MBHCC A-6

かつてミスター・バイクの誌上を彩った数々のグラビアたち。

あるときは驚きを、またあるときは笑いを、そしてまたあるときは怒りさえも呼び込んだ、それらの舞台裏ではなにがあったのか?

1980年代中盤から1990年代、メインカメラマンとして奮闘した謎の写真技師こと、エトさんこと、衛藤達也氏が明かす、撮影にまつわる、今だから話せる(んじゃないかと思うけど、ホントはまずいのかも)あんな話、こんな話。どんな話?

第32回 スナイパータツヤ2 大胆撮敵

 
 あれは曇った寒い日でした。まるで2月のロンドンのように。見つからないようボンドカー=クラウンステーションワゴンスーパーデラックス(7代目のS120型 2000cc 5速フロアMT この名車を知らないヤングは歴代クラウンのサイトで)を富士スピードウエイメインスタンドの陰に隠し、私は観覧席階段脇に隠れ、不朽の名機CanonNew F-1(当時はまだEOSじゃない。この名機を知らないヤングは例によってキヤノンカメラミュージアムで)に500mm+2倍のテレコン付けた愛機を抱いて、じっと獲物を待っていました。その姿は、物陰ではあはあする盗撮男ではなく、ヴァシリ・ザイツェフか、ケーニッヒ少佐(誰? という人は、映画スターリングラードで)に見えたに違いありません。

 
 遡ること数日前、「電話で話せない内容だから至急編集部に出頭せよ」と近藤編集長から呼び出しがありました。編集長室に顔を出すと、近藤編集長はハードボイルド調にくるっと椅子を回して立ち上がり、ニヒルな声で言いました。
「エトー、下行こうか」
 まるで劇画です。歩き出す近藤さんの背後に効果線が見えたような気がしました。

 
 いつもの食堂に入ると、いつもより静かにドアを閉め、後ろ手でカチっと鍵をかけたではないですか。しかも口の端っこだけニヤッと笑う怖い顔で。
「ヤバイ、犯される!」しかしこれもフリーカメラマンの定(と書いて掟と読んでください)。覚悟を決め「やさしくしてね」とベルトを外しかけたら「なっ、なっ、エトー。いいか、誰にも言うなよ、絶対なっ、なっ」と、いつもの4コマまんが顔に戻り小声で言いました。訳がわかりません。とりあえず犯される心配はなさそうなので、冷静に言い返してやりました。「何を言っちゃいけないのか、まだなにも聞いていないので、言いたくても言えません」すると、またもやニヒルな顔に戻り、得意げに言いました。「とある筋からの情報なんだがな。いいか、エトー、絶対に誰にも漏らすなよ。すごいスクープだからな」黙ってうなずきました。

 
 さらに小声で言いました。「実はな、エトー、神奈川県警がGL1500の白バイを導入するらしいんだ。その走行テストをやる絵を押さえてほしいんだ」
「えっ! GLの白バイ!」思わず大きな声を出してしまいました。
「声がデカイよエトー! 絶対誰にも言うなよ」と私の倍くらいの大声で叫びました。
「すすす、すみません。で、いつどこに行けばいいんですか」こそこそ小声で言いました。
 またもや劇画調の顔に戻り、もったいぶって言いました。「……ん、情報によるとだな……○月○日……FISCOでほぼ決まりらしい……いいか、エトー、絶対に言うなよ」
「わかりました。でも入れますか? 貸切だったらアウトですよ。前日から潜入しないと……」段々スパイ気分が盛り上がってきます。
「いや、そこまでしなくても大丈夫だろ。貸切にはしないみたいし、一般客装って入れるだろ」
「では、どこで仕留めましょうか? 1コーナーの飛び込みですか。それとも高速コーナーの100R? やはり300Rですかね」
「それがなエトー、コースを走るんじゃなくてピット裏の駐車場でやることも分かっている。絶対誰にも言うなよ、なっ、なっ」
「なんだ、駐車場ですか」
「ただし、見つかると厄介なことになるから、メインスタンドに隠れてこっそり撮れ。いいな。望遠レンズは目立つから隠れてこっそりな!」
 やっかいなことになった時のことを考えたのか、突然編集長の顔に戻り命令調口で言いました。ほんと忙しい人です。
「アップとか部分とかもいりますか……といいますか、なんか急に態度がでかくなっていませんか?」
「いやいやいやいや、そんなことはないぜ、よ、ですよ。なっ、なっ、なっ」またまた4コマ顔で言いました。
「たまたまFISCOに行って、たまたま撮影しちゃった態で行くから、細かい写真撮らなくていい。わかったか、エトー!」また口調が変わりました。
「で誰と? もちろん編集長自ら出陣ですよね」
「いや、エトーさ、ほら、こういうのはさ、男2人で行くと不自然だろ。それにさ、1人のほうが動きやすいだろ。なっ、だからさ1人で行ってくれよ。なっ、なっ、なっ、頼むよエトー」
 最後はいつもの泣き落としです。もしもの時に会社の人間がいると会社的にめんどうなことになります。解っています。その時は「フリーカメラマンが勝手にやった。会社には関係ないです。知りません。存じません。記憶にありません」当局は一切関知しませんってことです。スパイですから。スパイですからスッパイ(=失敗)は許されません。
「では、ギャラは特別手当ということでよろしいですか?」
「エトー、腹減ってんだろ。ふじや丼食うか」
 聞こえない振りをして簡単にスルーされました。スパイなのに報酬はスッパイ(=酸っぱい)……これもいつものことです。

 
 と、こんなやりとりがあって、寒空の下、隠れているワケです。
 しばらくすると、制服の警官、白バイ隊員、スーツを着た人たちがぞろぞろ集まって来ました。息を殺して見ていると駐車場に止めてある大型トラックの荷台が開けられ、中から2台のGL1500が! これか? 白バイ仕様だと思っていたら普通のGLで、ちょっと拍子抜けでした。白バイ仕様もあるんじゃないかと、しばらく様子をうかがいましたが、降ろされるとすぐに白バイ隊員が走り始めました。
 前戯もなく、いきなり本番ですか! さすがは白バイ隊員、いきなりでもうまく車体を操っています。が、ぼんやり見とれている場合ではありません。白バイ仕様はないようです。これを逃すとまずい。慌て気味にシャッターを切りまくりました。よし、仕留めた。ネタ的には十分な手応えです。が、カメラマンの悲しい性か、もっと違う絵を撮りたい欲求が沸いてきたのです。落ち着いて観察すると、隠れてピリピリやっている感じではなく、近寄っても怒られなさそうな雰囲気です。



1988年6月号表紙
「スクープ」の文字が躍っている1988年6月号。表紙はどこかのおっさんです。下の方にはGLのタンデムシートにノーヘルのおまわりさんの写真。なんでこっちを表紙にしないの?

「迷ったふりして近づけば大丈夫。行っちゃえ、行っちゃえ。もっといい絵が撮れるぞ。大スクープだぞ」悪魔エトーが耳元でささやき続けます。こういうとき天使エトーはどこに行っているのかまったく出てきません。
 そうと決まれば万が一を考え、撮影した大事なフィルムをカメラから抜いて車の中に隠します。新しいフィルムを入れて広角レンズに替えたカメラを助手席に置き、エンジンをかけスタート。気分はCIAかKGBかモサドかMI6か(ちなみにMI6スパイの平成25年度の新卒採用はこちらから!?)、パドックに行くトンネルをくぐるとき、ジェームズ・ボンドのテーマが頭の中で鳴り響きます。駐車場に車を停め、素知らぬ振りをしながら、カメラマンなんかじゃありませんよ〜。たまたま通りかかった一般人ですよ〜〜〜的雰囲気をふりまきつつ、試乗場所に近づきました。



1988年6月号


1988年6月号
スクープ! なのに、カラーでもグラビアでもなく活版(わらばんしのページ)4ページ。MOTTAINAI!

 
「あんた誰? 何してるの?」
 制服のお巡りさんの横に立つとさすがに誰何されました。が、詰問調ではありません。誌面では私がとっさに機転を利かせ、「すごいバイクだな〜!」と言ったと書いてありますが、誰何は想定内。誰何ならば問題ないっ! ですが、緊張すると言葉が詰まってしまう私です。実際は「なななな、なんとすごい、バイクですね!!」でした。
 お巡りさんはまんざらでもなさそうです。これなら行ける! ミッションスタートです。
 野次馬感まるだしで「カッコいいですね〜〜こんなバイク見たことない!」と続け、さらにバイクオタク風に「カッコいいな〜ジョン&パンチみたい〜。これ新しい白バイですか、こんな大きなバイク乗ってみたいな〜」とジャブを繰り出します。
 すると害のないアホに見えたのか、それともついつい自慢したくなったのか、お巡りさんはニッコリして言いました。「すごいでしょう!」さらに、神奈川県警高速隊で試験走行を来月から始めて、9月には本採用するなんてことを話し始めたのです。
 え! そんなこと話して大丈夫なの?? と、驚きましたが、千載一遇のチャンス到来。「すごいなあ、カッコいいなあ、記念に一枚写真撮りたいな〜」と小声でつぶやきアピールしました。するとあっさりと「別にいいんじゃない。もう決まってることだし。秘密じゃないし」と言うではないですか。現在なら写真を撮ってすぐに投稿されてしまうので、こんな簡単にはいかないでしょう。昔でよかった〜!?
「やったあ〜! カメラ持って来てよかった〜!!」と、あしたはホームランだ! 的ウキウキ感を醸しつつ車からカメラを取り出しました。ここで本性を丸出してバシャバシャ撮ってはいけません。カメラ小僧を装いド素人風にカメラを構え、「すごいなーすごいなー」のつぶやきも忘れず、シングルショットで記念撮影風にシャッターを切りました。モードラ付きのごっついNew F-1をぶらさげている素人さんなどほぼ皆無の時代でしたが、私の演技力が勝ったのでしょうか、それともまったく秘密でもなんでもなかったのでしょうか、特に疑われることはありませんでした。時間をおいてパシャパシャっと数枚撮影し、そーっと車に戻ってそーっと静かにその場を立ち去りました。あとワンカットと欲張って、疑われては元も子もありません。スパイだけにスパッとした引き際が肝心なのです。



GL1500


GL1500白バイ
発掘された未使用カット。証言通りフイルム2本分で、1本目はスタンドから望遠で撮影。さすがプロ。手持ちの500mmなのにブレもピンボケもありません。


GL1500


GL1500白バイ
広角レンズの2本目。カット数は証言よりも大目にありました。最初は遠慮がちに、最後は大胆に近づいています。ところでド派手な赤いツナギのあんちゃんは、警察関係者にみえませんが、誰?

 
 トンネルをくぐるとドキドキしてきました。任務遂行後、身分がばれたスパイが逃げるようなスリルを味わいながら(本当は小心者なので、追いかけられたらどうしようと激しくびびりながら)、全開で逃げたいけれどゆっくり静かに出口ゲートに向かいました。ゲートを出ても安心できず、緊急配備で検問があるんじゃないかとかびくびく。東名の入口でも捕まるんじゃないかとドキドキ。高速道路では制限速度も車間距離もきっちり守って、逆に怪しまれる超安全運転で帰路につきました。しかし白バイやパトカーに追いかけられることもなく無事編集部に到着。かなり興奮気味に、大嫌いなカニのように口に泡をためながら、近藤編集長にその日の出来事を報告したことをたった今、思い出しました。ちなみにメインカットになったのは、最後に撮った一枚です。

 
 こうしてまたひとつ、ミスター・バイクに「なにをやらかすかわからない」感が加わったのですが、特別ボーナスも撮影クレジットもなし。こんな陽の当たらないスナイパー稼業もまた、フリーカメラマンのお仕事なのです。じゃ、また。



GL1500


GL1500白バイ
日本で初めて4メーカーから発売されたオーバーナナハンが1988年に輸入販売されたGOLD WING。で、本誌スクープのとおり白バイ仕様も作られましたが、どちらかといえばパレードとか展示が主な仕事でした。

衛藤達也
衛藤達也
1959年大分県生まれ。大分県立上野ヶ丘高校卒業後、上京し日本大学芸術学部写真学科卒業。編集プロダクションの石井事務所に就職し、かけだしカメラマン生活がスタート。主に平凡パンチの2輪記事を撮影。写真修行のため株式会社フォトマスで (コマーシャル専門スタジオ)アシスタントに転職。フリーになり東京エディターズの撮影をメインとしながらコマーシャル撮影を少しずつはじめる(読者の方が知っているコマーシャルはKADOYAさんで佐藤信哉氏が制作されたバトルスーツカタログやゴッドスピードジャケットの雑誌広告です)。16年前に大分県に戻り地味にコマーシャル撮影をメインに活動中。小学校の放送部1年先輩は宮崎美子さんです。全く関係ないですが。


●衛藤写真事務所
「ぐるフォト」のサイトを立ち上げました。グーグルマップのストリートヴューをもっと美しく撮影したものがぐるフォトです。これは見た目、普通のパノラマですが前後左右上下をまるでその場に立って いる様に周りをぐるっと見れるバーチャルリアリティ写真です。ぜひ一度ご覧下さい!

http://tailoretoh.web.fc2.com/ 

  

●webサイト http://www1.bbiq.jp/tailoretoh/site/Welcome.html
●メール tatsuyaetoh@gmail.com

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