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西村 章

第85回 第18戦バレンシアGP A day in the life

 2014年最終戦バレンシアGPで、日本人選手は表彰台に登壇しなかった。この事実をもって、1986年サンマリノGP250ccクラスで平忠彦が優勝して以来、毎年いずれかのクラスのいずれかのレースで年に一度は必ず日本人選手が表彰台を獲得してきた27年の記録が途絶えることになった。
 もちろん記録というものはその性質上、いつか終わりの日を迎えるか、あるいは誰かが新たにそれを書き換えてゆく。たとえば今回のレースでは、マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)がシーズン13勝目を挙げ、ミック・ドゥーハンが1997年に記録した12勝の最多記録を更新した。マルケスはこの業績達成に対して
「正直なところ、ものすごくうれしい、というわけでもない」
 と語っている。
「当時はもっとレース数が少なかったから(年間15戦)、彼のほうが僕よりももっと勝っているということ。もちろん、記録という意味では重要かもしれないけど、だから、そんなに大事なものでもないと思う」
 勝率で見てみると15戦中12勝は80%、18戦中13勝は72%。レース数が増えれば勝利数を挙げやすくなるのは単純な算数だが、だからといってスポーツは机上の計算どおりに結果を得られるものではないし、8%の勝率差にどれほどの有意性を見いだすかということも議論の余地があるところだろう。ただ、マルケスが謙遜してみせる以上に、このシーズン13勝という数字が非常に到達困難な数字であることに違いはない。
 そして、日本人の連年登壇記録の端緒となった1986年という年は、それよりさらに11年も遡る。世間的にわかりやすい表現を用いるなら、いわゆるバブル景気真っ最中の時代だ。
 この当時は、今のようなレースのライブ中継など望むべくもなく、平忠彦優勝の一報はたしか深夜放送の時間帯にテロップで流されたのではなかったか。だが、確証や確信があるわけでもなく自分でもややあやふやな記憶なので、ひょっとしたら何か他の出来事と混同しているかもしれない。
 ともあれ、その記録が今まで延々と27年間も続いてきたことのほうが、むしろ奇跡のようなものかもしれない。過去にはもちろん日本人選手が当たり前のように入れ替わり立ち替わり表彰台に登壇していた時代もあったけれども、この記録が大きく途切れそうになったことだってあったのだ。
 実際に一昨年がその瀬戸際に立った年で、年間最終戦の最終レースとなったMotoGPクラスの決勝で中須賀克行が2位表彰台を獲得したのはいまだに記憶に新しい。あのときはまるで奇跡のような出来事で記録が繋がったのだが、あの際に日本人選手連年登壇記録が途絶えていてもけっしておかしくはなかったのだ。だからこそ、その記録を繋いだ中須賀はヒーローになり、負傷選手の代役としてGPへ急遽参戦し表彰台を獲得した勇姿が世界のレースファンを魅了したのだけれども。
 まあ、いずれにせよ、記録はいつか終わる。そして、終わったときにはまた、そこから新たに積み上げはじめればよい。それが時代の節目というものになり、そうやって時代は移り変わってゆくのであろう。

#93 #93
弟とともに史上初の兄弟同年チャンピオン。
#30 #45
12日から早速翌年に向けたテストを開始。 開放骨折から驚異的復帰、決勝レースを完走。

*   *   *   *   *

      
 節目といえば、このレースを限りに青山博一がグランプリライダーとしての生活にひとまずの終止符を打つことになった。途中に一年間のSBK時代を挟むが、MotoGP250ccクラスから最高峰MotoGPへと世界選手権の場で参戦をし続けた11年間という時間は、日本人選手の世界参戦期間のなかでも長い部類に属する。たとえば坂田和人(9年間:1991年〜99年)、上田昇(12年間:1991年〜2002年)、青木宣篤(11年間:1993年〜2000年、2002年〜2004年)、中野真矢(11年間:1999年〜2009年)等々、世界選手権の活動歴が長い日本人選手、と聞いて誰もが即座に名前を思い浮かべる各氏の場合と比較しても、青山の現役活動はそれらと並ぶ長さであることがわかる。

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2003年、翌年からのフル参戦に向けてバレンシアGPを見学に訪れた際の一コマ(左)。そして、2014年の最終戦終了直後(右)。

 2015年の青山はHRCのテストライダーとして活動することがすでに決定しているが、今回のバレンシアGPには、来シーズンのホンダオープンカテゴリー用マシンRC213V−RSで参戦した。2014年のオープンカテゴリーマシンRCV1000Rがスプリングバルブエンジンであるのに対して、RC213V−RSはその名のとおりRC213V由来のニューマチックバルブエンジンを使用している。これにスタンダードギアボックスとオープン用電子制御ソフトウェアを搭載したバイク、というのが大まかなマシンスペックだ。

 ニューマチックバルブエンジンなら、ホンダ市販レーサー勢よりもかなり速いラップタイムを刻めるのではないか、と素人ならつい考えてしまうのだが、どうやらことはそう簡単ではないらしい。金曜の午前午後とこのニューマシンで走行した青山は
「特性がだいぶ違うし、まったく別モノといっていいバイクなので、事実上、ぶっつけ本番です。エンジンと電子制御のマッチングやギアリング、前後サスペンションの足回りなど、合わせていかなければならないところが多すぎて苦戦してます」
 と、やや苦笑気味に話した。
 土曜は午後の予選を終えて18番手。
「ポンと乗ってそこそこのタイムで走れるので、素性はいいしポテンシャルは高いんですよ。でも、1年間走ってセットアップを煮詰めてきたバイクを相手にいきなり戦うのは、まだちょっと厳しい、というのが正直なところですね」
 日曜のレースは他のホンダ市販レーサー勢よりも、できれば上位で終えたいのではないか、と水を向けてみると、
「明日に向けて、もうちょっとよくしていかないとな……。まあ、やるだけやりますよ」
 そういって、小さく数回うなずいた。

20141109

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 日曜の決勝は15位でフィニッシュした。レース前には、ポイント獲得も難しいかもしれない、とかなり慎重なコメントだったが、全30周のレースでは終盤に他のバイクとバトルも演じた。セットアップの仕上がりは6割程度、と話しながらも
「新しいバイクを受け取り、ウィークの短い時間でできることは限られていたので難しいレースになりましたけれども、いい経験になりました」
 と、笑顔で話した。本人の表情やピット内の雰囲気はふだんのレース終了時となにも変わるところがなく、2004年からずっと走り続けてきた世界選手権生活を終える感慨のようなものも、とくに見受けられはしなかった。
 このレースを終えると、2週間ほどバルセロナの自宅で過ごし、今月末にはマレーシア・セパンでさっそくシーズンオフテストに参加するのだという。
「だから、まだホントに何かが終わったという印象がなくて、もう次が始まっちゃうんですよ。でもまあ、何もしなくてしずかにしてるより、すぐ次のことに着手した方が、気も紛れていいと思います」
 バルセロナでの生活も11年になる。長かったか、と訊ねると「長かったですねー」と笑みをうかべ、短かったか、と訊くと「うん、短かったですね」と即答する。おそらく、その両方がいまの正直な心境なのだろう。
 この日の決勝前には、11年前に青山がホンダスカラシップで初めて欧州へやってきた際、250ccクラスのチーム監督として指導をしたアルベルト・プーチがグリッドへやってきた。
“I am very proud of what you did”
(いままで、ほんとうによくがんばったな)
「アルベルトがそんなふうに話しかけてくれて、ふたりでちょっと泣きそうになってたんですよ」
 青山はすこし照れたような笑みをみせた。

 そしてこれもまた、この先、青山博一が生きていく長いながい日々のなかのある日の出来事として、記憶されてゆくのだろう。

#46 #26
レースが明けた月曜事後テストから早速、貪欲な走り込み。 長年連れ添ったチーメカ、マイク・ライトナーはこのレースを最後に退任。
#4 #35
2015年は新仕様のマシンで逆襲なるか。 最終戦では5位と健闘。「それでも移籍の選択は後悔していない」とレース後に。
#44 #41
じつはルーキー・オブ・ザ・イヤー。 オープンクラス最上位のランキング7位。
#6 #51
来年はフォワードレーシング。台風の目になるか。 ドカティの開発を担う重要な人です。
#45 #8
来年は念願のファクトリーマシンで参戦。 かれこれMotoGPも5年目を終了した。
#69 #38
RC211VでGPデビューし、来季はRC213V-RS。 今月末で24歳。光陰矢如。
#19 #174
「忘れてしまいたいシーズンだった」とレース後に。 隣にいるのはパパです。
#63 #29
来季も同陣営に残留。 決勝レースはタイヤ交換の戦略がド裏目で、リタイア。
#14 #14
大きな注目を集めた復活緒戦。来季は選手二名体制で臨む。
バレンシア バレンシア
バレンシア バレンシア
3日間の動員数は197,000人。下の方(↓)に素敵なおまけもあります。
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■第18戦 バレンシアGP

11月9日 バレンシア・サーキット 

順位 No. ライダー チーム名 車両
1 #93 Marc Marquez Repsol Honda Team Honda
2 #46 Valentino Rossi Yamaha Factory Racing Yamaha
3 #26 Dani Pedrosa Repsol Honda Team Honda
4 #04 Andrea Dovizioso Ducati Team Ducati
5 #35 Cal Crutchlow Ducati Team Ducati
6 #44 Pol Espargaro Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
7 #41 Aleix Espargaro NGM Mobile Forward Racing Forword Yamaha
8 #06 Stefan Bradl LCR Honda MotoGP Honda
9 #51 Michele Pirro
Ducati team Ducati
10 #45 Scott Redding GO&FUN Honda Gresini Honda
11 #08 Hector Barbera Avintia Racing Avintia
12 #09 Danilo Petrucci IodaRacing Project ATR
13 #69 Nicky HAYDEN Drive M7 Aspar Honda
14 #38 Bradley Smith Monster Yamaha Tech 3 Yamaha
15 #07 青山博一 Drive M7 Aspar Honda
16 #19 Alvaro Bautista GO&FUN Honda Gresini Honda
17 #17 Karel Abraham Cardion AB Motoracin Honda
18 #15 Alex De Angelis NGM Forward Racing Forward Yamaha
19 #70 Michael Laverty Paul Bird Motorsport PBM
20 #23 Broc Parkes Paul Bird Motorsport PBM
21 #63 Mike Di Meglio Avintia Racing Avintia
22 #29 Andrea Iannone Pramac Racing< Ducati
RT #99 Jorge Lorenzo Yamaha Factory Racing Yamaha
RT #14 Randy De Puniet
Team Suzuki MotoGP SUZUKI
RT #68 Yonny Hernandez Energy T.I. Pramac Racing Ducati
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※第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞と、2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞した西村 章さんの著書「最後の王者 MotoGPライダー 青山博一の軌跡」(小学館 1680円)は好評発売中。西村さんの発刊記念インタビューも引き続き掲載中です。どうぞご覧ください。

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