Hi-Compression Column

MotoGPはいらんかね

第9戦U.S.GP
(2010.7.28更新しました)


欧州→北米のきつーい連戦。
そんな中、話題はやはりこの人。
驚異の復活のこんな舞台裏。



第8戦ドイツGPと第9戦U.S.GPは、またもや連戦である。第5〜7戦の3連戦はドーバー海峡を跨ぐ欧州大移動シリーズだったけれども、今回は欧州でのレースを終えると大西洋を渡ってさらには北米大陸を太平洋側西海岸まで一気にひとまたぎ。という、ロッド・スチュアートもびっくりのアトランティッククロッシング。  

ドイツ・ザクセンリンクサーキットとカリフォルニア・ラグナセカサーキット間の時差は9時間。普通の人間でさえ、いいかげんくたびれるスケジュールである。

この過酷な連戦で世界中から最大の注目を集めたのが、いうまでもなくバレンティーノ・ロッシさんの奇跡的な復活だ。

 

フィアット500発売記念で、ファン500人の顔写真をカウルにデザイン。ある種、ビックリマンチョコ状態。


しかも、ただレースに復帰して完走しただけじゃない。ザクセンリンクでは、最終ラップ最終コーナーまで表彰台を争いながら惜しくも競り負けて4位。

翌週のラグナセカでは、その結果を受けて高まる期待にキッチリ応える走りで3位表彰台。

これはもう驚愕や感動を通り越して、呆れてしまうというほかないリザルトである。

もちろんロッシさん本人にしてみれば、それだけのパフォーマンスを発揮する自信があったからこその現場復帰なのだろうけれども、そうはいっても、そもそも一ヶ月やそこらで復活できるようなケガではないのだ。開放骨折ですよあなた。

とりあえず、ここまでの経緯をちょっと整理してみよう。


復帰2戦目。マシン操作を見る限り、右脚負傷の不自由さはまったく感じさせない。


イタリアGPのフリープラクティス2回目セッション中に転倒し、右脚脛骨の開放骨折と腓骨骨折という重傷を負ったのは6月5日。即座にフィレンツェの病院に担ぎ込まれたロッシは、同国の整形外科権威といわれる名医の執刀で手術を実施。

その医師の判断は、「これまでたくさんの患者を診てきたし、スポーツ選手の治療も担当したけれども、今回のロッシ選手の負傷の場合は、どう考えても全治5ヶ月」というものだった。

そりゃそうだ。開放骨折といえば、折れた骨が皮膚組織を突き破って外に出てくるという、文字にするだけでもたまらなく痛いケガである。

経験のある人なら容易に想像できると思うが、普通ならギプスが取れるまでに1〜2ヶ月かかったって不思議じゃない(じつはぼく自身も左腕の橈骨と尺骨を開放骨折した経験があるのだが、負傷した部位にある程度の運動能力を取り戻すまで4〜5ヶ月ほどかかった記憶がある)。

ところが、そんな予測をあっさり覆して、ロッシは骨折から41日で現場へ戻ってきた。

負傷から32日目の7月7日には、自宅に近いミザノ国際サーキットで第1回目のテストライドを実施。その5日後には、チェコのブルノサーキットでスーパーバイクマシン(YZF-R1)を試乗。コースレコードを更新する走りで、これが復帰に向けた大きな手応えになったのだとか。

そして、ザクセンリンクに姿をあらわしたロッシは
「最初は5ヶ月かかると言われたけれども、あれはサッカーができるようになるまでの日数ね。ライダーってのは、クレイジーなんだよ」
と、あっさり言ってのけたのであった。

もちろん、その陰には復帰に向けた必死の努力があった。安静にしている間に超一流選手が超人的な快復力を見せた、なんて絵空事などあり得ない。トカゲじゃないんだから。

まずは手術。

スポーツ選手等への施術では多い例だが、開放骨折を負った脛骨には、早期の運動回復と仮骨形成に効果が高いという髄内釘を挿入している。

また、骨芽細胞の活性化と組織修復を促進するという高気圧酸素治療も、20回ほど実施したという。

その結果、膝の可動域は90パーセント近くまで戻ったという話で、ザクセンリンクのレースウィークでは杖こそ使用しているものの、短い距離なら補助なしでもヒョコヒョコと歩いていた。

ラグナセカでは、階段の昇降も杖を使っていなかったくらいだ。

補助用に杖を使用こそするものの、脚を引きずったり苦痛に顔を歪める場面は一切ナシ。


西村 章
西村 章
スポーツ誌や一般誌、二輪誌はもちろん、マンガ誌や通信社等にも幅広くMotoGP 関連記事を寄稿。訳書に『バレンティーノ・ロッシ自叙伝』『MotoGPパフォーマ ンスライディングテクニック』等。twitterアカウントは@akyranishimura。


ただ、膝を折って座ることはまだできないようで、走行前のイニシエーションとして必ず実施している、マシンの前にしゃがんでステップを掴みお祈りを捧げる儀式は、両レースとも見合わせていた。

けれども、その寸前に上半身を深く曲げてストレッチを行い、バイクを乗り降りするときの、脚を高く前に掲げてタンクの上を跨ぐ動作はいつもどおり。そこだけ取り出すと、とても骨折から2ヶ月弱の人間の姿には見えない。

で、ザクセンでは僅差の4位、ラグナでは3位表彰台を獲得したわけだけれども、これ、ロッシ自身の体調復活もさることながら、両サーキットのコースレイアウトが、このリザルトを得る大きな要因になったのではないかという気もする。

まずはザクセン。

このコース、右コーナーがわずか4であるのに対して左コーナーは10。左右のバランスからいうと極端に左側に過酷なサーキットで、そのためにブリヂストンは毎年このコース用に左右非対称コンパウンドを持ち込んでいるほどだ。

このコース特性が、右脚に負傷を抱えるロッシの負担を軽くしたことは確実だろう。

ラグナセカも、レイアウト面では似たような特徴がある。

ここは左回りのコースで右コーナー4、左コーナー7。とはいえ、このサーキットはブラインドの切り返しからジェットコースターのように下る名物コーナーのコークスクリューと、下りきったすり鉢の底から左へ旋回するレイニーカーブという、非常に難易度の高いコーナーがある。

ここの激しいブレーキングでは、右脚はもちろん、シーズン序盤の負傷が完治していない右肩への負担も大きかったようだ。

「今回のレースでは、4コーナー(右)から5コーナー(左)への切り返しが脚にキツかった。もっと脚に厳しかったのはコークスクリューで、ここからレイニーカーブにかけては、かなりタイムをロスしていた」
と、ロッシはレース後に振り返っている。

そんな状態で、4位と3位なんだから、イヤほんと、バレンティーノ・ロッシは、選手以前にヒトとしてすごい存在ですな。いやすごいのは前から知ってたんだけど、それにしても、ねえ。

そして、このレースを終えて2週間の休みを挟み、第10戦はチェコのブルノサーキット。ザクセンやラグナと比較すると、左右の切り返しが多く、負傷を抱えた脚には厳しいコースだ。

とはいえ、この休暇で体調はさらに改善してくるだろうから、脚に過酷なコースレイアウトという意味では、ロッシさんにとっては非常に<<運のいい>>レース順になった、というべきだろう。

この流れだと、どうかしたら優勝争いすらホントにやってしまうかもしれない。

……と思ったりなんかするわけでありますが、ちょっと今回は普通のレース分析になってしまったかしら。

そんなことおまえにわざわざ説明されなくてもわかってらい、ってレースファンの方々がいたらごめんなさいね。

次回チェコGPは、いつものようにもっとだらだらしたモードでお送りいたします。すまん〜の(←横山たかし師匠風に)。


ロレンソといえばツイッター。決勝グリッド上でも、「レースでついてこられないなら、ツイッターでついてきな」とメッセージを掲示。


ラグナセカのレースには、最も華やかだった頃の8耐にも似た熱気があるのだ。


コークスクリューの傾斜沿いに関係者車輌がズラリ。のどかというか豪快というか。

■第9戦アメリカGP

7月25日決勝 ラグナセカレースウェイ 曇
MotoGP(完走のみ)

●優勝 ホルヘ・ロレンソ YAMAHA
●2位 ケーシー・ストーナー DUCATI
●3位 バレンティーノ・ロッシ YAMAHA
●4位 アンドレア・ドヴィツィオーゾ HONDA
●5位 ニッキー・ヘイデン DUCATI
●6位 ベン・スピーズ YAMAHA
●7位 コーリン・エドワーズ YAMAHA
●8位 マルコ・ メランドリ HONDA
●9位 ミカ・カリオ DUCATI
●10位 ロリス・カピロッシ SUZUKI
●11位 ロジャー・リー・ヘイデン HONDA
●12位 アレックス・デ・アンジェリス HONDA

[3・第8戦 ドイツGP]
[4・第9戦 アメリカGP]
[5・第10戦 チェコGP]
[バックナンバー目次へ]

目次
↑クリックするとMBHCC目次に戻ります
バックナンバー目次
↑クリックするとバックナンバー目次に戻ります