W650開発者インタビュー

カワサキらしいやり方で、導き出された結論がバーチカルツインだった

真田:「この企画が立ち上がったのが、'95年くらいからですね。新しいスポーツモデルの提案として、どういうスタイルで、どういうコンセプトでやろうかなと、なったんですよ。スーパースポーツのカワサキというのはある程度確立されていますから、他にもっと新しい提案を、それもカワサキらしいやり方があるんじゃないかということを模索した結果が、このバーチカルツインになったんです」

渡辺:「初めから大きいのを作ろうという話でしたから、単気筒ではなくて鼓動感のあるエンジンレイアウトとなれば必然的にツインというのが出てきましたね。具体的な排気量は最初から決まっていたわけではないです」

濱矢:バーチカルツインといえば名車W1は避けて通れない存在かと思います。コンセプトの段階でイメージとしてあったのですか。

猪野:「意識はありました。意識はありましたけど懐古主義というのではなくて、今の新しい技術を使って独自のものを作ろうという思いがありましたので、Wの復刻版という考えはありませんでした」

濱矢:具体的な開発に入っていくにあたり、まず考えたのはどこですか。

渡辺:「一応、最初にエンジンありきとして、エンジンをメインにしたクルマ作りとなりましたから。とにかくエンジンを前面に押し出すために、どういうエンジンだったらキレイになるかというのがありました。この猪野君が車体もエンジンもデザインを手がけたんですが、どういうカタチでどういう機能美があるのかと彼がいろいろ考えたんですよ」

猪野:「外観主導になりましたが、当然、外観だけじゃ面白くない。機能的にも今までにないメカでないと満足できないんです。そのためにいろんなところに調査に出かけました。欧州にはすごい博物館がいくつもあるんですよ。2輪車だけでなく自動車や、潜水艦まで片っ端から観ました。バルブの駆動方式、フィン一枚一枚の造形などに注目しながら見て回ったんです。それで、50年代くらいの有機的なカタチを参考に現代のカワサキの技術で作ってみたいと思いましたね」


エンジン担当 渡辺芳男
汎用機カンパニー技術本部開発室MC部第五グループ参事
車体担当 真野芳文
汎用機カンパニー技術本部開発室MC部第一グループ

商品企画担当 真田智央
汎用機事業本部技術総括部商品企画部書付品企画グループ
デザイン担当 猪野精一
汎用機事業本部技術総括部開発室商品企画部デザイン企画グループ主事チーフデザイナー

カタチと機能の間で。見えない所までこだわった理由。

濱矢:美しさと機能を求めた結果ベベルギアでカムを駆動するという選択となったようですが、W1やトライアンフのようなOHVは考えなかったのですか。


bのデザインスケッチのように、DOHCでカムをチェーンにて駆動することも提案としてあった。既存の方法を使わず美しいエンジンにするために、垂直に伸びるシャフトでカムを動かすSOHCを選択。OHVは初めから選択の中にはなかったと言う。

渡辺:「初めから最新の技術で新しいことをやるというのがありましたのでOHVは選択に入りませんでした。まずはDOHCから入ったんですよ。OHVでもいいものはできますが、そういうのではなくやっぱり新しいものをと。誰もやっていないことをやりませんとね。カム駆動の方式もいろいろ考えました」

猪野:「やっぱりカムチェーンにするとカムチェーントンネルがキレイに見えないんですよ」

渡辺:「そこを猪野君がこだわってね。シリンダーがふたつ突き出るようにちゃんと立っているイメージですよ。カムチェーンだとその造形がいまいち。チェーンを右に持っていったりといろいろ彼が絵を書いてはこれはダメ、あれはダメとやってこの方式になった」

猪野:「こういうの(ベベルギアで駆動)って他にないでしょ(笑)」

渡辺:「最終的にはシャフトを使って動かす4バルブSOHCに落ちつきましたが、プラグを真上にするためにカムシャフトのレイアウトやロッカーアームのレイアウトは苦労しました。これにはインテーク側をシングルロッカー、エキゾースト側をダブルロッカーにして対処しました」

美しさだけでバイクは出来ない。だがしかし、苦労した分だけ美しくなる

濱矢:美しい外観を損なわないように、機能も追求するとなると相反する部分も出てくると思いますが。


開発段階で描かれたレンダリングスケッチの一部。クラシカルでオーソドックスなものから、シンプルなものまで様々な提案があった。これからもドラムブレーキを考えていたことが判る。ハンドルは低いものを想定していたようだ。マフラーの取り回しも多種多様でおもしろい。

渡辺:「キレイに見せるということでどこをみても丸みのあるエンジンの中身まで球で作るわけにはいきません。カタチを崩さずうまい具合に逃げていかなくてはならなくて苦労しましたよ。逃げるのはいいけど単純に逃げると幅が広がるから、幅を広げすぎず彼のいうカタチを維持するのが難しかったです。彼は図面を良く理解できるデザイナーですから、ある程度中身を見ながらカタチを考えることができますが、実際に作ってみるとそれもそのままではいかないところが出てくる。“その面を変えてください”とか、なかなか譲ってくれない(笑)」

濱矢:そのこだわりが、丸いオイルパンになって具現化しているわけですね。オイルパンという普段見えないところまで及ぶとは。

猪野:「僕が言わなければ基本的に四角くするのが機能的にも普通だし図面も書きやすいんですよね。でも合わないでしょう。ああいう丸みのあるカバーと、だからこだわったんです」

濱矢:車体設計という立場から見て、美しさやこだわりで苦労した所はありますか。

真野:「2本のダウンチューブを選択したのはデザインというより剛性的な問題からですね。1本から2本に分かれるのや1本だけとかいろいろとレイアウトを考えましたが剛性を考えたらきつくなるんです。見た目の美しさとのバランスをとるために2本のダウンチューブも平行にするかハの字の幅もデザイン的には狭くしたいが、剛性的には広くしたいとなるのでそのバランスをとるのに苦労しました」

猪野:「車体の人たちにもかなり迷惑かけましたね。これは今の技術で普通に作ったクルマじゃないんですよ。キレイなデザインにするためにフレーム剛性から見れば弱いディメンションになるものを選択してたりしますからね。でも、だからって現代の車体の基準から下げるわけにはいかない」

濱矢:スイングアームも楕円形状で、かなりのこだわりがありそうですが。どういう経緯だったんですか。

猪野:「丸、丸、丸と僕は言っていたんですよ(笑)」

真野:「最初のデザイン検討の段階では丸いのが2本生えていたんですが、これは明らかにダメだろうと。でも、どうしても面は丸い方がいいと言うので最初はアルミでトライしてみたんです。でも加工上の問題でスポーツモデルのような日の字断面、目の字断面というのができなかったからスチールとなりました。それで見た目と剛性のために長円になったんですよ」


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