2011年第4戦フランスGPは、前戦以上に様々な出来事があちらこちらで勃発・紛糾・変転・錯綜・混乱を極める、ゴシップレベルからレースディレクションまで硬軟取り混ぜた各種多階層の話題に事欠かないレースウィークになった。
じつは最初の腹づもりとしては、今回は、伝統と格式のル・マン、ブガッティサーキットの堂々たる威容とそこに集まる観客の賑々しい華やかさをお伝えしようと思っていたのである。
ところが、だ。もう次から次へといろんなことが発生するものだから、当初予定していた<会場の歴史とお客さんたちの盛り上がり>については次回以降に見送ることとして、今回はそれら各種話題のなかから、ゴシップの一種と見なされがちだけれどもじつは非常に重要な問題、について少しマジメに論じてみたい。
その前に、まずはレース結果を簡単に。
優勝はケーシー・ストーナー(レプソル・ホンダ)。開幕戦以来の今季2勝目。
ロッシとの遺恨やら、決勝日午前のフリー走行ではラインを塞がれたランディ・デ・プニエ(プラマックレーシング/ドゥカティ)に怒りをぶつけ、相手の右腕を「げしっ」と殴りつけて5000ユーロの罰金制裁を受けるという不祥事もあったものの、決勝レースでは全セッショントップタイムの圧倒的速さを遺憾なく発揮して独走勝利。
2位はチームメイトのアンドレア・ドヴィツィオーゾ。今季初表彰台でレプソル・ホンダはワンツーフィニッシュという快挙だ。
3位は、ドヴィツィオーゾとの争いに敗れたものの、今春のドゥカティワークス移籍後ようやく表彰台に上がることができたバレンティーノ・ロッシ。
レース中盤では、2位争いを繰り広げていたダニ・ペドロサ(レプソル・ホンダ)にマルコ・シモンチェッリ(サン・カルロ・ホンダ・グレッシーニ)が接触、ペドロサが転倒して右鎖骨を骨折。シモンチェッリにはライドスルーペナルティを課されるという一件はおおいに物議を醸した。
他にも、このアクシデントで掲示された追い越し禁止の黄旗をロッシは無視したんじゃないかとか、次戦のカタルーニャGPでホンダがMoto3用マシンNSF250を発表するとか、決勝の会場にスラッシュが来ていたとか、小ネタはたくさんあるのだけれども、そんな様々な話題の中でも大きな注目を集めた出来事が、日本GP開催の是非を巡る議論だ。
3月11日に発生した東日本大震災の影響で、当初は第3戦として4月下旬にカレンダーに組み込まれていたツインリンクもてぎの日本GPは、10月2日決勝の第15戦へと繰り越しになった。史上希に見る地震・津波災害で被災した関東東北地方は、復興へ向けて少しずつ歩み始めているものの、この震災によって発生した福島第一原発の事故は、一進一退という言葉が妥当かどうかも疑わしいくらい、いまだ全容が明らかになっていないし、収束の見通しも判然としない。
このような状態である以上、選手や関係者は「開催の諾否について正式発表はされていないものの、おそらく今年の日本GPは難しいんじゃないかな」となんとなく感じていたような気配がある。
ところが、このフランスGPの金曜に行われたセーフティコミッションで、レースを運営するDORNAスポーツ社のCEOカルメロ・エスペレータ氏の口から、日本GPは開催する方向で継続して検討中、という言葉が発せられたという。
セーフティコミッションは、コースの安全性やレースの円滑な進行に関連する話題について広く取り上げ、選手や運営関係者たちが自主的に集まって協議をする場だ。非公式な会合なので選手たちや運営関係者に参加義務があるわけではなく、ここで議論された内容についても、罰則を伴う強制執行力もなければ、議論の結果が文章として発表されるわけでもない。だが、施設やルールの安全性に関わる内容が議題に挙がることが多いだけに、その討議内容は総じて重く受けとめられる。
この場での、エスペレータCEOによる「秋の日本GP開催は継続して前向きに検討中」という主旨の発言は、選手たちの間に大きな波紋を投げかけた。
「福島第一原発の影響が気になる」と素直に口にする選手から「日本への協力は惜しまないけれども、今は現地の復興がまず第一でレースは二の次三の次でいい」いう意見まで、コメント内容に温度差はあるものの、今年の日本GP開催に疑念を呈するという意味では彼らの声は一致している。そして、それらの言葉からおしなべて窺えるのは「日本へ行くことで自分たちも被曝してしまうのではないか」という漠然とした不安感だ。
事故発生以来の福島第一原発に関する報道を見ていると、彼らがそのような不安感を抱くのも仕方のないことだろうとは思う。現在もなお進行中のこの原子力災害の全貌が明らかになるまでにはまだ長い時間がかかるだろうし、事故評価や事態の究明はそもそも日本人にとってさえ判然としていないのが実情だ。事故当事者である東京電力の情報開示が充分とはいえない状況下で、メディアの報道はセンセーショナルに不安感を煽るものから、プレスリリースを引き写しているにすぎないのものまでが、様々に入り乱れている。
客観的数値であるはずの各種計測データですら、「捏造だ」「発表数値を操作している」と疑心暗鬼に満ちた陰謀論まがいの言説で語られる傾向もあるほどだ。日本国内でもこのような状態なのだから、欧州各メディアの報道だけを見ていれば不安心理を煽られるのも無理はない。
このような状況下で、当初の予定どおり日本GPを開催するというのであれば、ただ「大丈夫です。レース開催に大きな問題はありません」と言うだけではなく、選手やチーム関係者たちの不安を取り除くために何らかの措置を講ずるべきだろう。
地震で被害を受けたツインリンクもてぎの施設が近日中に補修され、そのコースで7月に全日本選手権が開催されたとしても、グランプリ関係者の不安はおそらく払拭されない。
彼らが気に病んでいるのは、コースや設備の安全性ではなく、「日本GPのレースウィークを北関東で過ごす期間中に、環境放射線や食品摂取による外部・内部被曝を受けるかもしれない」という漠然とした不安や恐怖なのだから。
つまり、今秋に日本GPを開催するつもりならば、いま必要なこと、しなければならないことは、日本の農産物や来日観光への風評被害を防止するためのコンプライアンスや情報開示と同種の対策なのだ。
メディアや研究機関等を通じて明らかになっている原子力事故に関する現状での各種情報を、包み隠さず正直に提示する。そして、開催会場のツインリンクもてぎ周辺やレース関係者たちが宿泊する水戸や宇都宮等の地域の積算放射線量、水道水や市場に流通する食料品類の安全基準と実測値などのデータ類は可能なかぎり収集して提出する。本来ならレース開催にあたって全関係者の合意を得る必要などないのかもしれないが、事故の性質や現在の進行状況を考えた場合、今回に限ってはそれくらいの対応を取ってもいいのではないかという気がする。
2010年の日本GPのパンフレットによると、レース主催者には財団法人日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)と株式会社モビリティランド、公認に国際モーターサイクリズム連盟(FIM)の名称が記されている。彼らが今年も従来通りに日本GPを開催したいと考えるのであれば、自ら率先してDORNAと協力し(あるいはグランプリコミッションを構成するMSMA参戦各社やIRTAメンバー等にも助力を募ってもいい)、レース開催の安全性を保証する資料類を作成配布するくらいの努力はあっていいだろう。
日本GPに関係する各地域の環境放射線は事故前と変わらない通常の数値であることや、水道水や食料品の安全性を開示したうえで、その数値をどう解釈するかは、あくまでレース関係者たちの判断に委ねる。あるいは、このような情報開示を行ってもなお、それらのデータの信憑性を疑われてレース開催に難色を示された場合には、さらに風評被害が悪化してしまう、という懸念もあるかもしれない。
だからといって彼らの不安を払拭する努力をしないまま、時間の経過とともに不安感がなしくずしに消えていくのを待つ、という方法が賢明であるとも思えない。原子力災害を巡る不安は、概して根拠のない漠然としたものだけに、不安の「半減期」がかなりの長期間にわたることも予想される。事故そのものが半年やそこらの短期間で収束するような種類のものではないのだから、今年の秋はダメだけど来年の春ならもう大丈夫、と考えてもらえるような、そんな生易しい「風評」だとは考えないほうがいい。皆の不安が勝手に去ってくれるまで頭を低くして待つようなつもりでいるのなら、そもそも最初から今年の日本GPを開催しようなどとは思わないことだ。
公平を期すために、僕個人の日本GP10月開催に関する現段階での考えも表明しておこう。
ツインリンクもてぎ界隈の放射線被害や食品類を媒介とする放射性物質の内部被曝に関しては、(当然のことだが)心配する必要はないと考えている。むしろリスク評価要素として重要なのは、一進一退が続く福島第一原発の事故処理中に何らかのアクシデントが発生し、その影響が現状の範囲以上に広がる可能性、そして、(じつはこれがもっとも大きな要素かもしれないとも思うのだが)レースウィーク中にある程度の規模の余震が発生し、選手や観客、施設に被害をもたらす可能性、のふたつだろう。これらの要因を勘案して今年の日本GPは中止と主催者や運営者側が判断するのなら、それもやむを得ないかな、とも思う。これらのリスクを充分に低いと考えて開催の方向で検討を継続するのなら、必要なことはすでに上に記したとおりだ。
というわけで、今回はお粗末な思考ながら真面目に「第15戦日本GP開催の妥当性」について考えてみました。次回からはいつもどおりの、のんべんだらりとしたレポートに戻ります。ではでは。