Hi-Compression Column

バイクの英語

今月の一言

“That’s not Cricket”


(ザッツ・ノット・クリケット)

(2011年5月17日更新)

そんなムキになるなよ。

リラックスしていこうぜ。

楽しめればいいじゃない。

そんな中で上手くいっちゃったらモウケモン。

……現在の日本全体に必要なそんな空気。

クリケットから学んでみましょうか。


年金をずっと払ってきた近所のおばさん曰く:

「最初は確か60歳でもらえるはずだったんだけどねぇ。いつの間にか段階的に65歳までになっちゃった。おかしな話だねぇ」ですって。

最初の約束では何年払えば何歳から支払いますよ、っていう約束だったはずなのに、情勢が変わるからそういうルールも変えられちゃうわけですね。

しょうがないっちゃあしょうがないのだけど、どうも腑に落ちない。

さらにそのプール金の管理がちゃんとしていればそんなに文句も言えないけれど、さんざんっぱら無駄遣いや浪費をかさね、来るべき超高齢化社会が見えているにもかかわらず「今あるから」という理由で使っちゃってるんだから笑える。

1月末までには全部なくなっちゃう小学生のお年玉じゃないんだから……。

で、現在になってお金が足りないから受給できる年齢を引き上げたり、一生懸命取り立てたりしてるわけだけど、普通に考えてこれまでの無茶な成り行きを知っている若者たちは、払ったところで自分が受け取るころには75歳ぐらいまで受給できる年齢が引き上げられているんじゃないか、と思うよね。

いずれにせよ、やり方がフェアじゃないと思う。


地震の影響で計画停電ってのがあって、首都圏だけどだいぶ田舎に住んでいる筆者もある晩バイクで帰宅したら何もつかなかった。

ストーブもコタツもつかないから寒くてしょうがなく、ポットが沸かせないから温かいコーヒーも飲めない。

自販機もみんなダウン。

何もできないからライディングウェアのままに散歩に出かけたら体も温まったし月が綺麗だった。


……いやいや!ちがった。そういう話じゃなくて、停電が不平等だって言う話。

最初は被災地のために数時間の我慢は喜んでしますよ、という気持ちだったのだけど、よくよく聞いてみると東京都内の電力がダウンしないための計画停電だって言うじゃないか。

いくら寒いのを我慢したって被災地が温かくなるわけじゃなくて、都内が通常通りの生活ができることをサポートしてるだけだったわけだ。

都内の友達は「計画停電って言うけどぜんぜん停電しない」なんてノウノウとヌカすけど、コンビニだってスーパーだってなんだって便利が揃ってるそちらさんが普通の生活できるために、こっちの田舎は真っ暗になってんだよバカチン、と憤ったわけです。

ましてや当初は、完全に被災地である茨城県まで計画停電の対象になっていたんですぜ!? 考えられねぇですよ。

都心のために地方が犠牲になる……。いままでもいくらでもあったことだけど、全くもってフェアじゃない。


さらに言えば原発問題かな?

実は故郷が原発の近くにあって慢性的に不安を抱えてるのだけど、今回の浜岡原発停止の話しで「なんだよ、運転停止してる2~3年の間も他のソースから電力の供給が可能なら、原発いらないってことじゃん」と思うわけですよ。


耐震、耐津波の工事をするぐらいだったら他の発電方法をもつ発電所の建設にその費用と時間を当てたらいいじゃん、と思っちゃうわけですね。

だいたい電力が無尽蔵に供給されなくてはいけないという発想がおかしいよ。

1日に使える量を決めちゃえばいいんだ。

ここでもいろいろフェアじゃないと思うのだけど、どうだろう。

そうなんです。「フェア」についてお話したいんですよ今月の「バイクの英語」は。

フェアな競技といえば「クリケット」です。

日本ではあまり馴染みがないけれど、イギリスを中心に、オーストラリア、ニュージーランド、そしてインド、パキスタンなどの中東の国々でも非常に人気の高いスポーツです。

ルールはなんとなく野球に似ているかな?

野球では90度の角度の中にボールを打ち返さなきゃならないけれど、クリケットではそれが360度なんです。

ピッチャーが投げたボールを「チョン」とかすめて真後ろに流してもOK。

よって敵チームの守備は360度のフィールド全体に散らばっています。


ベースは、野球で言うところのホームベースが2つあり、1~3塁はありません。

ボールを打ったらもう一つのホームベースに走る。

そしてボールが戻ってくるまでひたすらホームベースを行ったり来たりして点数を稼いでいきます。

ストライクはなくて、ボールかアウトしかありません。

アウトになったらバッター交代。ま、詳しく説明するといくらウェブでもページ数が足りなくなりますので、こんぐらいにしておきましょう。



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とにかく長引くゲームで、1ゲームを終了するのに3日や4日もかかることもあります。

かなりノンビリした競技なのですが、なにせ紳士のスポーツですからね、礼儀を尽くしたプレーや定期的なティーブレイクが挟み込まれるわけで、そもそもそのゲームを早く完結させようという意思が低いのです。

さらに言えば、よっぽど高いレベルでの試合でない限り、勝敗についてもあまりこだわりはありません。

楽しくゲームができ、美味しい紅茶とスコーンが食べられ、イギリスではよくある通り雨の間は相手方チームの奥さん連中とサンドイッチを交換するような、そんなリラクシンな競技なのですね。

これはクリケットに限らず、イギリスのスポーツ全般に言えることかもしれません。

このため、スポーツマンシップにのっとらない行為、もしくは何かしらフェアではない行為、さらには必要以上に勝利に固執するような行為は「That’s not Cricket!」(そりゃクリケットじゃない!)と言われるようになったのです。イギリスではクリケットこそもっとも誇る競技だったためこのような行為を働く人はいなかったはずですが、なぜかこの言葉が生まれました

語源には諸説ありますが、有力なものを一つ。

   ※    ※    ※

インドがイギリスの植民地支配下にあったころ。

インドの魅力は香辛料と、そして何よりも良質な紅茶の茶葉であった。

淡白な食生活をしていたイギリスにとって香辛料は非常に大切なものであり、また、紅茶もまた国民的な飲み物として欠かすことのできない商品だったため、インドに対する支配はますます強くなり、よってインドへの影響力も非常に強かった。

支配下にありながらもイギリスから多くのものを吸収したインド。

紅茶を飲む文化はもちろん、クリケットもまた好んで取り入れられたイギリス文化であった。

バットとボール、そして簡単な木材で代用できるウィケットと呼ばれるものさえ用意できればだれでも楽しめるこの競技はすぐに広まり、また勝敗に固執しない、紅茶を飲みながら楽しむことのできるスタイルもまた暑いため日中は無理のできないインドの風土に合っていた。

この手軽さが歓迎され、インド各地でクリケットチームが発足し、支配国であったイギリスのチームとの試合も多く行われた。

クリケットという伝統スポーツであり、ムキになるような行為はそのコンセプトに反するため、どちらのチームが勝っても遺恨は残らず、美味しいティーとスコーンを楽しみながらノンビリとしたスポーツマンシップを満喫していたのだ。

しかし、インドは独立への道を歩み始める。独立を訴えるほどに弾圧が増し、イギリスによる非道な支配が激化。虐殺や見せしめの残虐行為が日常化し、インド国民はクリケットにおいてはあんなに紳士的で温和だったイギリスの変貌に戸惑うことになる。

後に無抵抗による訴えでイギリスから自由を勝ち取るインドなのだが、その裏ではイギリスの数々の裏切り・非道行為・不誠実さを指してインドの民は「That’s not Cricket!」(そりゃクリケットの精神にのっとらない!)と言い合ったそうな。

現在ではインドやパキスタンで本格的にクリケットが行われており、世界選手権ではイギリスを破って世界一になることも多い。

イギリスが当時インドに多くの怨恨を残した一方で、現代ではクリケットというスポーツを通じてまた一つになれているという素晴らしい話である。

   ※    ※    ※

フェアじゃない行為はもちろんですが、本気すぎることについてもこの表現を使うことがあります。

例えば、楽しくプライベーターが参加していたヨーロッパ耐久選手権。ゴディエ・ジュヌーなどのコンストラクター兼ライダーチームが頑張っているところに来襲したホンダワークスとRCB。


当時の販売戦略上大切だったことはわかりますが、たかがヨーロッパ内での選手権にあの規模のワークス参戦をされてしまったら席巻するのは当たり前。

ヨーロッパのチームたちは「That’s not Cricket!」と言っていたに違いありません。

四輪のレースの世界でも同様です。

ヨーロッパの芸術品のような車で草レースに毛が生えた程度の競技を楽しんでいたところに、アメリカの会社が馬鹿でかいエンジンを積んだ、性能第一のマシンでワークス参戦&席巻。

「おいおい、そりゃないぜ。こっちの空気読めよ」とヨーロッパのチームたちは「That’s not Cricket!」と言っていたわけです。

なんというか、ワビサビ的なものを無視してまで勝利へと突っ走るような。そんな空気を指して、イヤミをこめて言う言葉なのですね。

草レースに国際ライダーが参戦してきたとき。

土曜の保土ヶ谷にRC212Vが来たとき。

林道にYZ450Fを持ち込む人がいたとき。

雨のツーリングにレインタイヤをつける人がいたとき。

使いましょう

「That’s not Cricket!」


ゴチ・デ・ジュヌー
バイクの英語
以前から何度も言っているが、日本にラウンダバウト(日本で言うロータリー)制度を信号の代わりに各交差点に導入するべきだと声高に(このコラムでのみ)発信し続ける3流ライター。信号が消えた今回の計画停電でなお意見を強くし、電力に頼らない効果的な交通誘導手段だと訴えたいが誰に言っていいかわからない。もちろん、土地のない都市部や交通量の多い幹線道路は難しいですよ。そんなことはわかってるんだ。アゲアシをとらないでくれよな。


[第10回 “Cut the Mustard”]
[第11回 “That's not Cricket”]
[第12回 “Jack of all trades”]
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