バイクの英語

第19回 Cranked Up(クランクド アップ)

 あんまり喧々せずにノンビリ過ごしたいものです。いちいち腹を立てていたらこっちが参っちゃいますからね。正直にしていればいつかはコッチにいいことが帰ってくる。……と信じたいのですが。ペイ・フォワードという映画が良かったなぁ。エンディングは悲しすぎたけど。
 これで良いんですよ! と思うことが多い昨今です。モーターショーでホンダのN BOXを見て「これだろう!」と盛り上がり、販売店に行って乗ってみたり説明を受けてみたりしました。バイクを積まないなら完全にコレですよ。僕だったら買いますね。快適に4人が乗れてある程度の荷物もOK。燃費も良くて維持費も安い。やたら大きな車は必要ない。「これでいいじゃないか」と思いました。
 先日ヤマハのYBR250に乗る機会を得ました。2バルブの250ccシングルで、国内のセローに比べればわずかに馬力は上回るものの、バイク全体で考えればパワーがあるほうじゃない。だけれど普通に走り回るには過不足なく、燃費も良くて大変よい。「バイクってこれで良いんじゃないか」と感じた次第です。
 どの分野もそうですが、例えばスポーツモデルはアルミフレームになったりタイヤが太くなったり超高回転になったり倒立フォークがついたりサスがフルアジャスタブルになったり……。 と、どんどん先鋭化することでニッチへと入り込んじゃう傾向がありますね。その点最近「いいな」と思ったのはスズキのGSR750です。ちゃんとスポーツモデルだけれど、サスペンションは減衰の調整機能はついてないしフレームもスチール製。「これで良いんですよ」感があって印象がいいマシンです。リアタイヤがもっと細かったら言うことナシなのですが。
 さらには今トップページで松井さんが記事を書いているニンジャ650及びER6nもいいところですね。鉄フレームに正立フォーク。現実的なパワーと日常的な扱いやすさ。もはやこれ「で」いいではなく、これ「が」いいと思います。サーキットでの限界性能を試すバイク以外は適度なユルさや付き合いやすさが大切なのですよ。
 しかし一方で「これでいい」と思えないマシンも存在します。今日紹介するのは「Bond Minicar」という、イギリス製の3輪車です。

Bond Minicar

いつだって注目される。

 戦後のイギリス復興の際に生まれたマシンで、様々なモデルが存在するものの基本的にエンジンはヴィリアーズ製の197cc空冷2スト3速。前に1輪、後ろに2輪で、エンジンは前輪の上に位置してステアリングを切ると前輪と共にスイングする構造でした。このエンジンですが、当然混合給油であって給油のたびに自分で2ストオイルを混ぜなければいけませんでした(当時はすでに混ぜられたものがガソリンスタンドで売っていたそうですが)(さらにイギリスではガソリンスタンドとは言わず、ペトロールステーションといいますので渡英の際はお気を付けを)。
ところがこのエンジン、混合を薄くするとすぐに焼きつき、混合を濃くするとプラグにカーボンが蓄積して電極の間を埋めてしまうという慢性トラブルを抱えていました。ということで当時はBond Minicarとそのオーナーが道端に停まってプラグの掃除をしている姿は珍しいものではなかったそうです。
Bond Minicar

ヴィリアーズ200ccエンジン。

Bond Minicar

雨の多いイギリスでなぜかオープン。
 そんな難しさを抱えたモデルでありながら、始動方式はなんとキック。モデルによっては運転席横に発電機の始動時に使うようなリコイルスターターがついていたそうですが、エンジンがスイングしてしまうため同時にハンドルも握っていなければならず、これでの始動は困難だったそうです。そういう事情でBond Minicarの始動はボンネットを開け、片足を突っ込み(もしくは両足をボンネットに踏み入れて)キックするというものでした。
http://www.youtube.com/watch?v=36EwnYcc1a4←ユーチューブ参照
ところがとにかくかかりが悪く、そして雨の多いイギリスですからキックペダルから足が滑ってスネに怪我をする、などという場面が大変 多かったそうです。
 今でもイギリスでは、ビッコをひいてる人に「ボンドミニカー持ってるの?」と聞くジョークがあるほどですから、相当数の人がBond Minicarの始動に手間取り、スネを怪我したのだと思われます。
しかし、バイクを無理やり3輪車にしたようなこの原始的な乗り物は進化していきます。写真のモデルは1949年から生産が始まった初期型「マークA」と思われますが、その後基本コンセプトはそのままに1958年の「マークF」ではエンジンを250cc化し、ギアも4速化。さらに1962年の「マークG」にはオプションで250ccのパラツインエンジンも用意されました。このオプションエンジンを搭載することで90キロ以上の最高速が出るとされていましたが、それでもこの時点では4人乗り設計となっていたためボディも大きく、アンダーパワーマシンだったといえるでしょう。しかしその遅さゆえに前輪が1輪でも転倒することは稀だったといいます。
 大きな進歩を果たしたのは1966年。「マークI(アイ) 875」というモデルの出現です。これは875ccの4スト水冷4気筒エンジンを車体後部に搭載し、後輪駆動になった革新的なモデルでした。ボディは軽量化のためガラス繊維で作られ、錆びないことが売りだった一方で割れたり欠けたりといったトラブルは多かったようです。このモデルになると動力性能が上がったことで斜め前に転倒する例も増え、3輪自動車の歴史の終焉に向かうわけですね。
 長い進化をしてきたBond Minicarですが、今でもその危なっかしい乗り味や冗談のようなメカニズムはイギリスのパブでは語り草、いや鉄板ネタです。話題に詰まったらボンドミニカー。必ず笑いが生まれるトピックで、60歳前後のイギリス人ならばBond Minicarにまつわるオモシロ話を一つや二つは持っているものです。
 ということは、当時の人も決して「これでいい」とは思ってなかったんでしょうね。ダメな乗り物ながら戦後の物のない中で仕方なく、ユーモアを交えて付き合っていたのでしょう。
 今回の英語「Cranked Up」もエンジン始動に関係する言葉です。Bond Minicarはキック始動ですが、初期の車はエンジン前部にクランクを挿し込み、上死点を探った上でグルンと回してかけたわけです。この時いわゆる「ケッチン」を食らわないために親指は他の指と並べてクランクハンドルを握らなければなりません。他の指と向かい合うように握ってしまうとケッチンを食らったときに親指を骨折してしまうんですね。なかなかコツがいる作業だったわけです。
 Bond Minicarほどではないにせよ、当時の車はかかりにくいことも多かったわけで、例えクランク始動が上手な人でも時としてなかなかエンジンがかからないこともありました。そんな時、かからない車の前で汗だくになりながらクランクを回し、雨も降ってきちゃったりして(イギリスですからね)、どんどんテンパってくるわけです。余裕がなくなり、イライラが募り、周りに当り散らしたりしてしまう状態。これがCranked Upです。似たような表現でWound Upというのがありますが、これはネジを巻きすぎた=根を詰めすぎたという意味で使いますね。なのでリラックスすることをUnwindと言ったりします。きっと英語ではグルグルグルグルやり続けると疲れちゃう、といった意味で使うのでしょう。その中でもCranked Upはちょっと強い表現で、テンパってイライラしている様子です。


「What’s wrong with you? Don’t be so cranked up」
「どうしたんだよ? そんなにイライラするなよ」

ですとか


「I was just so cranked up!」
「もう完全に頭にきちゃって!」

などと使います。
 Bond Minicarに限って言えばクランクではなくキックなので必ずしも当てはまりませんが、こういった表現が車やバイク、そしてそのメカニズムに起因するのは、さすがモータリゼーション先進国のイギリスですね。日本では言葉の文化にこういった要素が絡むことは少ないですから、イギリス、そして西洋では近代文明が車と同時に発展したと感じさせられます。
 今月は真面目に締めくくります。日本にBond Minicarが入ってきているとは考えにくいですが、日本も戦後はオート3輪というステキな文化がありました。見つけることができたら大切にして、さらに当時それらの車に接してきた人々から昔話を聞いて、伝えていきたいと思った次第です。

筆者 
アンディ・イボンド
昔のZ750でロンドンにてバイク便をやったことがバイクで生計を立てるきっかけとなったが、高い金額で売ってくれと言う申し出に躊躇なく売却。その後二輪ジャーナリストになりたいとロンドンの編集社に入る。レースでも徐々に頭角を現し、現在はイギリスでレーシングスクールを運営している。Bond Minicarを生産していたBond家とは遠い親戚にあたり、イギリスの歴史を尊重したい気持ちと、パブでウケるという理由でBond Minicarを現在も使用している。オプションの250ccツインエンジン搭載済み。


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