おやびん道

それぞれの道には、それぞれの風土、気候、環境などを積み重ねた表情がある。それはまた人生にも似ている。道は人生、道の数だけ物語がある。野口おやびんが走って来た幾多の道を、想い出話と共に語ろうか。

第31回
奥入瀬~八甲田山周辺の道


奥入瀬川の清流と周囲の原生林とが織りなす美しい自然が大事に保護されている東北屈指の名勝、奥入瀬渓流。その流れと隣接している国道が103号線で、一度走ってみる価値のある道だ。そこから103号を北上すれば八甲田山の南西側を回って青森市内に至る(途中、今冬、記録的な大雪で話題となった酸ヶ湯もある)。また、山の北側は青森市と十和田市を結ぶ県道40号線が通っている。それら八甲田山麓の道も、気持ちよく走れるからおすすめである。

 東北の自然観光名所のひとつである奥入瀬渓流。その流れとほぼ隣接し、両側に生い茂る木々の間を縫って走る国道103号線を初めて走ったのは30数年前の夏だった。当時付き合っていた女房と2台で東北ツーリングしたときに通った。GX400とGS750EⅡで1週間ほどの日程で出かけ、東北各県を回った。3、4日目に十和田湖から奥入瀬を走り、その後下北半島の恐山を目指した。ただ、随分昔のことなので、詳細はすっかり頭の中から消えてしまっている。


MAP

 十和田湖周辺にはそれからも1度や2度は仕事がらみか、もしくは遊びで東北ソロツーリングに行ったとき訪ねていると思うが、どうも記憶が曖昧になっている。だが07年の夏、息子と一緒に東北を旅したときのことは、まだ6年前のことなのでさすがに覚えている。6泊7日の日程で、30数年前のときのように東北各県を巡った。バイクは俺がサンダーバード、息子がNSR250R(’91年型SE)で、3泊目の地を十和田湖とし、翌4日目の午前中に、奥入瀬、八甲田山麓を周遊した。

 前日、岩手の雫石あたりから田沢湖を経由し、鹿角からR103に入って十和田湖畔の民宿でお世話になった。特産のヒメマスをメインにした田舎料理がうまかった。夜、湖畔まで散策したら、ホテル近くの広場で盆踊りをしていた。宿泊している観光客とその子供達ではないかな、と思われる人たちが踊っていた。楽しそうだったが人数は少なく、侘しさを感じた。翌日、朝食をすませてから湖畔の「乙女の像」を見に行った。結構歩いたが、食後のいい運動になった。

 湖畔を離れ、R103を奥入瀬渓流沿いに北上した。奥入瀬渓流は十和田湖畔の子ノ口から焼山に至る約14kmの渓流で、十和田八幡平国立公園に属し、国指定の特別名勝および天然記念物でもある。それだけのことはあり、その美しさは格別で、心が癒される風景が続く。奥入瀬がもっともきれいな姿をみせるのは秋の紅葉の頃だという。遅い春が来て桜が咲き、そして散り、芽吹き始めた若葉が日を追うごとに鮮やかに緑の色を濃くしていく春も捨てがたいだろう。

 夏もいい。俺が訪れたのは30数年前も’07年のときも夏だったが、標高が高いこともあって、木々が生い茂る川沿いは涼やかだし、緩やかに流れ下る清流、点在する滝、深緑の木々…。すべてが美しくて、気分爽快だ。木漏れ日の中、清流や滝をゆっくり眺めたくなって、交通の邪魔にならない路傍の空きスペースを見つけては何度もバイクを止めて写真を撮った。渓流に沿って道はコーナーが続くが、大型観光バスやマイカーも多い。走りを楽しむという気持ちにはならず、景色を愛でつつ、ゆったりとしたペースで14kmを走り抜けた。


十和田湖畔

入瀬渓流沿い
民宿でヒメマス料理の夕食をいただいた後、十和田湖畔へ散歩に出ると、広場で盆踊りをしていた。こういうのも旅の思い出。 奥入瀬渓流沿いはほとんどこんな感じの景色で、清流と周囲の木々の緑がとてもきれい。癒されるんだなあ、ほんと…。

 焼山で道はふたつに分かれ、左がR103で八甲田十和田ゴールドラインと呼ばれる区間となる。右はR102だ。左折して右手に連峰構成の八甲田山を目にしながらしばらく行くと、酸ヶ湯温泉の入り口だ。さらに進むと左側から接続するR394とのT字路になる。R103を直進するとロープウエイがある。やり過ごして数km先の3桁県道を右折し、県道40号線に乗り入れる。奥入瀬渓流を後にすると交通量は一気に減り、県道はガラガラで、俺たちの独占状態だった。

 県道40号線をちょっと青森市側に下ってみると、低中速コーナーが続くワインディングで、熊出没注意! の小さな看板があったりする。青森の街と湾を見渡すところまで行き、しばし眺め入ってからUターンして雪中行軍遭難の記念像や石碑を見学することにした。十和田湖や奥入瀬を回るなら、ぜひ立ち寄りたいと思っていた場所だった。きっかけは新田次郎の小説「八甲田山 死の彷徨」で、それを映画化した「八甲田山」も観て、以前から大いに興味を抱いていたのである。季節は異なるけれど、遭難があったのはどんな場所なのか、八甲田山とはどういう山なのか、自分の目で確かめてみたかった。

 県道沿いにある銅像茶屋の駐車場にバイクを止めて、像や石碑などを見て回り、茶屋内の資料館&売店にも入ってみた。すると、雪中行軍遭難の詳細を書いた「吹雪の惨劇」という上下巻の本が売られていた。迷わず買い求めた。新田次郎も前記の小説を書くに当たり、参考資料にしたという。その日はお天気も良く、気温もちょうどいい感じで、記念像や八甲田山を見やりながら、遠い昔、想像を絶する雪と寒さのなかで起きた悲しい出来事に思いを馳せた。


雪中行軍遭難記念像

県道40号線
遠い昔の惨劇を今に伝える、立派な雪中行軍遭難記念像。後方の八甲田山には雲がかかっていたが手前は晴れていた。 絶好ルートの県道40号線を走る俺とサンダーバード。道はよくて交通量は少なく、爽快な景色。気持ちいい!

 その日の宿は陸前高田に取っていた。久慈経由で三陸海岸沿いに南下する予定で、県道40号を東進する形で下り、まずは十和田市を目指した。この県道は青森側も十和田側も交通量が非常に少なく、牧場のなかを走っている区間もしばらく続くし、眺望に優れる区間もあり、コーナーも適当に現れる。選択して大正解のルートであった。東京から奥入瀬、八甲田山は遠い。気軽に出かけられる地ではない。でも、なんとか機会を作って、再訪したい、と思う。



野口眞一

野口眞一
1956年、7月生まれ。バイクに乗って40数年、バイク雑誌関係の仕事に就いて30数年。若い頃からバイクの旅が好きで、日本各地を走り回ってきた。所有するバイクは今となっては滅多に見ないトライアンフのサンダーバード(1996年型の水冷並列3気筒)で、16年乗り続けている。長く乗っている割には走行距離は少なめで6万5000km。

[第30回へ][第31回][第32回へ][バックナンバー祭目次へ]