おやびん道

それぞれの道には、それぞれの風土、気候、環境などを積み重ねた表情がある。それはまた人生にも似ている。道は人生、道の数だけ物語がある。野口おやびんが走って来た幾多の道を、想い出話と共に語ろうか。

第32回
やまなみハイウエイ~阿蘇山麓の道


やまなみハイウエイは、ご存知の方も多いと思うが、九州随一のドライブウエイと言っていいだろう。大分県道・熊本県道11号別府一の宮線の、湯布院・水分峠~阿蘇市一の宮地区までの区間の愛称で、日本百名道にも選出されている。約50kmに渡って爽快な景色のなかを駆け抜けることができる。九州へツーリングに出かけた際、走ったことがあるライダーも多いのでは? そのやまなみハイウエイを経て、阿蘇山の草千里に至る山麓道路も、楽しい道である。

 18の夏、ある思いを敢行するため、俺は単身、上京することを決めた。その記念の意味も含め、仲がよかった友達と彼の母方の実家がある熊本までタンデム・ツーリングすることにした。約2週間の日程で、フェリーや高速道路は使わず下道をつないで。結果的に初日に問題が起き、ソロツーリングになって悲しい思いをした。が、紀伊半島も回って3泊し、4日目の早朝に九州の地を踏んでからは、気持ちは吹っ切れ、初のロングツーリングを存分に楽しめた。


MAP

 その、今から40年近く前のツーリングの時、やまなみハイウエイを走った。九州各地を巡り、4、5泊目に阿蘇山麓にあるキャンプ場で一夜を明かし、その翌日に阿蘇山から湯布院・別府方面に向かって、やまなみハイウエイを利用した。爽快な道だなあ、と思った。ただ、その時のこと、道の様子や景色などはもう曖昧になってしまっている。その後も、九州には仕事で何度か赴いたことがあった。しかし、やまなみハイウエイを走ることはなかった。

 再訪したのはちょうど10年前の夏だった。佐賀に定時制高校時代の友が、熊本には大学生のときバイトで知り合った先輩知人がいた(今でもそれぞれ同じようにかの地で暮らしている)。彼らとはバイクで一緒にツーリングなどを楽しんだこともあり、久しぶりに会うことを目的に、九州の半分くらいを巡ろうと計画した。ひとりではつまらないので、中学3年になっていた娘を連れて行った。当初、娘は、あまり乗り気ではなかった。が、いざ出発すると、まんざらでもない様子に変わった。今にして思えばいい思い出になったのではないか…。

 九州へのアプローチは時間と経費、疲労度などを勘案し、往復ともに川崎~日向/宮崎のフェリーを利用することにした。川崎を21時頃出航し、那智勝浦経由で宮崎に翌日の夕刻に到着。初日はパックになっていた港近くのホテルに泊まり、その後、熊本から、天草、霧島、佐賀、福岡/大分県境まで3泊で周遊し、最終日、県道をつないで国道210号線に出て、湯布院の西の水分峠からやまなみハイウエイに入った。朝方、天気はぐずついて小雨に降られたが、その頃には(11時頃)徐々に暗雲は去って、青空が広がり始めた。



上陸した初日夕刻の宮崎港
往路の到着港と帰路の出航港が宮崎、日向で異なっていたのだが、これは九州に上陸した初日夕刻の宮崎港かな。後ろの赤/白の大きな船が利用した船だったと思う。残念ながらこの航路はその数年後には廃止された。


朝日台のレストハウス

 水分峠からしばらくはちょっと狭く、Rの小さいコーナーが続く山間ワインディングだ。サンダーバードに娘を乗せ、荷物もかなり積んでいたのであまり飛ばさずコーナリングを楽しんで先に進んだ。平日だったから交通量は少なく快適だった。1時間ほど走った頃だったろうか、道は開け、周囲は緑の草原で、はるか前方に九重連山が見えてきて、思わず「おお!」と感嘆の声を上げた。朝日台と呼ばれているそのあたりは素晴らしい景色だ。

やまなみハイウエイ、朝日台のレストハウス駐車場にて。モロ素人の記念写真で、お恥ずかしい。なぜもう少し構図などに気を配らなかったのか…。多分、他人様に見せるつもりが毛頭なかったから。

 昼時になっていたので、路傍の食堂で昼飯を摂ることにした。「瓦そば」というのがメニューに載っていて、名物らしい。写真もあって、名のとおり瓦の上に茶そばが乗っていて、海苔など具がかけられている。娘はそれを注文し、俺は普通のざるそばにした。瓦そばを味見してみたが、俺の口には少し合わないかなと思う感じだった。でも娘はそれなりにうまそうに食べていた。ご当地グルメは旅の楽しみのひとつだし、何事も経験なのだ。それにしても、やまなみハイウエイは道も景色も最高で「やっぱ九州に来たらここば走らんと」と思った。

 阿蘇に近づくと、周囲は牧場が多くなり、ポツン、ポツンと草をはむ牛の姿が見えたりする。Rが緩やかなコーナーも適当にあって、比較的のんびりしたペースで草千里を目指した。一の宮の市街地に着いたときは強い日差しが照りつけるようになっていた。国道57号線に入ってから地図で草千里への道を確認し、上って行く。走りながら、確か、昔キャンプしたのはこの辺だったと思うけど…。と探してみたが、それらしき看板や施設は見当たらなかった。

 昔、草千里を観光した後、道を下っていくと路傍にキャンプ場があったので、飛び込んだ。まだ明るかったが、宿決めは行き当たりばったりで、きれいな景色のなかにあったいい感じの施設だったので、今夜はここで、と決めた。すでに何人かのライダーがテントを張っていて、CB500FourとTX650に乗るふたりと知り合い、夜、たき火を囲んで談話した。ひとりは語尾に「~ら」と付ける方言でしゃべり、世間知らずの若造は、面白いなあ、変わった言い方があるもんだなあと思った。彼は岐阜県から(岐阜のどこかは忘れた)来たと言っていた。


阿蘇山麓

やまなみハイウエイ南側
多分、草千里に行く途中の阿蘇山麓のワインディングで撮ったカットだと思う。道と景観のよさがお分かりいただけるのではないか。 やまなみハイウエイは南側=熊本側の、牧草地帯で撮った1枚だと思う。娘はお尻の痛さを訴えていたっけ。

 草千里に着くと、上空には雲がかかっていた。ちょっと残念。そして観光客も多かった。数十年ぶりで草千里をバックに写真を撮った。近くの人にシャッターを押してくださいと声をかけようとしたら、思春期だったからだろう。娘が変に恥ずかしがった、というより嫌がったっけ…。帰路のフェリーの時間を気にしつつ先を急いで、気温が下がらない熱い道を走り抜けて高千穂峡に寄った。本当は観光船に乗って景色を楽しみたかった。でも時間が押していて、一服しただけで、延岡、日向に向けて出発した。それが少し心残りだった。

 九州は遠い。だから簡単にはツーリングを計画できない。でも、絶景の道であるやまなみハイウエイはもう一度走ってみたい。阿蘇側から走って湯布院の温泉宿に、でもいいし、湯布院の宿から阿蘇を目指してもいい。



野口眞一

野口眞一
1956年、7月生まれ。バイクに乗って40数年、バイク雑誌関係の仕事に就いて30数年。若い頃からバイクの旅が好きで、日本各地を走り回ってきた。所有するバイクは今となっては滅多に見ないトライアンフのサンダーバード(1996年型の水冷並列3気筒)で、16年乗り続けている。長く乗っている割には走行距離は少なめで7万km。

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