MBHCC A-6

かつてミスター・バイクの誌上を彩った数々のグラビアたち。

あるときは驚きを、またあるときは笑いを、そしてまたあるときは怒りさえも呼び込んだ、それらの舞台裏ではなにがあったのか?

1980年代中盤から1990年代、メインカメラマンとして奮闘した謎の写真技師こと、エトさんこと、衛藤達也氏が明かす、撮影にまつわる、今だから話せる(んじゃないかと思うけど、ホントはまずいのかも)あんな話、こんな話。どんな話?

第33回 上り2時間、下り2秒。百里の道は九十九里をもって半ばとせよ

 
 前回好評をいただいたスパイもの? 的お話、もっとすごいやつがもう一つあります。しかし内容が内容だけに、まだ書くことはできないんじゃないかと思います。もしも関係各位の許可が出て、書けるようなご時世になりましたら書きましょうね〜。それまでみなさん、どうぞお楽しみに。

 
 今回のお話は、久々のFRC(ファイヤー・ロード・クラブ=信哉さんが林道をレポートする超人気コーナー)ネタです。
 FRCは他のカメラマンが同行することもありますが、この頃ほぼ私をご指名で、FRCの取材はいろいろ行きました。
 なのに、第23回でお話した水無川のようなとんでもないことがあれば覚えているのですが、「ガードレールに死ね死ね団と書いてあった」とか「転んだら側溝に入れられた」とか、断片的な記憶はあるのですが、それがどの林道だったのか全く思い出せません。何せ、林道は見渡す限り木と山。私にはどこも同じ風景にしか見えず、記憶に結びつくものがほとんどないのです。

 
 そんなFRC取材ですが、水無川の激闘とはまた違った、とても大変な思いをした取材でした。これもメチャクチャ大変だったメイン撮影のことは憶えているのですが、前後のことはどうもうやむやですいません。

 
「エトー、今回もおもしれーとこに連れてってやるぞ。楽しみにしてな」
 毎月、月の初めになると信哉さんからこのような電話がかかってきます。
「今回はどこ行くんですか?」
「おう、今回はオメーがゼッテー驚く夜景を見せてやる。そこが最終目的地だ」
「夜景ですか? 東京近郊ですか? ならば、ちゃっちゃと“やっつける”んですね」(当時信哉さんは何かやることを “やっつける”と言い、とても気に入っていたようでかなりの頻度で使っていました。当然、私にも伝染していました)
「おうよ。さっとやっつけて、川崎戻って、うめービール飲み行こうぜ」(この頃、一仕事終わると必ず一杯、じゃなくていっぱい飲むことが恒例になっていたような気がします)
「夜景撮るんですよね。三脚を持っていかねばなりません。それにストロボも。夜の林道だと真っ暗で何も見えません。懐中電気持っていかねばなりません」
「懐中電気だと!? エトー、いつの時代の使ってるんだよ。今の時代はマグライトだろ、マグライト!」
「そうなんですか? どっちでもいいです明るくなれば。それよりも一つ問題があります」
「何が問題なんだよ?」
「三脚です。背中に背負って行くか、リアシートに縛り付けるしかないんですが、どっちにしても危険が伴うんです。背負ってると転けたとき凄く痛い思いしそうだし、バイクに縛っても途中で落としそうでとても心配なんです」
「エトーはホント心配症だな…………んなに大きな三脚いるか? 凄ーくコンパクトでデイパックに入るくらいの軽いやつとかないのか? そんなに心配なら、明日ヨドバシ(=当時も今も、カメラ用品と言えばまずはヨドバシカメラ←バナー広告お待ちしております)見てこいよ」
「そうですね、こんな機会じゃないと、ちっちゃい三脚買うこともないですから」

 
 撮影当日の朝、信哉さんは私を見るなり言いました。
「おう、例のものはあったか? 手頃なのはよ」
「はい。ありました」
「見せてみろよ、そいつを」
「信哉さん、それは着いてからのお楽しみということで。へっへっへっ」
 なんだか悪代官と悪徳商人の会話みたいになりました。

 
 まだ朝の暗いうちに都内某所(編集部です)を出発し、都内某所(本には当然書いてあります)の林道入口に着く頃はすっかり夜も明けていました。
 カメラバックからカメラを出し、フィルムを装填し、走ってもカメラがブラブラしないよう体にセットして出発です。最終目的地には暗くなってから到着すればいいので、ゆっくり林道を楽しみながら撮影を“やっつけ”て行きました(記憶にありませんが、記事を読み返すとそうらしいです……)。

 
 ぼちぼち日が暮れそうな頃、目的地に到着しました。
「ここですか。まだ明るいからどんな具合になるか分かりませんね」
「おう、でもよーオメー、見たらゼッテーおどろくぞ。メインカットは決まりだな」
「夜景だけ撮っても面白くありませんね。バイクがあった方が絵になりますよね」あっ! いま私、かなり余計な一言を言ってしまったような……そのポイントは、ものすごく狭く(幅70センチくらい)て長い(というほどでもない12メートルくらいだけど急角度)の階段を登ったところにありました。しかも階段は片側が崖面で、反対側は手すりもない崖っぷち。2人でバイクを上げるのはかなり難題な場所なのです。
「だけど、これじゃバイク持ってくることできませんしね。どっか他のところにしましょうか」と、咄嗟に話を切り替えたのですが、時すでに遅し。信哉さんの頭の中はどうやってバイクを上げるかでいっぱいになっていました。

 
 しばらく沈黙の後、信哉さんはきっぱりと言いました。「エトー、ここしかねーわ。やるしかねーな」
 やっぱり……それでも、一応すっとぼけて聞いてみました。「え? 何をやらかすんですか?」
「決まってんだろ、バイクをここまで持ってくるんだよ!」やっぱり……
「ええええーっ! 階段の幅見ました? 凄く狭いですよ。手すりないですよ。バランス崩したら落ちちゃいますよ。やめておきましょうよ」ダメ元で抵抗してみましたが、「ダメだ。俺様は一度決めたら、ゼッテーやる。大丈夫、いい方法あるから。まかしときな。なんとかなるぜ」と、男らしい一言で簡単に却下されました。
「こんなこともあろうかとロープを持って来てる。いいかエトー、作戦言うぞ。まずロープをフロントフォークに結ぶ。そして俺様が上にある木にロープまわしてくる。でだ、俺がハンドル操作して持ち上げるから、お前はバイクの後ろに付いて、ロープを引っ張っぱりながら落ちないようにバイクのケツを押さえる。これを繰り返せば到着ってわけだ。どうだ、いい作戦だろ」
「なるほど。ロープさえあればこっちのもんですね。さっさとやっつけて、うまいビール飲み行きましょう」さすが信哉さん、うまいこと考えるもんだ。これならとさっそく作業を始めたのですが……
 バイクは2メートルくらい上がるのですが、それ以上全く動きません。力を振り絞って押しましたが、ほとんど動かず疲れがたまるばかり。ふと、気がつくと日が落ちて来てだんだん薄暗くなってきたではないですか。
「そろそろヤバイですよ。あきらめて別の場所探しましょうよ」と泣きを入れました。怒鳴られるかと思いましたが「まあ、待てエトー、最後にいい考えがある。それをやってだめなら、あきらめよう」と、のたまうではないですか。さすがの信哉さんもあきらめが付いたかと一安心。すると「その前にだな、頭に付けるヘッドライトだ。頭付電灯をよ。なっエトー、頭付電灯」といってニヤニヤしながら炭坑夫がヘルメットに付けるようなライトを渡してくれました。「暗くなっても手元が見えんだろうよ。便利だろ」
 そう言われてみれば、すっかり真っ暗になっていました。

 
「さて、どうするんですか?」
「タイヤの空気抜いて、上がれるところまで走る。止まったら落ちないようにロープをしっかり引っ張ってくれよな」とタイヤの空気を抜き始めました。
 私はすっぽ抜けないようロープを体に巻き付けると、信哉さんはエンジンをかけ、勢いつけて階段を駆け上ったのですが、予想通りといいますか、やはり真ん中あたりで止まってしまいました。
「エトー、落ちねーよーに引っ張れーーー!」
 力の限りのけぞり(ブリッジまではいかないものの)、力一杯強く握って必死でこらえました。信哉さんも崖っぷちに持っていかれそうになる体を草の崖の方に倒し込み、バイクが落ちないよう必死です。
「エトー、大丈夫か。少しずつロープを短くしてこっちに来い。ゼッテー気を抜くなよ。早く来てバイクの尻押さえてくれ」
 そう言われても、返事をする余裕もなく、ただ鼻息でフンフンしかできません。その時の私の顔は、歌舞伎役者の隈取りのような形相だったに違いありません。信哉さんに見られていたら、おもしろおかしく書かれたでしょう。いつものように。暗くて助かりました。なんとかバイクまでたどり着くと休む間もなく信哉さんは言いました。
「せーので押すぞ。いいか」「フンフン」   
 あとはただただひたすら押しては戻りを繰り返し、少しずつですが階段を上り始めました。人間とは不思議な物で、こんな状態で思ったのは「アリってすごいな」ということです。自分の体の何倍もの大きさのチョウチョの羽を口でくわえ延々と運んでいく。しかも90°の勾配も難なく上る。実際の所、平気かどうかアリに聞いてみないと解らないのですが、人間には到底できないことです。
 1m上がるのに10分くらいかけながら、そろそろ頂上だろうと思ったら、狭い道はさらにターンして続いています。タイヤの空気を抜いているので、抵抗も大きくなかなか進みません。さらに進んでは戻りを繰り返し、全身から湯気のように汗を吹き出し、へとへとになりながらも2時間以上かかって、なんとか平面に近いところまでたどり着きました。夜景はものすごくきれいでしたが、感動するよりハーハー、ゼイゼイ。このままだと、寝てしまいそうなぼろぼろの状態でした。



1989年4月号表紙
1989年4月号。巻頭特集は実写版4コマまんが。これも撮影はエトさんです。


1989年4月号


1989年4月号


1989年4月号


1989年4月号
今回のネタ元、FRCの記事です。モノクロなのがもったいない。

 
 しばらくすると信哉さんはむっくり立ち上がって言いました。「ところでエトー、例の三脚はどんなのを持って来たんだ、見せてみろよ」ゆっくりデイバックから取り出すと「何だよ、普通の三脚じゃねーか。どこがすげーんだよ!」となぜか怒っているようなので、自信を持って言いました。
「信哉さん、これはただの三脚ではありません。いいサイズの三脚は売ってなかったんです。どうしようか悩んでいたらふと思い出したんです。中学生のとき買った三脚を。これがそれです」「? だから?なんなのだ?」
 信哉さん、ちょっと苛ついているようですが、得意満面で私は話を続けました。「実はですね、この三脚、雲台と、脚がバラバラになるんです(私がこの頃使っていたハスキーの三脚は雲台と脚が一体で取り外すことができなかった)。ねっ、凄いでしょ。ほら、バラバラにして持ってきました。中学生のとき買ったものですが十分撮影できます。安心してください」と、M16を組み立てるゴルゴ13の気分で脚に雲台を付けました(今回はスナイパーじゃないですが)。「……」信哉さんは黙って見ていました。

 
 ちょっと変な雰囲気になりましたが、カメラの準備は完了。しかしバイクと信哉さんだけでは面白くないので、ふと思いついたことを提案しました。
「信哉さん、写真もっと面白くしませんか。いいことあるんです」
「おう、なんだよ。なにするんだ。おもれーと言った以上、おもれーんだろうな?」
「懐中電気、いや、マグライトで空に字を書きましょう。落書きしましょう」
「? どーすんだよ。俺は何をしたらいいんだ?」
「マグライトの光る部分をカメラ方向に向けて、ストロボが光ったら字を書いてください。終わったら、ライトをカメラに向けないように隠してください。それだけです」「おう! わかった」



ボツカット1


ボツカット2
発掘された未使用カット。といいますか、なぜかこの2カットだけが残っておりました。右は信哉さんの顔が消えてしまっているからボツですが、左は顔も消えていないし、書き始めもわからないから大成功のような気がしますが、文字ではないからボツだったのでしょうか?

 
 こうして撮影は順調に終わりました。バイクも階段を下るだけなので、いとも簡単に2秒ほどであっけなく下ろせました。

 
 すべて無事に終わって、めでたしめでたし。のはずでしたが、後日写真の上がりを見て信哉さんに指摘されるまで、まったく気が付きませんでした。最後のツメが甘かったのです。
 写真を見ていただければおわかりのように、文字は終わりから書いているようになり、信哉さんの頭も透けてしまいました。バルブ撮影なのでシャッターを開けている間、信哉さんはぶれて映らないのです。だから、先にストロボを焚くのではなく、字を書き終わってから発光すればよかったのです。
 あんなに苦労してセッティングして、いい絵が撮れたと思ったのに……大失敗でした。ひとつだけ言い訳をさせていただければ、バイクを山に上げることでヘトヘトになり、早く終わらせて帰りたい気持ちでいっぱいだった心の隙に、悪魔が潜んでいたのです。

 
『百里の道は九十九里をもって半ばとせよ』

 
 みなさんも、夜景がきれいな場所にバイクを苦労して上げて、夜空にマグライトで字を書くようなことがあったら、ストロボは後で発光。と、憶えておいてくださいね。


衛藤達也
衛藤達也
1959年大分県生まれ。大分県立上野ヶ丘高校卒業後、上京し日本大学芸術学部写真学科卒業。編集プロダクションの石井事務所に就職し、かけだしカメラマン生活がスタート。主に平凡パンチの2輪記事を撮影。写真修行のため株式会社フォトマスで (コマーシャル専門スタジオ)アシスタントに転職。フリーになり東京エディターズの撮影をメインとしながらコマーシャル撮影を少しずつはじめる(読者の方が知っているコマーシャルはKADOYAさんで佐藤信哉氏が制作されたバトルスーツカタログやゴッドスピードジャケットの雑誌広告です)。16年前に大分県に戻り地味にコマーシャル撮影をメインに活動中。小学校の放送部1年先輩は宮崎美子さんです。全く関係ないですが。


●衛藤写真事務所
「ぐるフォト」のサイトを立ち上げました。グーグルマップのストリートヴューをもっと美しく撮影したものがぐるフォトです。これは見た目、普通のパノラマですが前後左右上下をまるでその場に立って いる様に周りをぐるっと見れるバーチャルリアリティ写真です。ぜひ一度ご覧下さい!

http://tailoretoh.web.fc2.com/ 

  

●webサイト http://www1.bbiq.jp/tailoretoh/site/Welcome.html
●メール tatsuyaetoh@gmail.com

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