幻立喰・ソ

第31回「歌舞伎町こわい三色定食こわい」

 「記念に下さいボタンをひとつ」と言われたり、「四月からは都会へ行ってしまうあなたに」打ち明けたり、「制服の胸のボタンを」下級生達にねだられたり、「卒業までの半年で」答えを出せと言われたり等々、卒業生、在校生は言うまでもなく、善男善女のみなさまにおかれましての卒業式は、甘酸っぱ〜い青春の一ページのこととお悦び申し上げます。

 誰も聞きたくないのは、じゅうじゅう焼肉の如く承知ですが、私の思い出話を聞いてください。

 今から30年以上前、高校を卒業した日のことです。

 野球部のE君、サッカー部のH君、お帰り部のM君、そして写真部の私の4チェリーは、黄色い電車に乗って勇んで新宿歌舞伎町へ繰り出しました。話の流れ的には脱チェリー行為を目論んでとお思いでしょう。しかし「チェリーは愛する人に」or「年上のおねーさまに弄ばれたい」or「旅先で俺の空みたいに」or「見知らぬ立喰・ソでおかみさんに」と各自が夢の錦の御旗をぶんまわし、我々の志は高かったのです。脱チェリーの度胸もお金もない4人組が目指したのはノーパン喫茶でした。大気開放されたGUを確認することが真の目的ではなく、衰退しはじめていたノーパン喫茶文化をこの目にしかと、くまと、うさぎと、いぬと焼き付けておきたいという社会学的見地にのっとった動機でした。頭の中は、ぐぐぐぐぐぐっ、GU!(江戸はるみ風に)状態でありましたが。

 1時間後、足も口も重いのにサイフだけがすっかり軽くなったしょんぼり4人組は黄色い電車で早々帰途につきました。純真無垢な田舎の4人組は、GUを直視したためショック状態になったのか? いえいえそうではありません。純真無垢な田舎の4人組は、あっさり客引きの甘言に引っかかり、ぼったくりノーパン喫茶に連れて行かれ、GUにたどり着く前にすってんてんという典型的なぼったくりに遭ったのです。電車代だけは返してくたから良心的? なぼったくりだったのかもしれません。その後、札幌、蒲田、名古屋、三ノ宮、福岡と日本各地でぼったくられ行脚を続けるのですが、それはまだ先の話です。

 話は2003年の初夏に飛びます。有楽町駅前がごちゃごちゃしていた頃、黄色いカコミ看板でおなじみKそばが駅前にありました(現在はガード下方面に移転)。オシャレ気分でWINS銀座に出かけ、あんのじょうすってんてんの半べそでソ(かけ)をすすっていると、もさもさと焼きソを食べていたオヤジが、焼きソ+いなりをもしゃもしゃほおばるオヤジに言いました。「シンボリクリスエス? ネオユニバース!」「ヒシミラクル!?」と宝塚記念の話をしていたのですが、「新宿(WINS)に行くときは、勝負前に歌舞伎町の後楽そば(※現役店はイニシャルで、幻立喰・ソになるとフルネームというルールがありまして、本店、支店みたいな場合は両者が混在するわけです。困ったものです)に行って万券とった」みたいな話を始めたのです。なに!? 歌舞伎町にも後楽そばがあるのか! 思わぬ話を聞いてしまい、粗忽ボーイの私は歌舞伎町というだけのアバウトな情報を頼りに、再びあの恐ろしい歌舞伎町へと向かったのです。

Kそば 後楽そば
にぎやかな看板がストマックを直撃する再開発前の有楽町駅前Kそば(写真左)。正確にはFそばと同じく名代が付きます。右が今回の主役、歌舞伎町の後楽そば。歌舞伎町店ではなく新宿店だそうです。有楽町のKそばは再開発でも生き残り、ちょっと移動して盛業中です。名物の焼きソも健在ですが、ステキな看板はなくなってしまい残念です。(2003年6月と2004年2月撮影)

 昼の歌舞伎町は活気も人も夜ほどではなく、夜の姿がウソみたいでした。なんだ、歌舞伎町恐るに足らずと大きな通りをずんずん進んでいきました。するとKそばではなくコマそばという未訪問店をすんなり発見。なんたる僥倖! と粗忽に飛び込んでぎょ! としました。明らかにあちら関係のお仕事の底辺業務を担当されているであろう雰囲気をむんむん発した方が、ずずずっとソをすすっておられるではないですか。やはり歌舞伎町……なめてかかると大やけどと、居住まいを正しお品書きを確認すれば、かけは270円とやや高め。その下に目をやると、かき揚げは280円。ん? ということは、かき揚げが10円? そんなばかな……はは〜ん、かき揚げそば280円と見せかけて、実はかき揚げ単品280円で、かき揚げそばになると270+280=550円のぼったくりか。やはり歌舞伎町はこわい、ノーパンの恐怖が蘇ります。

 そういえば、あのノーパン喫茶には思わずおばあちゃん! と呼びたくなるウエイトレスさんしかいなかったことも思い出しました。もし年代物のGUを直視していたら……小事に動じない大人になっていたかもしれません。ニヒルな私は、370円のちくわ天を注文しました。おやじさん(だったような気がするけどよく憶えてない)は不思議そうな顔で私を見ました(憶えてないんだから「見たような気がする」が正解)。ふらりと入ってきたおにいさん(たぶん堅気の人)が、かき揚げそばを注文しました。慣れた手つきで300円をテーブルに置くと、すかさず20円出てくるではないですか。 え? あまりの衝撃に目が泳いだ先で発見したのは、入れ放題らしいねぎの容器。ええ!? 見逃していましたが、ねぎ入れ放題なのです。

 華の東京のどまんなかで、かき揚げそばが280円(かけは270円だけど)で、ねぎ入れ放題。ぼったくりどころか、大太っ腹な経営方針を見せつけられ、改めて自分の粗忽さと度量やら思考やらあそこの小ささを再確認した次第です。

コマそば コマそば
コマそばはユニークな立喰・ソで、後に聞いた話ですが、ソのゆで加減も注文できたそうです。コマ劇場の解体が決まった末期まで、かけは270円の据え置き価格でしたが、10円かき揚げはなく、かき揚げそばは350円の適正価格になっていたそうです。確か10円かき揚げは「そば類を注文したときのみ」という但し書きがしてあったように記憶しておりますが、かき揚げ単品を注文してかじる人がいたんでしょうか? 右は高価なミンクのコートを纏っている高貴なご婦人がソの中で泳いでいるように見えますが、ちくわ天です。小皿に入っているのはさつまあげ? かと、しげしげ写真を見れば、いなり寿司も注文していたようです。記憶にも記録にもないのですが……(2006年5月撮影)

 しょんぼりと、角を曲がると見覚えのある黄色いカコミ看板が目に入りました。地獄で天使に出会ったような安堵感といえば解ってもらえるでしょうか。地獄に行ったことがないし、天使に会ったこともないのは当たり前ですが、ド派手な看板だらけの歌舞伎町にあって、堂々と渡り合う黄色カコミの派手な看板のさらに上をいくように「三色定食 てんぷらそば+やきそば+五目ごはん 三食たべて490円」と意味不明な看板も目に入りました。てんぷらそば+やきそば+五目ごはんと書いてあるのですから、そのとおりでしょう。が、尋常な組み合わせではありません。この強烈なタッグを前に、先程大衣ちくわ天と一戦交えたばかりの胃は「フゥープ、フゥープ、プル・アッププル・アップ、食べたらうえ〜っぷ」とアラートを鳴らします。粗忽な私でもさすがに危機を感じ、歌舞伎町から急速離脱しました。

 翌年の早春の頃、万全に体調を整え、再び歌舞伎町に舞い戻りました。

 店内にはやはりそっち方面の方が(以下前文と同)……何が出てくるのかわかりきった三色定食ですが、目の前に天ソ、焼きソ、五目ごはんの3つが並ぶとちょっと驚きます(といいますが、三品同時に出てくるのではなく、実際は五目ごはん、焼きソ、天ぷらソの順に出てきましたが)。まずは天ぷらソから食べないと、延びてしまうんじゃと心配しつつも、五→天→焼→五→天→焼と、五と焼の間に水分を挟んだ華麗なるな三角食べ(知ってますよね?)で挑みます。そのうちになにを食べているんだか朦朧となり、「フゥープ、フゥープ、プル・アッププル・アップ、食べたらうえ〜っぷ」のアラート音が聞こえ、やばいよやばいよと思いつつつも涙目でなんとか完食。口も胃も足取りも重く、サイフは490円だけ軽くなって、歌舞伎町を後にしました。

 もう一度リベンジ(何を?)しようしようと思っていましたが、どうにも足取りも胃も重くなり、再び出向く前にコマそばはコマ劇場の改装と共に2008年12月に、三色定食の後楽そば新宿店は昨年の4月、まさに卒業式シーズンの終了とともに幻立喰・ソになってしまいましたとさ。じゃんじゃん。

三色定食
普通セットものはメイン+ミニが一般的ですが、三色定食の場合、フル・天ぷらソ+フル・焼きソ+ややミニ五目ごはん(とはいえ普通のおちゃわん一杯分)。スープ+おかず+ごはんと考えると、まことにバランスの悪い食事ですが、満腹になることは間違いありません。ちなみに後楽そばは立喰・ソでありながら焼きソの方が有名です。有名だから美味しいかと……(有楽町店は現役店なので以下自粛)。時々無性に食べたくなる味といえば、解ってもらえるでしょうか。(2004年2月撮影)
田町店 田町店
後楽そばは田町にもありました。実名と言うことは、すでに幻立喰・ソ入りということです。田町店は黄色いカコミ看板でなく、店内も間接照明っぽいオシャレさんだったので、いつ見ても悲しい閉店の貼り紙を見るまでは同名他店だと思っていました。(206年5月撮影)
田町 田町
すでに閉店後の田町店。かなり人通りがあり、昼はソ、夜は一杯飲み屋風と、隣の大チェーンFそばと真っ向勝負していたのですが……右は田町店のミニカツ丼とたぬきセット650円。立喰・ソ帖には「ちくわ天は2本で100円。激安でうれしい」と記述がありますが、写真を撮る前に1本胃袋に収めたのでしょうか? 私、ちくわ好きなんですね。獅子丸ですか。「犬に毎日1本ちくわをあげたら何か危険はありますか」と知恵袋に質問している人がいました。獅子丸の飼い主でしょか?(2012年5月と2005年6月撮影)

■立喰・ソNEWS

●「想い出そば閉店?」

 中学生なら一度は興奮した「お(う)めこくさいマラソン」(正確には青梅マラソン)でおなじみの青梅。 そのJR青梅駅ホームにあった立喰・ソ「想い出そば」が1月いっぱいで幻立喰・ソになってしまったようです(私はまだ現認していませんが)。

 ソ自体は、可もなく不可もないおなじみNRE系列のあじさい風味でしたが、レトロ調店舗の中にあるブラウン管のテレビでは、国鉄三大事故のひとつ、三河島事故の当時のニュースなどのエグイ映像を流しているという、よくもまあJRから営業許可が出たもんだという気概がうれしかったのに。

想い出そば
 
想い出そ
やはり立喰・ソにはすすけた感じが似合います。右は看板メニューの「想い出そば」(400円)。想い出そばとは大根、にんじん、ごぼう、鶏肉が入ったけんちん汁風で、ちくわも半分入っていました。神保町のMもそうでしたが、看板メニューには鶏が入っている確率が高いようです。まるでトラップのように。(2005年4月撮影)

バソ
バ☆ソ
日本全国立ち喰いそば全店制覇を目論む立ち喰いそば人。現在600店以上のデータを収集したものの、ただ行って食べただけではたいして役に立たない。立ち喰いそば屋経営を目論むも、先立つものも腕も知識も人望もなく断念。で、立ち喰いそば屋を経営ではなく、立ち喰いそば屋そのものになろうとしたが「妖怪・立ち喰いそば屋人間」になってしまうので泣く泣く断念。世間的には3本くらいネジがたりない人と評価されている。一番の心配事はそばアレルギーになったらどうしよう……。


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