プロレスへ移籍したときのような……というと、たとえが少々古すぎるけれども、それくらいの大きな出来事ではあるだろう。
 さて、その「大型電撃移籍」が現実化した場合、現所属選手の帰趨やRC213VとRCV1000Rの行方にはいくつかの可能性があり、現在は非常に流動的でデリケートな状況にあるようだ。
 現在のチーム所属選手のうち、アルバロ・バウティスタはアプリリアへの移籍が事実上決定しているとも言われており、グレシーニレーシングがアプリリア陣営に移る場合、見た目上はバウティスタともどもの移籍、という形になるだろう。その場合のチームメイトは、現在、SBKのアプリリアファクトリーチームに所属し、MotoGP時代にはグレシーニレーシングで活躍したマルコ・メランドリ、という線が濃厚だ。
 そうなると、現在グレシーニに所属しているもうひとりの選手、21歳のスコット・レディングの去就にいきおい大きな注目が集まることになる。今回のイギリスGPでも、最高峰デビューイヤーのレディングはホンダ市販レーサーRCV1000Rでファクトリー勢に割って入る活躍を披露しており、将来が大きく嘱望されている選手だ。チームとの契約では2014年は市販レーサーで戦うものの、2015年にファクトリーマシンRC213Vを与えられるという条件になっていたようで、これが実現されない場合にはレディング側の裁量でチームを離脱する選択権を与えられることになっているという。いずれにせよ、レディングはチームとともにアプリリアに移る意志はないようで、いくつかの選択肢を検討しているのだとか。ホンダ陣営の残留を希望する一方で、ドゥカティと交渉を進めているという話もあり、その場合には現在のアンドレア・イアンノーネのシート、つまりプラマックレーシングに所属してファクトリーマシンのデスモセディチGP15を駆る、という体制になるようだ。
 レディングがファクトリーマシンでホンダ陣営に残留する場合、チーム体制として考えられるのは、彼がMoto2時代に所属していたMarcVDSチームの最高峰クラスへのステップアップだ。いまやMoto2の名門チームとして名高いMarcVDSは、この数年、MotoGPクラスでもチームを運営する方法を模索し続けてきた。チーム内にはMotoGPクラスを経験してきた優秀なスタッフが揃っており、資金面も豊富で、憂慮する要素はなさそうだ。
 レディングの来季のシートは措いておくとしても、RC213Vの行方としてはホルヘ・マルチネス率いるチーム・アスパルやルーチョ・チェッキネロのLCRなども噂の俎上にのぼっているようだ。


#グレシーニレーシング
#19 #45
チームのワークショップはミザノサーキットの至近距離。文字どおり〈ホームGP〉の次戦で明らかになる彼らの結論は……?

    ※           ※          ※

 チーム・アスパルはホンダRCV1000Rの2台体制で、今季はニッキー・ヘイデンと青山博一が所属している。ヘイデンは2014年と2015年の2年契約なので来年も同チームで継続参戦の方向だが、一方の青山は単年度契約だ。現在の成績や獲得ポイントでは青山がヘイデンを上回っており、先ごろ、チームマネージャーのマルチネスから青山に対し、来年も一緒に戦いたいという内々の打診があったようだ。「マルチネスさん自身はそう言ってくれているし、僕自身も今のチームに残留することを希望しているのですが、この数少ないホンダのシートを目指してたくさんの交渉が殺到しているようなので、状況は厳しいかもしれません。かといって、何か特別なことが自分にできるわけでもなく、一所懸命に走って結果を残し、アピールすることが最善だと思うので、シーズン後半戦もとにかくレースに集中します」と、青山はこのレースウィーク中に話している。我々日本人の心情とすれば、青山に残留してほしいというのが正直なところだが、現在のチームを巡る入り組んだ状況にファクトリーマシンRC213Vという要素が投げ込まれると、事態はさらに複雑化する可能性も考えられる。
 ルーチョ・チェッキネロ率いるLCRホンダMotoGPチームも、現状の1台体制から2台体制へ拡充する道を模索している。来季は現在のステファン・ブラドルに替えてドゥカティからカル・クラッチローが移籍してくることが決定しているが、チームはさらにもう1台のラインナップを希望しているともいう。そのための資金繰りが彼らの長年の課題だったが、今季途中からCWM FXをタイトルスポンサーとしてマシンカウルや選手のツナギに大々的にフィーチュアし、来年はチーム名もCWM LCRホンダと改称する。このスポンサー獲得と資金面の充実は、チーム体制拡大を狙う彼らにとっては好材料といえそうだ。しかし、タイトルスポンサーのCWM FXは、その名が示すとおりFX(外国為替証拠金取引)事業者なので、このスポンサーの下でチーム運営が長期的な安定を見込めるかどうかについては、慎重に考えたほうがいいのかもしれない。

#07 #19
相性が最悪のシルバーストーンでもポイントを獲得。 CWM FXはすでに来季のタイトルスポンサーが確定。

  この流動的で込み入った要素をさらに複雑化させそうなのが、こちらも以前から話題になっている19歳のMoto3ライダー、ジャック・ミラー(レッドブルKTMアヨ)のMotoGPホンダ陣営へのジャンプアップだ。シーズンのかなり早い時期から囁かれている噂で、ミラーはここまでシーズン4勝を挙げMoto3クラスのランキング首位につけているものの、最小排気量から最高峰への〈2階級特進〉に対しては賛否さまざまな意見がある。HRC副社長中本修平氏自身は、ミラーと「話をしている」こと自体を認めているが、一部ではその交渉はすでに合意に達し、3年契約で話がまとまった、という噂もある。2015年と2016年はサテライト体制で、2017年にファクトリーチームのレプソル・ホンダ入り、というのがその内容だが、これが本当であるとすれば、来季のホンダ陣営のシート争奪はさらに混迷を極めることになりそうだ。
 いずれにせよ、事態はまだかなり不確定要素が多く、真相は当事者以外にはわからない。そのカギを握るグレシーニレーシングの去就を中心に、かなりの部分が次戦のミザノで明らかになるはずだ。ホンダ陣営で長年戦ってきたチームの歴史を考えても、その結論次第ではルビコン川を渡るような大いなる決断になるだろう。越えてしまったら、もう後戻りはできないかもしれない。
 余談だが、ルビコン川は第13戦の舞台ミザノワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリから北へ50kmほどの、指呼の距離にある。

    ※           ※          ※

 最後に、日本人関連情報を。
 各方面でも既報のとおり、Moto2クラスに参戦中の長島哲太(テルル・チーム・JiR・ウェビック)が、土曜日のFP3で転倒に巻き込まれ、右脚頸骨と腓骨を骨折した。即座に現地コヴェントリーの病院へ搬送され、日曜に手術を実施。全治は3ヶ月の診断だという。今後のレース活動再開のためにも、まずは治療に専念し、回復に集中してほしい。
 というわけで、哲太、ガンバレ。


#長島
シーズン中の復帰は難しいか……!?
#シルバーストーン #シルバーストーン #シルバーストーン
なんちゅうか、この雲がいかにも英国的ですね。
*   *   *   *   *


■第12戦 イギリスGP

8月31日 シルバーストン・サーキット 曇

順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team Honda
2 #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing Yamaha
3 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing Yamaha
4 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team Honda
5 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team Ducati
6 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
7 #06 Stefan Bradl LCR Honda MotoGP Honda
8 #29 Andrea Iannone Pramac Racing Ducati
9 #41 Aleix Espargaro NGM Mobile Forward Racing Forword Yamaha
10 #45 Scott Redding GO&FUN Honda Gresini Honda
11 #68 Yonny Hernandez Energy T.I. Pramac Racing Ducati
12 #35 Cal Crutchlow Ducati Team Ducati
13 #17 Karel Abraham Cardion AB Motoracin Honda
14 #07 青山博一 Drive M7 Aspar Honda
15 #15 NGM Forward Racing IodaRacing Project Forward Yamaha
16 #02 Leon Camier Honda
17 #70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM
18 #09 Danilo Petrucci IodaRacing Project ATR
19 #08 Hector Barbera Avintia Racing Avintia
20 #63 Mike Di Meglio Avintia Racing Avintia
21 #23 Broc Parkes Paul Bird Motorsport PBM
22 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
RT #19 Alvaro Bautista GO&FUN Honda Gresini Honda
#GAL #GAL
#GAL #GAL
#GAL #GAL
※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

※話題の書籍「IL CAPOLAVORO」の日本語版「バレンティーノ・ロッシ 使命〜最速最強のストーリー〜」(ウィック・ビジュアル・ビューロウ 1995円)は西村さんが翻訳を担当。ヤマハ移籍、常勝、そしてドゥカティへの電撃移籍の舞台裏などバレンティーノ・ロッシファンならずとも必見。好評発売中です。

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