バイクの英語

第28回 A nail in the coffin
(ア ネール イン ザ コフィン)

 人間の手によって作り出されたすべてのモノは、作り出された瞬間から自然に返ろうとする。新車でも走り出した途端に中古車。外装は褪せ、鉄の部品はさび始め、エンジン、足周りは磨耗を始める。完全に土に返るにはずいぶんな時間がかかるが、それでも確実にそこに向かって進んでいる。
 地方の納屋の軒の下に埃をかぶっているバイク、中には本当に土に返りつつあるのもある。タイヤの空気が抜けてスタンドで立てなくなり、仕方なく転がしておくか壁に立てかける。ホイールが錆び、スポークが錆び、少しずつ地面に沈み込んでいく。海に近い地域だとさらに潮風にあたることで劣化が進む。エンジン内部はオイルが入っているうちはまだしも、フィラーキャップが取れて中に水が入っていたら完全にオシマイだ。内部からも錆び始め、ますます自然に返る速度が速まる。
 日々乗ることやメンテナンスすること、洗車などの手入れをすることでこの進行を遅らせるのが我々ライダーの仕事。錆びる前にサッと拭き、油をさし、必要な消耗部品を交換する。
 消耗品といっても、長く乗るにつれ想像以上に様々なものが消耗していることに気づく。数万キロ走ればホイールベアリングやステムベアリング、ピボットベアリングにガタが出始め、これを交換する。さらに距離が進めばエンジンのオーバーホールになるかもしれない。ピストンリング、ピストン、バルブガイド、これらも寿命は長いが消耗品だ。もっともこれらの部品を交換するまで乗られないバイクも多いわけだが。

 ここまで付き合う覚悟があるならば、バイクはほぼ永遠に乗ってられるが、実際にはさまざまなパーツが供給されなくなるなどの難しさがある。純正欠品が出始めた頃、もしくは重要な消耗品が入手できなくなったとき、これが最初のNail in the coffinだ。「23インチのワークブーツ」XL250Sのタイヤなどがいい例かもしれない。オフロード車のフロントタイヤは21インチが一般的になり、23インチはタイヤも作られなくなった。現在まだ入手は可能だが、その種類は極めて少ない。タイヤがなければどんなに優れたマシンでも走れない。(とはいえ、フロントを21インチに替えてしまうなどのモディファイをすればそれはCoffin のNailではなくなるわけだが)
 しかし旧いだけでなく作られた絶対数が少ないマシン、さらには専用設計部品が多いマシン、そして「不人気」などというキーワードが加わると部品の入手は困難になり、かつそのモデルに詳しい人も少なくCoffinのNailは増えやすくなる。

 
 Coffinは棺桶、Nailは釘。棺桶に入れられ、ふたをしめて釘で打ち付けられたとき、それはもうオシマイということ。バイクで言えば廃車だ。バイクを延命させるためにどこまで労力や金銭をつぎ込むかはそれぞれだが、人によってはちょっと転んで外装に傷をつけてしまった時点で、そのバイクを手放すことを連想する人もいるだろう。そういう意味ではバイクに起こるちょっとしたこと一つずつがみんな釘なのかもしれない。潤沢な資金や情熱、忍耐力を持ち合わせている人でも、エンジンオーバーホールをするためのパーツが揃わなくなったときにはそのバイクの終焉が近づいていることを認識する。バイクのライフに、そしてライダーの意識に釘が一つ増えるわけだ。

 釘が増えるほどにオシマイが近づく。これが今月の英語の使い方。しかし何も物質的なことだけではなく、広く使われている言い回しだ。

 例えば各種の規制などでも使えるだろう。数年のうちに海外の騒音・排ガス規制と国内のものは統一されるというハナシがあるが、現在の厳しい国内各規制は日本のバイクマーケットのCoffinにNailを打ったのではないだろうか。国内展開では魅力的なモデルが少ない、などという声が聞こえてきて久しい。ここ数年では海外勢が非常に元気であり、国内メーカーの国内モデル展開は酸欠のような状態にも見える。この場合、「日本独自の規制は国内マーケットにとってNail in the coffinだ」と表現するだろう。もちろん、過去を見ても2ストロークをCoffinへと葬ったNailも各種規制だ。



ZX4の予備フレーム。予備のフレームとして生きているのか、このZX4が死んでいるのかは微妙なところ。


スペアパーツとして確保しているハンドルですが、すでにいくつも持っててしかも転ばないので基本的にはいらない。


趣味で集めているスパーダのホイール。何の役にも立たない.
趣味で集めているスパーダのホイール。何の役にも立たない。


洗浄用の灯油を入れておいた缶ですが、屋外放置で自然に穴が開いちゃいました。怖くて中が見れない。


度重なる転倒でぼろぼろのカウル。ZX4はかなりNailが多いです…
度重なる転倒でぼろぼろのカウル。ZX4はかなりNailが多いです…。

 二輪車通行禁止路線などでも使えるだろう。常々二輪車事故が多くて、二輪車通行止めにしようとの議論があったような場所で多重死亡事故があったとしよう。それがきっかけとなってついに二輪車通行禁止となってしまった。「あの事故がLast nail in the coffinになってしまったね」Lastとつけることで最後の釘。すなわちオシマイにしてしまったということだ。Nailはオシマイに近づく要素を指しているのである。

 バイクライフについても同じことが言えるかもしれない。結婚して、もしくは子供ができてバイクに乗ることをやめる人は多い。しかしそれも小さなNailの積み重ねだろう。バイクが大きくて置く場所がないだとか維持費がかかるというのも一つのNail。マフラーの音が大きくて近所に白い目で見られるというのもNail。カスタムなど出費が多かったりすればそれもNailだろう。とどめに事故など起こしてしまっては、Last Nailが打ち込まれ、パートナーにバイクを降りるように言われてしまうかもしれない。普段からいかにNailの数を少なくしておくかがポイントだ。

 バイクの延命も、バイクライフの延命も、小さなことの積み重ねである。Coffin(棺桶)もフタが閉められ、釘を完全に打ち付け終わらなければ墓に下ろされることはないのだ。ふだんからNailの数が増えないように調整することが、バイク関連にとどまらず、人生全体で大事なのだろう。

 ちなみに廃車になってしまったバイク、もしくは不動になってしまったマシンはPaper weightと呼ばれる。これは文字通りペーパーウェイト、文鎮のことだ。マシンが高価なほど、それはValuable Paper Weight と冷やかしをうける。いかに高価な、優れたマシンでも動かなければそれはただの文鎮だということだ。マシンの、そしてバイクライフのNailを普段から気にかけ、愛車を文鎮にしないようにしたいものだ。

筆者 
ジム・ブルーマン
 1日に3つものグランプリレースに勝利したことのある歴史的イギリス人ライダー。ホンダ車が大好きで、先日のホンダオフロードミーティングにオシノビ参戦をしていた。「気をつけろ。だけど勝て」と言う中尾監督に対し「どっちなんだよ!」と食って掛かったが、結果、転倒もなくそつなく好成績を残した。グランプリライダーのキャリアを終えてからは演劇活動に没頭し、1987年にアメリカでヒット。なぜかいつも体調が悪く、青ざめている。


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