今月の一言
“Clever old stick”
(クレバー オールド スティック)
(2011年7月15日更新)
「前例があれば」というのが日本の風習。どんなに素晴らしいアイディアでも、前例がなければ二の足を踏む。
反対に全くロクでもないようなことでも、前例があれば改善されずにそのまますんなり通す。
気の利いたチャレンジや既存のものをさらに良くするマイナーチェンジが苦手なそんな風潮に、このヒトコト。機転を利かせていこう!
冷却水をラジエターへと導いて、それをまたエンジンへと戻すゴムのホースあるじゃないですか。そしてあれを留めるバンドがあるでしょう? ステンレスでできてるバンドで、8ミリの頭にマイナスが切ってあるボルトを回すことで締めこんでいけるアイツです。
旧いバイクだとゴムのホースが硬くなっちゃって冷却水が漏れちゃったりするじゃない。そんで、そこのバンドを緩めて抜いてみると、ゴムホースの中に刺さってるエンジン側(ウォーターポンプ側)のアルミの部分が腐食しちゃってて、そこが盛り上がったりして漏れてることに気づく。
ホースの内側をきれいに拭いて、アルミはペーパーで慣らして、液ガスを塗ってホースを挿しなおし、さっき言ったあのバンドで締めていくと、あれっ! 一番締まらなきゃいけないところでカチッカチッなんつってナメちゃってるじゃないか!!
せっかく13分ぐらいかけて「これで何とかなった」と思ってるときに、このバンドのせいで締め付けられない。さーどうする。
①そのまま放置して、純正部品でそのバンドを注文する。
②ホームセンターへ走り似たものを買う。
③バンセンかなんかでとりあえず締めこんどく。
④ナメている状態だけど十分締まってることにする。
⑤ゴムホースの外側に、ビニールテープなどを巻いてゴムホースの径を太くして、バンドのナメてない部分を使って締めこめるようにする。
おお!⑤の人、Clever old stick!
その昔、プロジェクトXでも紹介されていて、一般の視聴者にはたして理解できるのかしら、と思ったけれど、昔のホンダの耐久レースでの話。
フロントのタイヤ交換をしているときに、今みたいにスコッとシャフトが抜けてエイヤッと代わりのホイールが入るのではなく、一般の市販車と同様にフォークの下から生えている2本のボルトでクランプが留まっていて、その間にアクスルが挟まれているわけだ。ところが交換時にこのボルトの一本を途中で折ってしまった。さーどーする……。
普通に考えればそのスタッドボルトを抜いて、新しいスタッドボルトをスペアのフォークから抜き取って差し込んで修理するのと、ブレーキ周りを外してフォークごと交換するのとどっちが早いかをすぐに判断して取り掛かりそうなもの。
だけどここではクランプ側をちょっと削って、折れちゃったボルトの頭にナットをつけられるようにしたそう。強度は多少落ちるけれど現場の人は大丈夫と判断したんだね。しかもこのおかげで結果につながったんじゃなかったかと思う。
なるほどね、Clever old stick!
ちょっと機転が利いて、すぐに代替案が浮かんでその場を切り抜ける。そんな人を指して「Clever old stick」と言います。直訳すると「賢い、旧い杖」なのですが……。語源には諸説ありますが、有力なものを一つ。
※ ※ ※
ヨーロッパがまだ世界を知らなかった頃。
マルコ・ポーロが世界を旅して、それの話を聞いた別の人物が「東方見聞録」という本にまとめた。
これにより、それまでなぞの多かった東方、そして極東についてヨーロッパで知られるようになるわけだが、実はこの「東方見聞録」、まとめた人物はマルコより聞きかじった話を脚色して本にしたとされるため、どこまで本当のことなのかは怪しいという。この本に記されている我が日本は「黄金の国ジパング」とされているが、マルコは実は日本には来ていないという説もある。
しかし、彼が後のシルクロードを経て中国まで旅をしたことは事実であり、ラクダに乗って砂漠地帯を歩いているようなマルコのイメージに偽りはない。そしてClever old stickとは、このラクダによる砂漠横断中にできた言葉とされている。
ローマと中国をつなぐシルクロード上で砂漠といえばタクラマカン砂漠もしくはバダインジャラン砂漠を指すのだろうが、砂漠に慣れないヨーロッパ人としては砂漠で迷子になることは非常にたやすかった。そのため、ラクダにつけている鞍の前部に設置されているグリップの上にはコンパスがはめ込まれていた。
これにより、目の前に常にコンパスを置くことができ、目印がなく直進しているつもりでもいつの間にか曲がってしまうことが多い砂漠での進行を確実なものにしていたのだ。
さらにこのグリップ、当時はグリップとして設置されていた訳ではなく、野営時には取り外すことができ、コンパスのはめ込まれていない下側は火起こしの道具になっていたとされる。そのほか、コンパスがはまっていることにより道中失くすことなく大切にされていた旅の道具だったため、野営の回数をこのグリップに刻むことで旅の日数を勘定する役目も担っていたそうだ。
アメリカの鞍にはこのグリップが現在も存在するが、ヨーロッパの鞍には存在しないのもまた興味深い。
ヨーロッパ人で鞍の前にグリップをもっていたのはマルコが初めとされているのだが、実はこれはグリップではなく不慣れな地形や環境での旅を支えてくれる便利な「杖」であり取り外しが可能だったため、グリップとしてはヨーロッパに定着することはなかったのだ。
ちなみにアメリカの鞍にこのグリップが存在するのは、開拓民が開拓先で野生馬を捕らえて手なずけるためにグリップが必要だったからとされる。
マルコは、実はいくつもの旅に出ているわけなのだが、旅毎に新たに使用したこの杖を大切に保管し、後に商人として成功した時も冒険旅行を思い出してこれらの杖を眺めていたといわれている。
なお、旅の長さによりその杖の使い込まれ方は違い、また、火起こしに使った回数により磨り減るため、長さもまちまちだそうな。
※ ※ ※
旅の必需品であるがゆえに、使い込むうちに様々な機能が加えられていった、鞍に差し込んだこの杖。一つのことでたくさんの気の利いた機能を備えていたわけですね。これにちなみ、機転が利いたり、賢いことを思いついたりする人を「Clever old stick」と呼ぶようになったようです。
使い方としては「おっ! オマエ、そんなこと思いつくなんて賢いやつだなぁ! なるほど!」という意味で「You clever old stick!」といいます。
整備、特に草レースなど現場で「何とかしなきゃいけない」様な状況においては非常に重宝する能力ですね。
- メアリー・ゴー・アラウンド