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衛藤達也

1959年大分県生まれ。大分県立上野ヶ丘高校卒業後、上京し日本大学芸術学部写真学科卒業。編集プロダクションの石井事務所に就職し、かけだしカメラマン生活がスタート。主に平凡パンチの2輪記事を撮影。
写真修行のため株式会社フォトマスで (コマーシャル専門スタジオ)アシスタントに転職。
フリーになり東京エディターズの撮影をメインとしながらコマーシャル撮影を少しずつはじめる(読者の方が知っているコマーシャルはKADOYAさんで佐藤信哉氏が制作されたバトルスーツカタログやゴッドスピードジャケットの雑誌広告です)。
12年前に大分県に戻り地味にコマーシャル撮影をメインに活動中。
小学校の放送部1年先輩は宮崎美子さんです。全く関係ないですが。

第4回「衛藤達也」さん

ギャラリーとか個展とかアトリエとか、そういう分野とは縁がないと思っている方、多いんじゃないでしょうか。それはともかく、バイクのイラストとか写真とかだって立派な芸術です。このコーナーでは、そんなみなさまの作品を紹介させていただくギャラリーです。じっくりとご覧下さいませ。
(10月9日更新)

画像01

この写真は1986年8月号のミスター・バイク巻頭特集を飾りました。
撮影したのは25才くらいですか、今見直すと技術的に未熟者です。もう一寸、こうすればもっとかっこ良くなると今では見るたびに反省しています。

まだ自分の車も持っていなくて、借り物のステップバンに撮影機材一式を積んで撮影に行きました。
現場に到着してからストロボの電源コードがないことに気がつき、担当編集者の安生さん(現ミスター・バイクBG編集部員)に麻布の先生(私の師匠)のとこへ取りに行ってもらった記憶が有ります。
まだ、カメラも中判を持っておらず先生の所からハッセルを借りて、ストロボも今のように優れた大型のものがなく、スイッチの切り替えをまちがうと爆発してしまうことが多かったシロモノで撮影しました。

本ができた後、当時の近藤編集長に呼ばれました。
その頃は未だ面識が浅かったので、なにか怒られるのかと思いデスクの前に行くとニコニコしながら編集長賞をくれました。
賞金は近場の焼き肉屋さんで(凄ーく小汚い店でした。名前は忘れましたが)安生さんと使いました。
その後長年、ミスター・バイクで仕事をしましたが、金一封はこれが最初で最後でしたが。

今はやりの「工場萌え」よりずっと前の撮影ですが、この撮影以前はほとんどがゲリラ撮影(いわゆる無許可)で、初めて撮影許可を工場に申請したのではないでしょうか。
どこに許可をもらえばよいかわからない場所で撮影していたある日のこと「なんでここで撮影してるの?撮影許可は?」と聞かれ、未だ若かったのでとっさに「卒業制作です」と言ったらOkになったことがありました。その後、近藤さんがよくこの手を使っていたような気がします。今から思えばおおらかな時代でした。

画像03

話を戻します。
この写真が、私の外ロケでセットを組む始まりだったような気がします。
これ以降、外ロケでセットを組むことが多くなり、規模もだんだん大きくなって機材がものすごく多くなりました。 ミスター・バイクでも、大がかりなセットを組んだ写真が多くなったと思いますが。

それはいいのですが、BGに移った安生さんは、撮影許可をもらえばけっこういろいろな所で撮影ができると味を占めてしまい、早朝から深夜まであちこちを移動する撮影が増えました。
後に安生名物「都内引きずり回しの刑」と呼ばれる過酷な撮影です。
朝日を撮って、昼間も撮影して、夕陽を撮って、夜撮まで……という重撮影に耐えられず、当時BGの編集長だった小宮山さんに泣きを入れて改善をお願いしたのもなつかしい思い出です。
風の噂によれば「都内引きずり回しの刑」は未だ健在のようですが……。

最近の熱中している撮影はパノラマVR360°の写真です。
どういう写真か、口で説明するのは難しいので花鳥風月にJerry(以前飼っていたネコ氏)のペンネームで大分県をパノラマで撮影していますのでぜひご覧ください。
興味のあるクライアント様からのメール、お待ちしております。
また、webショップではオリジナルの簡易スタジオ販売していますので覗いてみてください。
●衛藤写真事務所
●webサイト http://www1.bbiq.jp/tailoretoh/site/Welcome.html
●webshop http://propup.shop-pro.jp/
●メール tatsuyaetoh@gmail.com
 


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